第7話
涙を流していた凛香は顔のない女性に抱きしめられていた。
「!」
『泣いていて構わないわ…』
「あ、ごめんなさい。ちょっとパパのことを思い出してて」
から元気を出して微笑もうとしたがうまくできなかった。
離れようとする凛香を彼女は押し留めた。
生きてるはずのない彼女から温かさを感じた。
『気にしなくていいわ。泣くのを我慢するより、泣いてしまったほうがいい』
凛香には母親の記憶があまりない、自分が泣いているときに抱きしめられた記憶もあまりない。
この女性は母親ではないが、気にかけてもらってほんの少し嬉しくなった。
母親とはこういうものなのかと。
娘に対してはこんなふうに接するのかと。
「…聞いてもいいですか?」
『なに?』
「どうして花音ちゃんと一緒じゃなかったんですか?」
『それは……』
「私、物心ついてからお母さんがいなくて、パパだけだったの。別にパパが悪いわけじゃないんだけど、お母さんってどんなことを考えてるのかなって…」
女性は凛香の髪を撫で始めた。
まるで自分の娘を愛おしむように、静かに静かに撫で続けた。
『花音は、一人娘。ワンピースがお気に入りでね。髪の毛はショートボブ。この辺りが自然とくるくるになってかわいかったのよ。私が買ってあげた青いデニムのバッグをいつも持ち歩いていて、それに宝物を入れて持って歩いていた。別れたあの日も身に付けていたわ。大切なものを取り上げられないように』
「取り上げる?」
『旦那が…花音の父親が借金を作ってしまってね。家にある金目のものはみんな有無を言わさず持っていかれていたの…だから、
「………」
『毎日毎日。くる日もくる日もヤクザな人たちが家にやってきて脅して、暴力を振るうようになった。そのうち旦那も家に寄り付かなくなってしまって…家には、私と花音の2人だけになってしまった。私だけでは花音を守りきる自信がなくて…知り合いに預けることにしたのよ』
「…花音ちゃん、寂しかったでしょうね…」
『でも、私には泣き顔一つ見せずに、「花音、頑張るからママも早く戻ってね」って言ったの。それが、最後……。私の方が耐えられなかった…』
「花音ちゃんは今も、その知り合いの方のところに?」
『さあ、私にはもう時間の概念がないから、わからない…。だから、花音を探しているの。赤い靴を履いた花音を。最期に一目会いたくて。私にはもう…娘しか…。どこを探しても娘のところへ行けない。預けた寿美礼の家の場所すら思い出せない。旦那の居場所もわからない。私はなぜここにいるの!?』
話しながら半狂乱になっていく彼女を凛香は止めることができなかった。
止められるとすれば、それは彼女の娘花音だけだ。
凛香の母親希美に対する思いと花音の母親に対する思いは同じなんだと感じた。
だとすれば彼女の思いを強化すれば花音に辿り着けるのではないかと凛香は考えた。
思いが成就すれば、彼女は迷わなくなる。
行くべきところへ行ける。
この空間は生と死の境目のような場所かもしれないと思った。
時間も空間も存在しないようにただただ霧がかかっている。
この場所から抜け出すには2つの点が必要なのだと。
自分が今いる場所と自分が戻りたいと思う場所を認識することだ。
それは光体投射に似ているかもしれない。
満足な修行もできていな自分にできることは限られている。
できることをしようと凛香は強く思った。
凛香は彼女の腕の中から、離れて立った。
「私、お手伝いできるかもしれません」
彼女は凛香の腕にすがりついた。
『花音?花音?花音はどこ?』
「目の前に花音ちゃんがいるって想像してもらえませんか?花音ちゃんの姿を」
凛香は彼女の両手を握り、そして目を閉じた。
『花音…の』
「どんな目だったか。輪郭は?髪は?」
『花音…』
「ただ、会いたいって願って。ただ一目、花音ちゃんに会いたいと!花音ちゃんはいつもどんな表情であなたのことを見ていたんですか?」
『花音。ああ、花音!』
凛香もまた会いたい人物を強くイメージした。
(…パパ!助けて!)
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