第18話
ダンジョン最奥の間。
そこに俺達はいた。
俺、くるみ、クロといったいつものメンツ。
そこに今日は思わぬ人がいる。
「坂西さん、ですよね……?」
地面に正座をさせられている坂西さんが、俺の言葉にピクリ、と肩を震わせた。
震えに合わせて肩口で切りそろえられたボブカットも少しだけ揺れる。
坂西さんは俺の言葉には答えず、視線は地面に向いたままだ。
「坂西 ひとみ23歳。探索者協会職員のようですね」
くるみが手に持った小さな何かを見ながら言う。
免許証か何か……?
「あっ、私の探索者登録証……!!」
捕らえた時に奪ったのであろう、坂西職員の探索者登録証のようだった。
坂西職員が正座しながらくるみを恨めしそうに涙目で睨む。
だがそんな坂西職員を仁王立ちしたくるみが睥睨した。
「だから何ですか? ここまで私達を尾行しておいてその言いざまですか?」
「え? 俺達の事を尾行していたんですか?」
くるみの言葉に驚いて、今もなお涙目で睨み続けている坂西職員に聞いてしまった。
くるみの言い方だとどうやらかなり前段階から坂西職員の尾行に気付いていたらしい。
俺は全然気づかんかったけど……。
坂西職員は俺とくるみの言葉を聞くと、またしても力無く地面を見る作業に戻ってしまった。
「どんな小細工をしたのかは知りませんが、高梨さんが探索者登録をした時に何か策でも弄したのでしょう。最初は勘違いかと思いましたが、休憩中もずっと私達を遠目から見ていたので間違いないです」
「えっ! そんな前から気付いていたの!?」
俺の言葉にくるみが頷く。
マジか……。さすが気配察知に優れるくるみだ…。
くるみの言葉に坂西職員の肩がさらに落ちたように見えた。
「で、どうします?」
くるみが俺に問いかけてくる。
「どう、とは?」
「この尾行犯ですよ。……殺します?」
「えっ」
くるみの口から急に出てきた、殺す、という言葉に反応出来なかった。
そもそも坂西職員が尾行してきた、という事実だけでも混乱しているのに、さらに殺すなど考えもしなかった。
だが、くるみの表情は至って真剣だ。
捕まえた時点で坂西職員が持っていた武器類は全てくるみが奪っており、坂西職員に抵抗する術は無い。
「だって考えてみてもください。すでにクロちゃんは見られているし、私たちの強さだって見られているわけでしょう? このまま生きて返しても私たちに何らメリットはありませんよ」
「いや、そりゃそうだけれど……」
「なら、いっその事ここで殺した方が後腐れなくていいでしょう?」
「………」
ぶっちゃけくるみの言動にドン引きしていた。
今の状況がどれだけ不都合で、どれほど俺達にとって劣勢だとしても、まさか誰かを殺すなどそもそも選択肢に無かった。
そんな俺の胸中を察したのか、くるみが話す。
「この際だから言っておきますけど、私は高梨さんに物凄く感謝しています。たぶん高梨さんが思っている数十倍も。だからそんな高梨さんと、クロちゃんに害がありそうな物は全て排除します。私が、全て」
「排除って……」
くるみは俺の言葉に小さく首を振りながらなおも話し続けた。
「いえ、まだ高梨さんは探索者としての覚悟が定まっていないんだと思います。でもそれは悪い事じゃないと私は思っています。そんなまっさらな高梨さんが私はとっても好きだから。きっと高梨さんの中ではどこか遊びみたいに思っている節がまだあるでしょう? でもそれでも私はやっぱり感謝しているんです。こんな孤児でどうしようもなかった私も無償で匿ってくれて、独りだった私に家族みたいな居場所を与えてくれて、それにこんな力までくれたんですから。だから……」
私が、殺します。
そう言ってくるみが短刀を手にした。
すでにくるみの目が据わってしまっている。
あまりの気迫と、状況の変化、そしてくるみの言葉に俺は動けないでいた。
くるみの言葉は正しくその通りだった。
俺はどこかダンジョンアタックを真剣に考えていなかったのかもしれない。
くるみやクロを家族として守る事と、ダンジョンアタックは俺の中では同義ではなかったらしい。
しかもそこに人の生き死になんてものが入ってきたら、もう俺の脳内はキャパオーバーだ。
くるみの言う通り、ここで坂西職員を亡き者にした方がいいのかもしれない。
ダンジョンはモンスター同様に死体を吸収してくれる。
ここで起きた殺人は判明しないのだ。
ましてや俺達と坂西職員との間柄では疑われる事すら無いだろう。
完全犯罪が成立するはずだ。
でも、それでも俺にはくるみが坂西職員を殺す事が正しい事だとは思えなかった。
くるみが坂西職員に近付いていく。
ダメだ! 止めないと!
