第3話 王子様、スーパーへ行く
スーパーの駐車場についた。3時過ぎまで食べていたのでお腹はいっぱいだが、
「うわー! なんですか? これは!」
河城君は駐車場の車とその数に驚嘆している。そんな彼を店の中に連れて入って大丈夫なのか。かといって、車に残してじっとしていてくれるのか。葵は幼児を連れているような気分になった。
「河城君様、今から、この建物の中に入るけど、何も言わずに静かに後をついてきてくれる? 珍しいものがたくさんあるかもしれないけど、黙ってついて来てほしいの。今日は我慢して。ね? お願いします!」
葵は深々と頭を下げた。
「先生がそこまで頼むなら我慢します」
河城君の瞳は力強く輝き、表情はきりりとしていた。王族の威厳と誇りを感じ、葵は信じることにした。
車を降りると河城君はきちんと葵の後ろについてきた。しかし、スーパーの入り口を入ると、さっそく河城君が葵の袖を引っ張った。とはいえ、約束通りちゃんと黙ったままだ。
「なあに? どうしたの?」
河城君が目をパチパチしながら、葵に訴えかけていた。
(かわいい! 破壊力ハンパない!)
彼は自動ドアが珍しかったようで、もう一度やりたがった。
「じゃあ、一回だけよ。一回だけ向こうに行って帰ってきて」
河城君は目をキラキラさせて嬉しそうに自動ドアに向かった。そおっと前に立つとウイーンとガラスの扉が横に動いて開く。キョロキョロ見回している後姿に、思わず葵の頬が緩んだ。扉が閉まり、彼が振り向いてこちらに歩き出すと、扉が開き、彼は、満面の笑みで葵を見たので、葵も微笑みをかえした。
嬉々として戻ってきた彼は深々と頭を下げた。
「先生、お待たせしました。ありがとうございました」
幼児のような振る舞いをする割には、礼儀はきちんとしている。
少し行くと、河城君がまた目をパチパチし始めた。
「いいよ、しゃべっても」
「あれです! 私も押したいです」
河城君は他の客がカートを押しているのを見て、やってみたいと思ったようだ。
「わかった。押してもいいよ。ぶつけないように、ゆっくりね。今日はこれだけは許すけど、他のことは珍しくても我慢して静かに行こうね」
「承知しました。先生。感謝します」
葵はカートにカゴを入れて、河城君に押させた。彼はうれしそうにカートを押しながら、次々に野菜をカゴに入れようとした。
「ちょっと待って~!」
河城君が不思議そうに振り返った。
「ごめん。説明が足りなかった。今日はあなたは押すだけ。入れるのは私。わかった?」
「承知しました。先生」
それから河城君は静かに葵についてきた。目に入る一つ一つに目をキラキラさせていたが、約束通り、ちゃんと黙っていた。葵は一通りの買い物を終えて、レジに並び、スムーズに会計をすませた。
「河城君様、本当にいい子だったわね」
「いい子だなんて、私はもう子供ではありません」
「ごめんなさい。失礼だったかな。今日は河城君様がカートを押してくれたおかげで、たくさん買い物ができたわ。ありがとう」
河城君は、葵の笑顔を見て満足そうに笑った。
駐車場に戻ると、河城君は見よう見まねで学習したようで、自分で車のドアを開けて乗ることが出来た。シートベルトの締め方も教えると、自分で締めた。
葵の家は一軒家だ。一人暮らしを始める時、いろんなマンションを見せてもらったが、葵の本をすべて収納できる物件はひとつもなかった。そんな時、不動産屋が提案してくれたのが、古い一軒家だった。葵が選んだのは、昭和50年代に建てられた、二階建ての物件で、家主が年を取り、二階建てに住めなくなり、マンションに引っ越したとかで、家主の好意で破格の値段だった。あまり、広くはないが、1階にリビングとダイニングキッチン、2階に2部屋あった。1部屋を本のために使うことが出来るのがうれしかった。昭和レトロなところも気に入って、この家を借りることにした。
「ついたわよ」
「ここが先生の家なのですか?」
車を降り、葵の家を見た河城君は明らかに驚いていた。今まで車窓から見たマンションや店舗と比べると、古くて小さいこの家が、身分制度の厳しい国から来た河城君の目にどのように映ったかは想像できた。
「あ、家が古くて小さいから、身分が低いと思ったかな?」
「いえ、そんな……ただ、ご迷惑になるのではと……」
「大丈夫よ。それと、知っておいてほしいのだけど、この国には身分制度がないの。みんな平等で自由よ。その人の実力にあった収入がもらえる。それに、自分の好きな家に住めるの。私はこの家がとても好きだから、ここに住んでいるのよ」
