第9話 同居、再び
修の家でもらえたのは制服だけだったので2人は郊外型のファストファッションの店に来た。海斗はまた、見るものすべてが珍しくてきょろきょろしていた。その様子は、体が大きくなっただけで、12歳のころと変わらなかった。自動ドアで遊んだり、全身がうつる鏡に自分をうつして、動いてみたり近寄ったりしていた。
(やっぱりハソングンだ! かわいい!)
葵は微笑みながら彼を見ていた。
「どうしたの? 先生」
「あのね、やっぱりあなたはかわいいなあって思ってた」
「先生、あいかわらず、ほめてくれるんだね。でも、俺はもう子供じゃないよ」
「あ、子ども扱いしちゃったね。ごめん。あなたは王様だよね……もう、お嫁さんをもらったの?」
当時の王族には15歳くらいでの結婚はよくあることだった。
「まだだよ」
葵はなんだかホッとした。もし、妻がいたら、海斗が遠い人に思えただろう。海斗がじっと葵を見下ろしていた。
「なあに?」
「先生を娶る前に帰っちゃったなと思ったけど、また来ることができたよ。」
彼はいたずらっぽく笑った。
海斗は長袖のシャツや、ジーンズなど数点を試着した。試着室のカーテンを閉めて、きちんと着たら出てくるようにと教えたのは言うまでもない。
「海斗、かっこいい! 足が長い!」
「先生、ありがとう」
12歳の時、ほめると見せてくれたあの笑顔。それは、今も同じで、「かわいいハソングン」のままだ。海斗は試着室の大きな鏡が珍しくて気に入ったようで、鏡に映った自分に向かって、何度も剣を振ったり弓を射たりしていた。その表情は、王の顔だった。
「今日は何が食べたい?」
「お湯をかけて作るうどん!」
「うどん?」
「初めて食べたとき、おいしかったから」
「そうかあ、でも海斗は大きくなったから、うどんではお腹すきそうだね」
「足りないかな。じゃあ、ドラマで見た、こんなやつ」
彼はそう言いながら手で円を作った。次に三角を作って、手で持って食べるまねをした。
「あ、ピザ!」
「そうだ、それ!」
その日の夕食は宅配ピザを頼むことにした。
「海斗、お帰り。かんぱ~い!」
「先生ありがとう。また会えてうれしいよ」
ワインとミルクティーで乾杯。
「またミルクティーが飲めるんだね」
「大好きだったもんね」
海斗がピザをかじった。
「うわあ!これおいしい!」
彼はいつものように目をパッチリ開いて葵を見た。
(ああ、変わってない! ハソングンだ! 帰ってきてくれたんだ!)
「たくさん食べてね。今日はピザにして良かった。一人じゃあ頼む気になれないの」
「こんなにおいしいのに」
「海斗のおかげで食べられた。そういえば、王様がこんなところにいて、民は大丈夫なの?」
「あ、それはね、大丈夫だと思うよ。前にここへ来て帰った時、ほとんど時間がたってなかったんだよ。だから、ここへ来たのは夢だと思ってた。でも、また来ちゃった」
ソファの「彼の場所」に彼が座っている。葵の心は温かく満たされていた。
「あ、先生、もう飲んじゃったの? はい、おかわりだね」
海斗がワインを注いでくれた。
「また母上の前で暴れたの?」
「ううん。今度は大妃様(先王の妃で、現在の王の母)。俺は先王様の養子になったからね。今度は暴れてはいないよ」
「フフフ……大人になったね」
海斗は12歳でこちらへタイムスリップし、戻った後、国のために親元を離れ、王の養子となり、王となる道を歩んできたのだった。
「王様になったのはいつなの?」
「15歳の時。王様が亡くなられたから。政治は最初、大妃様がやってくださっていたけど、今は俺がやってるよ」
「軽く言うのね」
「軽くはないんだけど、重い言い方なんてわからない」
海斗が下を向いて微笑んだ。それは、あまり嬉しそうには見えなかった。葵は歴史書に記された記録で、向こうでの彼の生涯はだいたい知っていたが、本人の口からきちんと聞きたかった。それは歴史書通りだった。
海斗はすぐに笑顔になり、ワインの瓶を手に取った。
「さあ、先生、飲んで。俺が注いであげる」
「ありがとう、海斗」
葵の目の前に海斗と呼ぶことになったハソングンがいる。葵はふわふわといい気持ちで、彼のきりりとした眉や、切れ長の目、まっすぐに通った鼻、形のいい唇を、順番に見つめていた。面影が残っている。なんてきれいで、なんてかわいいんだろう。
ふと視線をあげた海斗と目が合ってしまった。今日はワインがよくまわっている。
「あのね、海斗、帰って来てくれてありがとう。すごく会いたかった」
「俺もずっと会いたかったよ……先生、大丈夫? フラフラしてない?」
「あれ? 今日はお酒がまわるのが早い~フフフ」
「先生、お酒飲むと、もっとかわいくなるんだね」
「あら、ほめてくれるの? うれしいなあ~海斗、大好き」
「俺も先生が大好きだよ。ピザ、おいしいね。残り、全部もらっていい?」
「いいわよ。食べて食べて」
「ここは本当にいいところだ。ずっとここにいたいよ」
海斗が葵に微笑んだ。
昨日までの一人の食卓とは全く違う幸せな時間だった。
「お風呂入れようか」
「うん! 入る!」
海斗が風呂に入った。中から聞こえるお湯を流す音を聞いて、葵は昼間のことを思い出し、我に返った。
(海斗、大人になってるんだ……)
葵はすぐに自室に入り、かすみに電話をした。
「かすみ先生! 忙しい時間だってわかってるんだけど、緊急事態で!」
「どうしたのぉ~葵ちゃん。何かあった~?」
「ハソングンが帰ってきたの!」
「よかったじゃな~い」
「それがね、17歳になって帰ってきたの!」
「あら不思議~。きっとイケメンね?」
「イケメン過ぎて、それどころじゃない! どうしよう! ハソングンが帰ってきたのはとてもうれしいの。でも、私大丈夫かな?」
「いつもみたいに吐き気はしてる?」
「してない」
「じゃあ、大丈夫じゃない~? だめならとっくに吐いてるでしょう」
「あ、そうか」
「どんな感じに成長してるの?」
「筋肉質で、細身なのにがっしりしてて。身長は私より20センチくらい高くなってる」
「うわ! 素敵じゃな~い? 野球選手みたい?」
かすみは自他ともに認める野球ファン。
「ううん。Kポップアイドルみたいな感じ」
「うわ~!見たいよ。うらやましいよ~」
「かすみ先生、面白がってる?」
「純粋にうらやましいだけ。でも、こっちへ来たということは、また帰る日が来るでしょ~? それはどう思ってるの~?」
「え? いやだ! 帰らないでほしい!」
「ほらほら。答えは簡単だったじゃな~い。大丈夫よ~」
それから、彼が北条海斗と名乗ること、明日から学校へ行くことになったいきさつなどを話した。
「まかせて! 不登校の子はまず保健室登校でしょ? 私がついてるわ。なるようにしかならないから、流れに任せてればいいのよ。」
「流れに任せる、か……」
「そう! がんばれ! じゃあね。おやすみ~」
「かすみ先生、ありがとう」
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