第17話
『レベル0ダンジョン鎮静状態解放まで残り 00:13:06…05…04……』
――週末、春道ダンジョン前。
「本当に中で待っていなくていいんですか?」
俺とくるみはダンジョンの鎮静状態解放を待っていた。
「うん、なんとなくだけど中にいない方がいい気がするんだよね」
「なんとなく……ですか」
「そ、なんとなく」
俺の言葉にしっくりといっていない表情のくるみだが、大勢に影響は無いという事で俺の意見に従ってくれている。
くるみの表情を見るかぎり、俺が今感じているこの感覚はくるみには伝わっていないようだった。
胸の内がぞわぞわするような、簡潔に言えば嫌な予感がする、というやつ。
胸ポケットにミニマムサイズで入り込んでいるクロも、俺と同意見のようで、何となくだが鎮静状態解放をダンジョン内で待つのは良しとしないらしかった。
クロとのパスはこの一週間で強固になったと感じられた。
正確な事は不明だが、どうやらレベルアップに伴って俺とクロを繋げていたパスが以前よりも強くなっているようだった。
本当になんとなくだが、クロが求めている物が脳へ直接信号として送られてくるのだ。
ごはんたべさせろ。テレビみせろ。
そんな感情が言語ではなく感覚として伝わってくるのだ。
線で繋がっておらず、点と点でしか伝わってこないので、少し不便なところはあるといえばある。
最初はちょっと気味悪さすら感じたが、慣れれば楽なもので、クロとの繋がりが強くなる分には俺も嬉しかった。
もしかしたら更にレベルアップしてパスが今よりも強固になれば念話のようなものも出来るしれないな。
なぜか送られてくる信号が全て命令口調なのが少し気にはなったが。
そんなクロが胸ポケットの内から俺に信号を送ってくる。
行くな、外で待て。
言語化すればそんな感じだろうか。
俺はクロに、わかってるよ、と伝えるようにポケットに指を入れて軽く撫でる。
クロが悦んでいるのが伝わってきた。
この一週間、俺は仕事終わりに何度か一人で春道ダンジョンに足を運んでいた。
先週来た時と同様に鎮静状態が続いているかの確認を行う為だ。
俺の視界端ではコマンドバーが解放までの時間を常に表示させていたが、そもそもこのコマンドバーをそっくりそのまま信用するわけには当然いかない。
誰がどんな意図を持ってこのコマンドバーを表示させているのか?
そこが理解出来ない以上、様々なパターンを想定しておく必要があると思ったからだ。
俺が春道ダンジョンを調査する間、くるみは引き続き情報の収集および次にアタックするダンジョンの選定に当たっていた。
あ、それとこの一週間で俺とくるみの武器を新調している。
新調とはいっても前と全く同じデザインのまま、レベルアップしたクロが出してくれた槍や短刀だ。
重量はほぼ倍となった。ただし俺もくるみも大幅にレベルアップしているので特に苦労は感じない。
まだダンジョンにアタックしていないので性能は一概には言えないが、明らかに強度は増しているのがわかる。
それだけでも十分に意味はあると言える。
今までのように槍が壊れるのを心配しながらアタックをしなくてもいいだけで精神的にかなり楽になるからだ。
また、クロ謹製の武器とは別にくるみも持っているナイフを購入した。
これは探索者協会が運営する販売店で買った物だ。
正直言って、ダンジョンアタックを始めてからこれが一番の出費だった。
とはいえ、登録はしたのに武器を保持していないのはどう考えてもおかしい。
いや、実際には武器はあるのだが、当然外に出せる代物ではない。
となると、擬装用として安物でもいいのでナイフを購入する必要があったという事だ。
ちなみにくるみはどうやってナイフを購入したのか?という疑問が湧いたのだが、簡単に言えば孤児院を通して探索者協会に借金をしての購入らしい。
そのまま踏み倒して逃げようと思えば簡単に逃げられるが、そこは探索者協会が運営する孤児院だ。
ネットワークは世界にまで広がっており、借金を踏み倒したとなれば文字通り世界からお尋ね者となる。
ダンジョンアタックをしていれば死ぬ可能性もあるが、かといって逃げても結果は同じだという事だった。
探索者協会怖すぎる……。
探索者協会支部に併設する店舗で購入したのだが、受付窓口のそばを通る時にちらりと横目で今日の窓口担当は営業スマイルがトレードマークの坂西職員ではなかった。
まぁたまたま俺の時にシフトが当たっただけだろうし、そこまで深く気にはしなかったけど。
『レベル0ダンジョン鎮静状態解放まで残り 00:00:02…01…00………解放されました』
コマンドバーに解放と表示される。
すると、ずっと目の前に表示されっぱなしだったコマンドバーが姿を消した。
やっと久しぶりに視界がクリアになる。
半透明でそれほどの大きさではないとはいえ、視界の端にずっと表示され続けているのだから、仕事中も気になって仕方が無かった。
休憩時間の確認とかにはちょうど良かったけどね。
「解放されたみたいだ。……外から見ている感じは何も変化が無いみたいだな」
「ですね。まぁ中に入れば何かわかるかもしれませんし、行ってみましょう」
くるみの言葉に頷く。胸ポケットの中にいるクロが少し震えるのがわかった。