葵が鍵を開けて引き戸を引くと、それまで我慢していた河城君のやりたがりに火がついた。カラカラと音を立てて軽やかに開く戸をうれしそうに右へ左へと引いて遊びはじめた。彼の時代の家屋の扉はドア式のものが主流だし、このカラカラ音が心地いいのかもしれない。そんな彼の様子が、葵にはたまらなくかわいかった。
家の中は改装しているので、新しくて、外から見た感じとは違う。しかし、朝出かけたときのままで、散らかっていた。
「中は快適そうですね。しかし、召使はどこへ行ったのですか? きちんと仕事をしてもらわなくては」
「ごめん、ちょっと待って。片付けるね」
「召使はいないのですか?」
「ええ。この世界は自由だけど、自分のことは自分でやらなくてはいけないの」
「自分のことは自分で……?」
「そう。自分でやるのよ」
その時葵は、河城君にテレビを見せたら、この世界のことをもっと理解してもらえるのではないかと思った。しかし、この子は河城君だ。もし本物なら、国王になる人だ。変なものをみせて、歴史を変えることになったら、場合によっては、日本だって危なくなるかもしれない。
「ええい、面倒!」
なるようにしかならない。気楽に考えることにした。ソファに河城君を座らせて、リモコンでテレビをつけると、彼はまた驚いていて、リモコンを触りたがった。しかし、彼も驚くことに慣れたのか、いちいち聞かず、自分で観察するようになった。
「これ、見ていてね」
葵がつけたローカルの情報番組を、河城君は食い入るように見ていた。その間に葵は部屋を片付け、2階に布団を用意した。
葵が1階に降りると、河城君はまだ夢中でテレビを見ていた。その後姿を見て、実家にいる年の離れた弟を思い出した。弟の恭介は4月から高校生だが、葵が家を出たころはまだ河城君くらいだった。年が離れているから生まれた時から抱っこしたり、離乳食を食べさせたり、おむつを替えたり、母と一緒に育てたようなものだった。プールにも連れて行ったし、運動会も見に行った。
「恭介、どうしてるかな?」
葵はなんだかうれしくなってきた。恭介がそばにいたころは本当ににぎやかだったから。
(またあのころのように河城君の世話をするのかな……)
不安もあったが、楽しみな気持ちがふくらんできた。その時、河城君が振り返った。
「先生、私もやりたいです」
指さす先には、テレビの料理コーナーで今作ったばかりの料理をアナウンサーが試食していた。
「え? 食べたいの?」
「いえ、作りたいのです。あの方が、丁寧に教えてくださいました」
料理を作っているのを見てやりたくなったようだ。
「明日しようね」
「約束ですよ」
「わかった。もしかして、お腹すいてる?」
「はい。少し」
時刻は7時前だった。葵はお腹いっぱいだったので、河城君の分だけ、さっき買ったカップうどんを作り始めた。河城君はそばにきて面白そうに観察していた。
ガスレンジに火をつけると、
「ここを押したら火がつくのですね」
と言って感心し、お湯を入れる前にカップうどんを持って、
「これは軽い器ですね」
と、上下に動かしてみたり、
「こんなに軽いものでお腹が満たされるのですか?」
「ここを押したらまた火が消えるのですね」
と、ひとつひとつ確認するように聞いてきた。3分たってタイマーが鳴った。河城君がビクッとしたのが、かわいかった。
「さあ、できたわよ。召し上がれ」
「なんですか、これ」
「うどんよ」
河城君は一口食べて目を丸くした。
「さっきとはまったく別物になっている! お湯をかけただけですよね?」
「すごいよね。今世紀最高の発明だと思うわ」
「美味です!」
河城君はあっという間にたいらげてしまった。汁まで全部飲んだあと、軽い器だと言ってまた持ち上げたり下げたりしていた。
おかわりはいらないというので、葵はチューハイとポテトチップスを出し、河城君にはリンゴジュースを用意した。そして、ソファに二人並んで食べながらテレビを見た。
「先生、あの薄い箱の中にどうやって人が入っているのですか?」
「中にいるわけではないのよ。私には説明できないなあ。生まれたときからあったから」
「ここは不思議なものだらけです。……私は家に帰れるのでしょうか?」
「帰りたいよね」
葵は河城君の顔をのぞきこんだ。すると、河城君は予想に反してきりりとした表情になった。
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