冴ゆる星に祈歌を Ⅰ
───────あなたたちがわたしの教えを忘れないように、雪の休息日を定めましょう。雪明の月十二日を星鴉祭とし、わたしの十一羽の白鴉たちに星を運ばせましょう。わたしのこどもたちはこの日を水晶の前で祝いなさい。これを祝うことはあなたたちの幸せのひとつです。リズリムの枝、星の欠片、フィレルの実をとって盛大な集会を開きなさい。リスティンキーラに生きるものたちよ、氷の前に祈りなさい。さすればすぐに氷の加護は与えられる。わたしを信じるものたちは、いかなる苦しみからも保護されるでしょう。
聖氷書「ラクシェート」二十五章
◇◇◇
アナスタシアの街は活気に溢れていた。水晶を身につけたたくさんのケット・シーたちが通りを行き交っている。どんなに貧しいケット・シーでも、この日だけは水晶を身につけるのだ。
今日は
普段のアナスタシアは静かな街だ。おそらく、軍の司令部の存在も影響しているだろう。それがこの活気だ。通りは様々な飾りで埋め尽くされ、倹約を宗とする教会でさえも、朝から魔法光の灯りを点している。雪が止んでくるのは日が落ちてからだ。今日以外にも雪が止むことはたまにあるものの、空は分厚い灰色に覆われたまま。空が晴れるのは今夜だけともなれば、気分が高揚するのも分かる気がする。
俺としても、それ自体は喜ばしいことだと思う。トワイライトファーレンへの信仰心がなくとも、一年中雲に覆われた空が晴れるというのは気分がいいものだ。しかし─────この琥珀色の目が邪魔をする。一年に一回の聖なる日に、サラマンダーの如き色が侵入することは許されない、らしい。ということで、俺は教会に入ることが出来ないのだった。ついでに、街を歩こうものなら白い目で見られることは間違いない。残る選択肢はフードでも被ってこっそり紛れ込むか、家に引きこもるかだ。今日ばかりは軍の任務もないので、何もすることがない。
フェンとラウラは昨日の夜から首都・グレイシアに行っている。どうやら、首都にある大聖堂、シルヴァストレーンで行われる式典に参加しなければならないようだ。片や四家の次期当主候補、もう片方は名門ヴァイスハイト家の「賢者」だ。そりゃあ呼ばれるだろう。アルフェは残念そうにしていたが。
そもそも、俺がこんな大通りを歩いているのはアルフェに呼ばれたからである。一体なんの用事なのか、皆目見当もつかない。彼女だって、誰かと教会に行くか、祭りに参加するか、とにかく予定があるはずなのだ。彼女は「普通のケット・シー」なのだから。もしや、俺がよっぽど深刻な事をやらかしたのだろうか……?心当たりはないが。
解せないが、とりあえず指定された場所には到着した。この街で二番目に大きい教会であるシャーリューだ。その威光に少しでもあやかろうとしてなのか、ケット・シーたちはかなり多い。少し心細くなってフードを更に引き下ろした。長居したくない。そんな思いを氷神様が汲み取ったのか、アルフェはすぐに見つかった。彼女の見事な銀髪と蒼い目は、一般的なケット・シーの外見でありながらも目立つ。
「エルラーン!」
こちらから声をかける前に、彼女は俺に気づいてぱっと顔を上げた。
「悪い、待たせたか?」
「ううん。こっちこそ急にごめんね」
「いや、どうせ今日は何も予定ないし……」
俺が何気なく言葉を発した瞬間、なぜかアルフェが顔を輝かせる。
「え!今日、予定ないの?」
「あ、ああ、ないけど……」
「じゃあさ、私と一緒に星鴉祭、参加しない?」
流石に面食らった。アルフェはその明るく、誰にでも分け隔てなく接する姿勢からあらゆるケット・シーに好かれている。一緒に祭りに参加してくれるケット・シーなど掃いて捨てるほどいるだろう。その中で俺を選ぶ理由が正直よく分からない。この目と、ついでに魔法のおかげで面倒事の方が多いだろうし……
「それはいいんだけど……なんで俺なんだ?他のケット・シーを誘った方が……」
言いかけて、俺は目の前の少女がひどく沈んだ面持ちになったのに気がついた。
「……エルーは、私とは行きたくない?」
「い、いやそんなことは……」
そのあまりにも悲しそうな、拗ねた子供のような声音に慌てて否定を返す、と同時に、彼女は今までの顔は嘘だったのかと疑いたくなるほどににっこり笑った。
「じゃ、決まりだね!」
「ちょ、ちょっと待っ……」
「待たない。私は友達と一緒に星鴉祭を楽しみたい。エルーも嫌じゃないんでしょ?それなら二人の意思は統一されてるよね!」
「確かにそれはその通りだけ……」
「はい、じゃあ行こ!今!すぐ!」
その言葉自体は柔らかいものの、拒否できない謎の威圧感を放ちつつ、アルフェは俺の腕を引いた─────というよりも引っ張った。後方戦闘員という位置付けながらも、誰よりも努力家であるアルフェの腕力は、一般ケット・シーのものとはかけ離れている。結果、俺はなし崩しに彼女に引きずられていくのだった。
彼女は意外にも、もっとも祭りが賑わう街の中心部ではなく、大通りを外れて裏路地へとずんずん進んでいく。
「おいアルフェ、どこに行くつもりなんだ?」
「エルーは瞳の色が気になってるんでしょ?」
さらりと俺の心境を言い当てつつ、彼女は他のケット・シーの姿が見えないところで足を止めた。
「だから、私の魔法で色を変えちゃえば良いんだよ!」
今だけだけどね。アルフェは得意げな顔でそう付け加えた。
「なるほど……でもいいのか?」
「全然!一人分の魔法で二人が楽しめる、最高じゃない!」
そう言って笑うと、彼女は急に真剣な顔になった。
『
『
「ほら、上手くいったよ!どうかな?」
そこにはもちろん俺が映っていた……瞳が水晶のように透明になった。それは猛烈な違和感を生じさせた─────色が変わったところで大した変化はあるまいと思っていたが、意外とあの忌々しい琥珀は、俺の頭の奥に根付いていたらしい。
「凄いな……完璧な幻影だ」
「ふふ、そうでしょ?でもこれ、いつもの任務じゃ使えないんだ……エルーが魔法を使うと、私の
少し浮かれているように見えるアルフェに頷いて、俺は素直に歩き出した。ここまでしてくれたのだから、義理は通さねばなるまい。それに、単純に感慨深かった。────もしかしたら、焦がれるような喜びすら感じていたかもしれない。フードを被らずに、堂々と大通りを歩けることに。
星鴉祭が始まる夜が近づいていた。
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