◆◇◆◇
「ダンジョンが復活している……のか?」
春道ダンジョン入口から入ってすぐにわかった。
鎮静中には感じなかったモンスターの気配を感じたからだ。
低級ゆえか脅威には感じないが、それでも昨日までとはダンジョン内の雰囲気が全く異なっている事にすぐ気が付いた。
「それに、モンスターの数も解放前より増えている気がします」
通路の先を睨みながらくるみが言う。
流石に俺よりも気配察知に優れているくるみには、さらに細かな変化がわかるようだ。
胸ポケットから飛び出したクロも『敵、戻し』と言っている。
多いと表現せずに戻しと表しているところを見ると、ダンジョンリセット効果と考えるのだ妥当かもしれない。
クロと会話が成立すればもう少し細かく聞けたのかもしれないが、ないものねだりをしていても仕方ない。
「まぁ、とりあえず進みながら様子を見るか」
クロ謹製のバージョンアップ武器の使い勝手を調べがてら、俺とくるみは走り出した。
春道ダンジョンを小走りで進む。
最初は様子見だと考えて比較的ゆっくりと進んでいたが、とにかくポップするモンスターの数が多かった。
ポップするのは全てゴブリンかコボルトのみだったので、すぐに倒せたのだが、如何せん少し進んでは止まって戦闘となる。
倒して魔石を取り出してまた進む、となると時間が惜しくなってくる。
途中からはほとんど走りながらダンジョン内をズンズンと進んでいった。
バージョンアップした武器も一助を担っている。
対峙したゴブリンを横なぎにしたところ、まるで豆腐でも切ったかのようにスパッと倒せてしまったからだ。
思わず「は?」と言ってしまった俺は悪くないと思う。
あまりの手ごたえの無さには驚いた。たぶん目を瞑っていたら発泡スチロールか何かでも切ったかな? と勘違いしてもおかしくないほどには手ごたえが無かった。
同じ事をくるみも感じたようで、隠密から奇襲したくるみが、倒した後に何度か短刀をチラチラ見ていた。口には出さなかったがあまりの切れ味の良さにゴブリンを倒した実感が湧かなかったんだと思う。
わずかばかりの休憩中もモンスターが次々とポップされる。
今までの数倍では済まない程に間違いなく湧いている。
このペースではダンジョン最奥まで行く時間が無くなるという事で、モンスター達は倒すだけに留め、魔石の取り出しまでは諦める事にした。
今日はあくまでもダンジョンの調査が目的であって、アタックがメインではない。
それに倒していて思ったが、俺もくるみも全くレベルアップしていない。
これだけの数を倒してもレベルアップしないという事は、経験値的な部分でもはや全く足りていないのだろうと推測している。
くるみの予想が正しければ俺達は中堅並みのレベルを持っている。
となれば、最下級クラスのゴブリンをいくら倒しても簡単にはレベルアップしてくれないだろうからな。
休憩を終えた俺達はペースをさらに上げることにした。
「と、いう事でやって来ましたダンジョン最奥」
「途中から一気にペース上げましたしね」
休憩明けは小走りのままポップしたゴブリンを倒しつつ進んだ。
ある程度コツを掴むとそこからさらにスピードを上げ、ほとんど疾走状態でガンガン進んだ。ゴブリン達からすれば恐怖を感じる暇さえなかっただろう。
走ってくる何かを視認したかと思うと、すぐさま切り捨てられるのだ。自分たちが切られた事すら理解出来ないままだったかもしれないな。
どうやらモンスター達は最奥の間まではやってこないようだった。
仕組みがどうなっているのかはわからんが、そういうものらしい。
ダンジョンなんてものが現実世界にある時点ですでにトンデモびっくり箱なのだから、そういうものだと割り切る事にした。
「さて、クロどうだ?」
今日は胸ポケットに入ったままだったクロに問いかける。
頭の上に出してもよかったんだが、疾走状態でクロに乗られると頭が揺れるからな。今日はずっと胸ポケットに入ってもらっていた。
ススス、とクロが胸ポケットから出てくる。
地面に着地すると、前回同様に最奥の壁に向かう形となった。
「……ん? どうした?」
クロが何やら来た道の方をちらちらと見ている。
最奥の壁と来た道の両方を見やり、時折俺の方も向く。
何かを探っている……? よくわからん。
「ひぅっ!」
訝し気にクロを見ていると、その声はもと来た道の方向から聞こえた。
聞こえた声はくるみの声ではなかった。
周囲を見るといつの間にかくるみがいなくなっている。
あれ? と思いながら、警戒して右手に槍を左手にクロを抱えていると、それは現れた。
「クロちゃんが先に見つけてくれたみたいですね」
「い、いたい……」
くるみが右手に持ったナイフを首筋に当て、左手でその人の腕を背中で掴んでいる。
しっかりと腕を捻じ曲げているせいで、掴まれている本人は苦痛の表情だ。
身長がほとんど同じだったせいか、苦も無く捕まえられている。
「どうなってるんだ……?」
薄暗い道の先から見えてきたのは、冷たい視線で尾行者を捕らえているくるみと、苦しそうな表情の坂西職員だった。
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