第16話

「どうでした?探索者登録」

 車内で待ってくれていたくるみの下へさっさと戻った。

 もう少し探索者協会内を色々と見ようかとも思ったが、恰好が恰好だし、とりあえずは一度くるみのところへ戻ろうと思ったからだ。


「うーん、一言で言えば拍子抜けって感じかな」

「アハハ、確かにそうかもしれませんね。ほんと数分で終わっちゃいますもんね」

 俺の言葉にくるみが自分の時の事を思い出したのか、軽く笑いながら答えた。


「そうそう、記入用紙もあっさりしたもんだったし。それだけ人材枯渇が酷いって事なんだろうけどねぇ……」

「私の時なんか孤児院枠での登録ですからもっと酷かったですよ。身分証明書も碌にないから本当に流れ作業で、受付の女性はずっと無言で不愛想でしたし、ホント最悪でした」

「へぇ、そうだったんだ。俺は愛想のいい女の人だったよ。営業スマイル全開だったけどね」

「協会にはナンパしに来たんじゃないんですけどー」

「濡れ衣ヤメテ?ってかこの格好でナンパすると思う?」

「……まぁそうですね。コーディネートした私が言うのも何でもけど冴えませんもんね(笑)」

「やかましぃわ」


 車内で軽口を言い合いながら自宅へと戻る。

 今日中に色々と準備をして、来週には鎮静化が終わる春道ダンジョンにアタックしないといけない。さらに他のダンジョンも本格的に物色しないと、だな!



◆◇◆◇


 “その人”が登録窓口にやって来たのは、たまたま私が窓口に入っていた日でした。

 私は普段ならこの支部にはおらず、探索者協会本部での勤務です。

 なのに私の勤務態度が宜しくないという理由での短期出向を命じられ、この支部に籍を置いていました。

 短期出向は名目上は人材不足の支部へのヘルプでしたが、どう見てもこの支部が人材不足だとは思えず、体のいい左遷だと気付いたのは出勤してから数日が経ってからでした。


 一獲千金を夢に見た現実を碌に直視していない若者。

 探救会が運営する孤児院からほとんど人心御供に近い形で登録させられる冒険孤児。

 借金で首が回らなくなり、大逆転を夢見てやってくる中年オヤジ共。


 控えめに言ってクソみたいな奴等しかやって来ず、早々に窓口で登録希望者達と諍いを起こした結果、書類管理の裏方部門に回されていたのですが、この日だけはシフトの都合上で私が窓口に立ったのでした。

 裏方に回されてからも何度かはこういった事があったので、窓口業務自体は問題なく出来ます。というか、あまりにも簡略化されすぎて誰でも出来るんですけどね。

 簡略化の理由は、ダンジョンの数が多くなりすぎ、それに対応出来るだけの探索者が枯渇している、というのが現実でした。

 要するに人型戦闘ロボットを量産し、少しでもダンジョンの拡大を遅らせようという事です。その一端を私も担っていると考えると少し憂鬱にはなりましたけどね。


「あのぉ……登録をしたいんですが」

 その人が私の窓口へとやって来ました。

 如何にも平凡な顔立ち、年は三十手前くらい?

見ると、ヨレヨレのTシャツに擦り切れてしまっているジーパン、さらに靴はスリッパです。

 舐めてるんですか?

 思わず言いそうになってグッとこらえました。

 これ以上問題を起こしたら、次はどうなるかわかりません。

 探索者へ復帰するというのも一つの手ですが、私は諸般の事情で探索者としての活動を休止しています。

 まぁ、探索者として活動していればこんなクソみたいな業務絶対にやりませんけどね。


「それではこちらの用紙に記入ください。それと身分証明書を提出頂けますか?記入いただいている間にこちらで犯罪社歴などを調べさせていただきます」


 そう言って、書類を記入してもらっている間に身分証明書を預かる。

 犯罪社歴など過去の事を調べる為だ。

 探索者協会は行政とも連動しており、全ての個人情報開示権利を有している。

 要するにプライバシーポリシーなんて無いって事だ。


 差し出された免許証を受け取る。

(高梨 良一……あら、三十手前だと思ったけど超えてる。やっぱりなんかヘンね…)

