第8話 過去の人

「ええっ?!」


 きりりとした眉。切れ長の目。確かに面影があった。


「本当にひさしぶり! あの時はお世話になりました。みんな全然変わってないね」


 ずいぶん身長が伸びていた。声変わりして、すっかり男の声になっていた。生徒たちが駆け寄った。


「本当にハソングンなのか?」


 修は信じられないといった様子で聞いた。


「今はハソングンじゃないよ。王になったから、みんな王様って呼ぶよ」

「すっごいイケメンに成長したね!」

「今いくつなの?」

「17歳だよ」


 彼は生徒たちの後ろに立っていた葵の元に歩みよってきた。


「先生、会いたかったよ。急にいなくなってごめん。俺、この5年間、ずっと気になってた」


 彼は葵を見下ろしていた。その声は包み込むような甘い低音だった。


「ハソングン、大きくなったね……。帰ってきてくれたのね。あれからまだ3日しかたってないのよ。DVD、まだ返してないんだから」


 たったの3日。彼は驚いて言葉にならなかったようだ。修が彼の肩をたたいた。


「お前、そのかっこうなら、一緒に呼び込みできるな」

「いいね。やろうやろう!」


 真凛はいつでもノリがいい。


「でも、部外者じゃあ、都合悪いくないかな?」


 彩はやっぱり冷静だ。


「いい考えがある!」


 修はひらめいたようだ。


「2年の2学期から転校してきた友達なんだけど、1日も登校せずに不登校になってしまったやつがいるんだ。今年も同じクラスだ。知ってるのはクラス委員の僕くらいで、みんな顔を知らないから、そいつに成りすましたら大丈夫だよ!」

「ええーっ?!」


 驚く葵に真凛が呪文をかけた。


「先生は聞いてない~。先生は何も知らない~」

「ハソングン、お前の名前は今から北条海斗ほうじょうかいとだ。去年9月に転校してきてすぐ不登校で学校へ来ることが出来なくなったが、今日俺が誘って、やっと出て来られたということにしよう。いいな? ヤバくなったら保健室にいればいいよ。かすみ先生なら、きっと大丈夫だよね? 先生」

「うわ~! 真凛、ワクワクしてきた! 海斗っち! よろしく」

「やった! みんなと一緒に学校にいていいんだね」


 彼は、学校に行くという願いが叶ってとても喜んでいた。


「髪が長くても、不登校の子ならありそうだし、いい考えね」


「勘弁してよぉ~」


 葵が叫んだ


「先生は何も知らない~すべて忘れるぅ~」


 また真凛が呪文をかけた。


 クラブ紹介が始まった。まるで文化祭のようにみんながそれぞれのコーナーに呼び込んでいた。チマチョゴリを着た2人と海斗も外に出て呼び込みをした。身長が高くて整った顔立ちの海斗は女子生徒の視線を集めたが、「東アジア歴史研究会」という名前を聞くと難しそうだと言って引いてしまう人が多かった。それでも何人かは上映会におとずれ、説明も聞いてくれた。あとは、入部希望を待つだけだった。



「疲れたけど、楽しかったね」

「海斗っち、ありがとう。また明日もおいでよ」

「俺、制服もってないよ」

「修の兄ちゃんのは? 背が高いから合うんじゃない?」

「いけそうだね。先生、帰りにうちへ寄ってくれませんか?」


 こうして、海斗と葵はまた修の家で制服をもらうことになった。




「お世話になります」

「先生、いつも修がお世話になってます。いらっしゃい。ハソン君のお兄さん?よく似てるねえ」

「バッチャン、こいつは海斗。兄ちゃんの服、あげていいよね?」

「かまわないよ。あら、海斗君ていうのね。カイちゃんと同じ名前ね? ところで、いい衣装だねえ。生地がいいよ、これは」

「バッチャン、制服は洋服ダンスだったね」


 修はバッチャンに色々聞かれるのが面倒で、さっさと二人を連れて二階に上がった。


「ここにあるはず……あった、あった」


 制服を出してくれた。


「ありがとう。修」


 海斗が無造作に脱ぎ始め、あっという間に上半身があらわになった。


 彼は12歳の時より筋肉質で肩幅も広く、たくましくなっている。


(やだ! ちょっと待って。私、この子を当たり前のように連れて帰っているけれど、今日から「男」と一つ屋根の下で暮らすの? え? 待って待って! 私、男はダメ! 絶対ダメ!)


 葵は慌てて部屋を出た。しばらくすると、海斗に呼ばれた。


「先生、ちょっと見てよ」


 中から海斗の声がした。葵が部屋に入ると、海斗はすでに、ブレザーを着てネクタイもしていた。鼻筋が通っていて、切れ長の目、整った優しい顔だち、そして長身でスタイルのいい海斗はモデルのようだった。


(ものすごくかっこいい……17歳の子供だから大丈夫かな?)


「海斗、450年前にいるより、今の服着る方がイケてるぜ、絶対」


 その時、葵は家に帰ったら速攻で彼についての記述のある歴史書を隠そうと思った。今の彼なら、すべて理解してしまうだろう。

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