第9話


「う、うで枕だと? そんなの無理だ。ひざ枕ならまだしも……。う、う、う、うで枕だなんて!」


「魔王様。落ち着いてください。ベッドインまでのお膳立てはできます。しかしながら、うで枕の意思表示だけは勇者に示していただかないと、二人、仰向けになり天井を見つめることになります。添い寝も夢のまた夢となるでしょう」


「ぐ、ぐぬぬ。そ、それでも勇者が隣に居るなら良い‼︎」


 なんとぬるいことを。

 こんな考えだから半年間に渡り頬にキスすらできなかったというのに。

 

 致し方ありません。

 ここは再度、壁ドンの出番です。


 魔王様。失礼いたします。



「良いわけないでしょうがァ‼︎」


 〝ドンッ〟


「はぅ……。ルー君……壁ドンはダメだって……」


「魔王様。さして難しいことではないのです。たった一言。意思を示すだけで良いのです。ひざ枕してもらう際はどのようにしておられるのですか?」


「うむ。ひざ枕頼むぅ! 今はこれだけで伝わるぞ。あそこはわたしの指定席になってるからな」


「それでは、そのノリでうで枕頼む! と言ってみましょうか。さん、はい!」


「うで枕頼むぅ!」


「さすが魔王様。完璧です。続けていきましょう。さん、はい!」


「うで枕頼むぅ!」


「パーフェクトでございます!」


「お、おぉ! ルー君、なんだかいける気がしてきたぞ!」


 さすが魔王様。乗せてしまえば出来る方なのです。それでは、もうひとつ。この機に乗じて必殺技の伝授といたしましょう。


「はい。これはお好みでお願いしたいのですが、うで枕をされたら、胸をこうさりげなく押し付ける!」


「胸を、こう……あっ。だ、ダメ!」


 なるほど。魔王様にこのステップは早過ぎましたか。しかし今夜はこれ以上の行為に至るのです。そのこと、わかっておられるのでしょうか……。


 とは言え、ベッドインの前に戦意喪失では計画の破綻は明白です。ここは話を逸らさねば。


「いけません! 深く想像してはなりません。恐怖ゆえの迷いが生まれてしまいます。ぶっつけ本番で行きましょう。さん、はい!」


「うで枕頼むぅ!」


「さすが魔王様。お見事です!」


 準備は整いました。

 あとは勇者の風呂帰りを待つのみ!


 ◇◇


 そう、思っていた自分の甘さを痛感する事態が起こるとは……。


 勇者が風呂から戻ると「おかえり」や「よくぞ戻った!」などと声をかけるのではなく、魔王様は第一声に「うで枕頼むぅ!」と、元気よく大きな声で発してしまったのです。



「うで、まくら?」


 不思議そうな顔で聞き返す勇者。ま、当然です。


「わぁっ」


 両手で口を塞いで赤面する魔王様……。ま、これもまた当然の反応でしょう。


 多少、順序は違ってしまいましたが、悪魔大執事として責務を果たすといたしましょう!


「勇者殿、その、腕枕に関してですが……実は魔王様には日頃より、悩みがございまして。実のところ、勇者殿を本日お招きした理由でもございます」


「悩み……。ルシファー君、続けてくれ」


「うむ!」


 ちょっ、魔王様?

 なぜに返事をする?


 …………はっ!


 『うむ』『そうなのだ』だけ言ってくれと、お願いしていたではないか!


 そうなるとこれから私が話すたびに、毎回必ず元気良く『うむ』or『そうなのだ』を発すると言うのか……。


 そんな馬鹿な話が……あるのですよね。


 魔王様のことを侮っていた。

 よもやここまでとは。こと恋に関してはあまりにもポンコツ過ぎる。


 とは言え、私の目論見の甘さが招いた結果。


 魔王様に話を振った時や、何かコンタクトのようなものを予め決めておけば避けられた事態。


 それを怠った顛末。


 しかし、諦めるわけにはいきません。


 悪魔大執事ルシファー。我、魔王様の側近にして右腕、そして執事!


 必ずやこの戦、勝利に導いて見せましょう!

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