第9話
「で、引き返して帰ってきたのぉ〜 美鱒に行かないで?」
ジェディが茜にシェイクした「スティンガー」をグラスに入れて差し出した。
「仕方ないでしょ?凛ちゃんが熱出しちゃったんだから」
地下にあるバー
ショートグラスに注がれた琥珀色の液体を文句を言いながら口に注ぎ込むと幾分気分が晴れた。
ブランデーの濃厚さとペパーミントの爽やかさだけが口の中に残った。
「ああw染みるわ〜!これ美味しいわね。もう一杯頂戴」
「茜さん、いくらショートカクテルっていっても二口で飲むのはお行儀がよろしくないわよ」
「細かいことは気にしないの。隣に男がいるわけじゃなし。あんまり皮肉らないでよね。ホント、大変だったんだから」
「怜奈さん、アイスコーヒーのおかわりは?」
「あ、いえ。私もカクテルにしようかな?」
「リクエストあります?」
「じゃ、「スプリッツァー」で」
「はい」
ジェディは慣れた手つきでミキシンググラスに2種類の液体を注ぎ始めた。
「何?スプリッツァーって?」
酔い始めた茜が絡み出した。
「白ワインのソーダ割ですよ」
「はん?」
「ダイアナ元皇太子妃が好きだったっていう。結構有名なカクテルです」
「へー」
ロングのグラスにライムが添えられた。
透明な液体が銀の気泡を放っていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたグラスを両手で持って、こちらもごくごくと飲み始めた。
その様子にさすがのジェディも笑ってしまった。
2人とも水分を取るのも忘れるくらいの出来事が今日、まさに起こっていたのだと思った。
ほぼグラスの半分を一気飲みして、怜奈も一息ついた。
3人は止まり木とは逆の方向にある事務所のドアを心配そうに見つめていた。
顔を真っ赤にして簡易ベッドに横たわっている凛香を心配そうに伊達は見下ろしていた。
大きな体を小さく丸めて凛香の看病をしていた。
額にあてた氷嚢を取って、右手を当てて熱をみてみた。
まだ、熱かった。
再び、氷嚢を凛香の額に乗せた。
その時、ふっ…と凛香の目が開いた。
「……パ…パ…」
「凛ちゃああああん、気がついたんだね〜〜〜よかったああぁん」
「…パパ……」
何かを喋ろうとする凛香の唇を伊達は人差し指で軽く押し留めた。
「何があったかわかってるよん。凛ちゃんがどんなに苦しかったのかも。どんなに悩んで、がんばったのかも〜」
(もちろんどんなに不安だったのかも〜)
「………」
「泣くこともないし、無力感も感じなくていい。凛ちゃんは今の凛ちゃんにできるベストを尽くしたんでしょ?誰も責めやしないよう〜」
「でもぉ…あれで…よかったのか…自信ない…」
「そおぉ〜?じゃ、はい。チョコレート」
凛香は小さな焦げ茶色の包みをひとつ手渡されて目をパチクリさせた。
「凛ちゃん、花音ちゃんに言ったでしょ?『みんなで仲良く分けて食べてね』って」
「言ったけど…何で?」
「やだ〜。も〜〜、
「?」
「花音ちゃんがさっき置いていったのぉ。凛ちゃんにって。『ありがとう』って言ってたわよん」
「え」
「正しい道に入った人たちは時間も空間も関係ないから、ね」
「………」
「ね、凛ちゃん」
「そっか…。……えへ」
うれしそうに泣き笑い顔をしていた。
その顔を直視できないのか、伊達は部屋の明かりを消そうとスイッチに手を伸ばした。
「もう、眠らないと。明日には元気になってるよん。フーミンが保証するんー」
凛香は顔を半分タオルケットで隠しながら、小声で尋ねた。
あの白い空間で思っていたことを聞いてみたかった。
「パパ…、私がいなくなったら悲しい?」
「そんなのー想像もしたくないし、したこともないw 凛ちゃんに何かする奴はフーミンが絶対!許さない〜〜!」
伊達は両手で握り拳をつくってゴリラのように振り上げた。
凛香は白いシャツの片方に赤い染みがあることに気がついた。
「あれ?パパ、左腕に怪我してる?血が🩸」
そう言われて、伊達は咄嗟に左腕を押さえた。
「え、あ、なんでもないよん。これ、昼間にエアコンの室外機の掃除してて、角っこに引っかけたっていうか、引っ掻いたっていうか〜、たいしたことないから〜、うんー。大丈夫。あはあはははは〜」
伊達は凛香の手にあったチョコレートの包み紙をとると彼女の口の中にそれを放り込んだ。
「そのチョコ食べて、元気になって、凛ちゃん。さあ、電気消すよーー」
パチン。
部屋は真っ暗になった。
伊達は立ち去ろうと立ち上がった。
「パパ…」
伊達のズボンを凛香が掴んでいた。
「うん?」
「手…、つないで…」
「おう!?」
素っ頓狂な声を上げた。
「
「なんだぁ〜凛ちゃん、小さい頃に戻ったみたいだね〜〜」
「だめぇ?」
「仕方ない甘えん坊だなぁ〜〜」
闇の中で平静を装いつつも、ゆでだこのように真っ赤になりながら伊達は大きな手で凛香の小さな手を包み込んだ。
その手から次第に力が抜けていき、寝息に変わるまでそれほど時間はかからなかった。
規則正しい寝息を聞きながら、伊達は心の中で「おやすみ」と呟くのだった。
<Fin>
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