第8話『これから』
「いってぇ…………」
「ちょっと動かないでってば」
膝の消毒をしながら、悪態をつくあさひ。
手当てをしてもらえるのは嬉しいけど、もうちょっと優しくお願いします…………。
喧嘩の最中から記憶が無い。
一体どうなって今に至るんだ……?
いつの間にかあいつらもいなくなってるし、それに……。
「…………?? どうしたの……??」
「いや……、何でもない」
あさひが傷の手当てをしてくれていた。
家から救急箱を持ってきてくれたようで、消毒液を塗ったり、絆創膏をぺたぺたと貼ってくれたりしている。
意識がハッキリして、一番最初に視界に入ってきたのがあさひの顔だった。
久々に見るあさひは少し痩せたようで、儚い雰囲気を醸し出していた。
…………そして、可愛かった。
「いっ!!?」
「だから、動いちゃダメだって…………」
全身がすこぶる痛い。
痛くない部分を探す方が難しいくらいだ。
打撲は序の口、全身に擦り傷。
顔も所々パンパンに腫れて、鼻血やら汗やら砂やらでグチャグチャだった。
「喧嘩なんて珍しいね」
「……多分、人生初」
なんか、とにかくむしゃくしゃしてたことは覚えている。
犯罪者の供述みたいだけど、本当にむしゃくしゃしてたから仕方が無い。
自分の人生上、あんなに熱くなったのは初めてだと思う。
「私が来たとき、馬乗りでボッコボコ殴ってたんだよ?」
「…………マジで?」
それが本当だとしたら、完全に理性を無くしていたと言うことになる。
……もうシンプルに自分が怖いわ。
「なんか…………、色々訳わかんなくなってた。心配かけてごめん」
「ほんとだよっ! びっくりしたんだから…………」
あさひの顔には涙が伝った跡があった。
きっと涙ながらに俺を止めてくれたんだと思う。
「っと……、はい。一応手当は全部終わりっ。ぶつけたところとか、ちゃんと家に帰ってから冷やしてね」
「………はいはい、あんがと」
にしても…………、本当に久々に話している気がする。
実際1週間ぶりくらいなんだけど、以外と自然だな。
もっとぎくしゃくするかと思ったけど……。
「…………ごめんね」
「……え?」
「私、涼介君を避けてた」
ベンチの上で体育座りをしているあさひ。膝に顔を埋めていて、どんな表情をしているかは分からない。
「…………俺すっげぇ心配したんだよ?」
あさひは、小さな声で「ごめんね」と再度呟く。
「何度も、言わなきゃって思ったの。今日こそって、何度も何度も……。でも…………」
途端に涙声になる。
あさひは顔を伏せたままだ。
「絶対にっ……、泣いちゃうって………、笑顔でっ……涼介君に、会えなくなるからっ…………!」
「…………」
「分かってたのにっ、でも、やっぱり嫌でっ……! いつまでも一人でうじうじしててっ………、お母さんにも涼介君には黙っててって口止めして…………!」
「あさひ……」
「ぐずっ………、今日も……本当に嬉しかった。涼介君がっ、今日会おうって言ってくれて…………」
真っ白なワンピースがあさひの涙で滲んでいく。
肩が小刻みに震え、嗚咽が止めどなく漏れる。
「あさひ」
「……………………??」
不思議そうな顔でこちらをチラッとのぞき見るあさひ。
その目は涙に濡れていて、街頭に照らされキラキラと輝いている。
「お祭りに行こうよ」
「お祭り…………?」
「そう、お祭り。明後日までしかこの街にいれないって聞いたときに思ったんだ。二人で最後に思い出を作りたいって」
「…………」
「今お盆期間だよね? 朱犬神社ってさ、お盆に夏祭りしてんだ」
今日は暦の上では8月14日。
生活していてあまり意識することは無いが、一応世間的にはお盆期間となっている。
そして朱犬神社のお祭りの明日が最終日だった。
「…………俺、あさひと夏祭りに行きたい」
「どうかな?」と首を傾げると、あさひは未だ流れ続ける涙を拭い、少し控えめな笑顔を見せてくれた。
「んじゃ、決まり!」
うしっとガッツポーズを決めると、自然に顔がほころんでくる。
あさひとは明後日までしか会えない。別れの時間はもう目の前に迫っている。
それなのに、俺の心はこの夏休みで一番と言ってもいいほど穏やかだった。
褒められたことじゃないけど、喧嘩をしたせいだろうか。
先ほどまでグチャグチャしていた心が嘘みたいに消え失せていた。
後は最後まで、俺のやるべき事を。
やらなくちゃいけないことをやるだけ。
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