第6話

『なぜ花音ちゃんを殺した?なぜだ?なぜだ?あの子のは俺の新しい夢だった………新しい夢だったのに……』

「なに?誰の声?」

茜が小声で呟いた。

「男の人ですよね。若い」

いつもの怜奈らしからぬ落ち着いた様子で答えた。

もしかしたら誰かが彼女の中に憑依しているかもしれない。

怜奈はもともと御柱さまの巫女の家系だ。

ルーンストーンで張った結界の中に茜、怜奈、凛香の3人はいた。

自分のことを「花音だ」と名乗るを茜は胸に抱いた。

周囲の気配が禍々しく変わり、次第に暗くなっていく中で3人は息を潜めながら様子を窺っていた。

彼らの周囲で音がした。

人の「声」と「音」。

音は枯れ草の中で立ち回る音や枝を無造作に折る音、それに鈍くて重いものを拳で殴るような音だった。

しかし、その音の発生源となるような物体は周囲には何も見えてこなかった。

人の声を声と思しきものは2種類だった。

どちらも男性の声。

1人は若い男性。もう1人はその男性よりは幾分年をとっていそうな声だった。

姿はないがこの2人は激しく争っているように思われた。

『俺は…俺は…』

『貴様はな…貴様は…俺の夢を奪ったんだ。貴様は俺が長年探し求めていた得物を横取りしたんだ……。』

『それがどうした?おまえに何の関係がある?』

『なんの関係があるだと?貴様、口のきき方に気をつけろ。その女の子と俺はな、特別な関係だったんだ。貴様などには分からないだろうがな…』

『なんだよ、その特別な関係ってのは…。だいたい俺が俺の意志でここにやって来てなにが問題なんだよ?おまえに何かしたとでも言うのか?あぁ?』

『ほざけっ!この外道が!死ね!死ね死ね死ね!』

争う声が一段と大きくなるにつれ、次第に姿が実体化していく。

彼女らがいる場所の本当に目と鼻の先に縺れるように重なっている男性2人の影がはっきりし始めた。

1人は黒いニット帽に黒いジャンパーを着た作業員風の男性。

もう1人はスーツ姿の男性だった。

スーツ姿の男性は100kgを超えるような巨漢で凛香の父よりも二回りほど大きく見えた。

それは見るからに相撲とりが普通人相手にマウントポジションをとっているように見えた。

そんな体重の持ち主に上体に乗られていたら、どんなに抵抗しても動かせないし、肺が潰れてしまう。いや、肋骨が折れて、重さゆえに内臓に刺さってしまいそうだ。

『だから、いまここでお前に制裁を加えてやる。覚悟しろ泥棒野郎!』

上に乗った男性が高々と何かを握った拳を振り上げた瞬間、凛香が悲鳴を上げた。

『俺は…だ……』

「パパぁ!!お兄ちゃん!!」

「凛ちゃんっ!?」

「いやあぁ!何してんのぉ!お兄ちゃん!やめてぇ!」

『か…のん……?』

「その人、かのんのパパだよ!ずっと会えなかったパパだよ!お兄ちゃん、そんなことする人じゃないよね?お兄ちゃんは正義の味方でヒーローなんだよね?」

『そうだ!だからこそ許せないんだ!俺の花音を身勝手に殺した奴なんか!仇を討たなきゃならない!』

「パパはわたしにそんなことしないわっ」

『こいつは俺の夢を……おまえを奪ったんだ!俺はおまえを殺したいほど愛していたのに!俺が殺すのはおまえだった!かのん!おまえじゃなきゃならなかったんだ!』

絶叫する巨漢の霊はもはや人の姿をとどめてはいなかった。

ドス黒い怨嗟の炎に姿を変えた。

それを見て、また凛香花音も絶叫した。

叫んで、円陣から出て行かないように茜は両腕に力を入れた。

こんな状況がわからないままで彼女を手放すわけにはいかない。

推測はできるがそれが当たっているかは保証がないのだ。

「怜奈、怜奈、何かわかった?」

「んと、この場所がどうやら殺人現場のようですね。目の前の男性2人もこの場所で争った上で亡くなっているようです。花音ちゃんもそうですけど…」

「こいつらのどちらかが花音を殺した犯人なの?」

「それは何とも言えません。物凄い感情のぶつかり合いだけしか視えなくて」

「感情?」

「どちらの霊も怒りと悲しみが双璧を成して…です。花音ちゃんはそういう感情を感じる前に絶命してますね。幼すぎたのかもしれません」

「それは彼女花音にとっては救いね。本物のはどうなってるのよ?体はここにあっても、心がない状態よね?」

「ちょっと…待って……ください…」

怜奈はそっと目を細めた。

「凛ちゃん、自分の体の中にいますよ。でも、眠っているわけじゃなさそう」

「それ、どういうことよっ」

「凛ちゃんの他に…1いる…」

「ちょっと!やめてよ!まだ何かあるのw???」

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