俺がそう思った瞬間、俺よりも先に動いたものがいた。
「クロちゃん! 邪魔しないで!」
くるみの声にハッ、とした。
見ると、いつの間にか地面にいたクロがくるみの背中に覆うように乗っかかっている。
「待て待て待て! くるみ待つんだ!」
やっと俺も足を動かし、くるみと坂西職員の間に割り込む。
前から俺が、後ろからはクロがくるみを止める。
何とか力づくでくるみが持っていた短刀を手から奪うが、なおもくるみは残ったナイフを手に持って坂西職員のもとへ向かおうとする。
「坂西さん! とりあえず逃げてください!」
「えっ、えっ……」
背後にいる坂西職員へ大声で急き立てる。
聞こえてくる声はまだ状況が把握しきれていないようだが、それを待つ時間は無い。
「いいから早く! 逃げてください!!」
「は、はい!」
「待て! 逃げるな!」
坂西職員が俺の声にやっと理解出来たのか、慌てて立ち上がると来た道の方へ走り出す。
それを血走った目でくるみが手を伸ばして必死に喚きたてるが、すぐに坂西職員の足音が聞こえなくなると、それも力無く項垂れ、手に持っていたナイフがカラン、と地面へ落ちた。
「なんで……なんで逃がしたんですか……!!」
「くるみちゃん……」
項垂れたままのくるみちゃんが、俺の胸を叩く。
トン…トン…トン……。
何度も、何度も俺の胸を叩いた。
だが、その握られた拳は先程までのような気迫の籠ったものではなく、力の無いものだった。
「私が…私がちゃんとしないとって……。高梨さんに迷惑が掛からないに、何とかしなきゃって思って……」
その小さな身体は、手は、震えていた。
「ついに見つかっちゃって…。このままだと離れ離れにされて、クロちゃんもどこかに連れて行かれるかもって思ったら居ても立ってもいられなくって……。何とかしなきゃ、逃がさないようにしなきゃ、殺さなきゃって……」
もう、独りは嫌なんです……。
くるみは小さく最後にそう言った。
俺はくるみの言葉で自分の認識が間違っている事にやっと気づいた。
くるみには初めから人を殺す覚悟など毛頭無かったのだ。
それでも、必死になって考え、考え抜いた結果があれだったのだ。
俺と同じように人を殺す覚悟など無いのに、きっとそれ以上に俺とクロの存在がくるみの中で勝ったのだ。
独りになるくらいなら、離れ離れになるくらいなら……。
(くそっ……)
心の中で呟きながら、思わず自分の頬を殴りたくなった。
二人でアタックした時、油断した俺が死にかけた時もくるみは半狂乱になって泣きじゃくった。
そうだ……くるみは喪う事を何より恐れ、怯えていたじゃないか。
もう一人ぼっちは嫌だと泣いていたじゃないか。
それなのにまた俺は同じ間違いを繰り返していたんだ。
ずっとずっとくるみは孤独と戦っていたのだ……。
「悪い……ごめん、本当にごめん。俺が悪かった」
くるみを抱きしめた。
まるで親が子を抱きしめるように、強く、だけど優しく、壊れないように。
俺がずっと忘れていたもの。
いや、忘れようとしていたもの。
それをくるみはずっと逃げずに直視していたんだな……。
くるみはそんな俺の言葉を聞き終えると、何かが決壊したかのように大声でずっと泣き続けた。
ダンジョン最奥の間に、くるみの泣き声がずっとずっと鳴り響いていた。
3流リーマンがテイマーでポリマー(改訂版) ちょり @mm2222
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