 免許証に貼られた顔写真と、目の前にいる高梨さんを数回見比べる。

 やっぱり免許証の写真よりも幾分か若く見える。

 免許証の発行が二年前である事を考えると、この人は二年前よりも今の方が若々しいという事だ。

 服装はまるで冴えないのに、顔だけが若返っている。

 どうにも私は引っ掛かるものを感じた。


 私には『看破』というスキルがある。

 これは探索者協会も関知しておらず、探索者時代にパーティーを組んでいたメンバーしか知らない。

 『鑑定』のように万能ではないけれど、何となく事象事柄に違和感を察知する事が多く、そういった時はほぼ間違いなく『看破』スキルが発動しているのだった。

 探索者時代も何度もこのスキルに助けられていて、私は自分のスキルに全幅の信頼を置いている。

 そんな『看破』スキルが、目の前に高梨さんに強烈な違和感を感じていたのだった。


(犯罪社歴、無し。素行も極めて平凡で問題無し。あ、この人も冒険孤児なのね)


 出てきた情報は何一つ問題の無いものだった。

 しいて言えば冒険孤児であることだったが、日々探索者が命を落とすのだ。

 冒険孤児は社会問題になるほどに数を増しており、そんな冒険孤児が大きくなって探索者として命を散らしていくのは、まるで神様に嘲笑われているように思えた。


 だが、やはりこの情報を見ても私の違和感は拭えない。

 むしろさらに強くなったと言っていい。

 あの人は間違いなく普通じゃない。

 そう思った瞬間、『看破』スキルが発動し、ストンと心が収まった気がした。


 営業スマイルを顔に貼り付けて高梨さんが座る席へと戻る。

 少し仕掛けてみよう。


「拍子抜け…しましたか?」

「えっ?」

 気配を殺し、書類を見ていた高梨さんの前に座った。

 やはり高梨さんは私には気づかなかったようだ。

 私の考えすぎだったのかな?過大評価しすぎた?

 だが、そう考えた瞬間に『看破』スキルが強く反応する。

 私の直感は大した事が無いと感じているが、『看破』スキルはそうは思ってはいないようだ。

 だが、次に出た高梨さんの言葉で私の心は完全に決まった。


「え、えぇ…探索者として命を賭けるにしてはあっさりしているな、と思っただけです」

「そうですね……確かにそうだと私も思います」


 高梨さんのその言葉は、本来であれば出ないはずの言葉だった。

 これから探索者として命を賭けて戦っていくのだ。自分が、だ。


 それなのに言っている言葉はまるで他人事。

 対岸の火事を見ているかのような言い分だった。

 確かに、若者であればいるかもしれない。

 特有のノリでウェーイと言いながら興味半分で登録する奴等だっているのだから。

 だからこそそういった奴らはまず間違いなく探索者として活動はしない。

 初めから命を賭けるつもりなど毛頭無いからだ。


 逆に大逆転を目指す中年達はある意味で本気だ。

 だからこそしつこいくらいに質問をしてくるし、何だったら死んだ後の保険関係までもうそれはそれは鬱陶しいくらいに聞いてくる。

 でもそれは普通の事で、探索者とはそういう物なのだ。


 なのに、目の前にいるこの人はまるで軽い口調で言ってくる。

 高梨さんの言葉に、私の直感と『看破』スキルが完全に一致した瞬間だった。


 高梨さんから飛んでくる質問は軽いものばかり。

 というか質問内容を掘り下げるつもりがまるで無いのがわかる。

 誰か協力者でもいるのか?そうとしか思えなかった。



「高梨さん」

 登録と質問が終わり、協会を出て行こうとする高梨さんに声を掛ける。

「なんでしょうか?まだ何かありました?」

「いえ…探索者は日々命を落とされる方が絶えません。それでも、探索者登録がここまで簡略化されているのは、それだけ人材が枯渇しているからです」

 日々、探索者というコマを投入し、ダンジョンの氾濫を遅らせようとしているだけ。

 正しく自転車操業でしかないが、それしか方法が無いのも事実。

 私の言葉をじっと聞いている高梨さんだが、それでもあまり関心が無さそうだ。


「探索者の命は軽い…。これは事実です。それだけ軽く扱われているがゆえの簡素化された登録だとお考えください」

「だからこそ、自分の身は自分で守れという事…ですか?」

「はい、その通りです。最後は自分自身の力のみが信じる糧となる事をよくよくご理解くださいね」

「そうですね…。まぁ俺は臆病なので、いのちだいじに、をモットーに頑張ります」


 そう言うと、背を向けて手をヒラヒラとさせながら出口へと歩いていく。

 私は高梨さんが出ていくまでずっとその背中を見ていた。


(必ず……必ず、私が暴く!)


 私はその日の業務終了時に、二週間の有給休暇を申請するのだった。

 無論、高梨 良一を監視する為だったのは言うまでも無い。

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