第15話

 善は急げとダンジョンアタックを切り上げると、翌日に俺達は最寄りの探索者協会支部に来ていた。

 今日はクロは留守番だ。

 ミニサイズにすれば隠す事は可能だが、どういった感知系アイテムがあるとも限らないからな。

 特にクロはその特殊性から見つかれば間違いなくややこしい事になる。

 大量のプラスチック製品と空き缶を置いておいたから、喜んでパクパクしてくれている事だろう。

 これを機に、使っている槍も作り直しをお願いしておいたから、是非とも少しでもレベルアップした槍を出してくれていたら有難い。


「やっぱり先々を考えたら探索者登録はしておくべきだと思うんです」

 探索者協会までの道すがら、くるみが助手席でそう言った。

「もう少しレベルアップとダンジョン経験を積んでから、というのも考えましたが、すでに私たちのレベルだけで言えば中堅です。ここまで急激に強くなったら、普段の生活でそのボロが出ないとも限りませんし、それにダンジョンの鎮静と制圧っていう強いカードが手に入ったんですから、有効活用しない手は無いと思っています」


 くるみの言いたい事は俺にもわかった。

 レベルアップの反動が落ち着いてからは制御が可能になったとはいえ、強力な力が無くなったわけではない。

 というか昨日の俺のはしゃぎっぷりがほとんど全てだが、この一週間は凄く気を遣って生活をしていた。

 力の制御もそうだが、万が一にもバレてはいけないという精神的抑圧が強く、そのストレスが昨日のハジケぶりに繋がっていたんだと思う。

 そう考えれば、早いうちに探索者登録をして実績を積んで一端の探索者として認められれば、少なくともバレた時のリスクはほぼゼロになる。

 勿論、クロの存在は引き続き秘匿する必要があるのだが、それとこれとは別の話だ。

 万が一のミニサイズも手段として得る事が出来たので、今までほどの心配をしなくてもいいのは僥倖といえば僥倖だけど。

 とはいえ少なくとも俺の精神衛生上は探索者登録した方がいい、というのがくるみの言い分だった。


「でもさ、俺みたいなオッサンが探索者登録してもおかしくない?」

 それが気がかりだった。

探索者登録は犯罪者でない限り登録可能、だが……。


「高梨さんも知っての通り、一部の人が生活苦の為に探索者を目指すのは知っていると思います」

 くるみの言葉に頷く。

生活困窮で登録する中年がいるというのは知っているが、だがそれはあくまでもそれは一部でしかない。

それもそのはずで、ダンジョンが現れてからまだ二十年ほどしか経過していない。

わざわざ危険を冒してまで探索者になりたいとは思わない。

どんな世界でもそうだが、稼げるようになるまでが大変なのだ。

しかも探索者ならそこに身の危険まで付いてくる。


「なので、今日の服装を”それ”にしてもらったんです」

「あぁ……なるほどね…」

 くるみが俺の方を指差しながら言った。

 指差した方向には今日俺が着ている服装。

 思わず出る苦笑い。

 なるほど、それで色々と合点しましたよ……。


 今、俺が着ている服はとっくに首元がヨレヨレになって寝巻にしていたTシャツと、これまた擦り切れてかなり色落ちしてしまっている作業などの時にしか履かないジーパン。

 くるみが朝からゴソゴソとしていたから何かと思って見ていたら、今日はこの服を着ていけと言う。

 簡単な登録しか無いからそこまで気にはならないとはいえ、いくらなんでも失礼じゃないか?と言ったんだが、これが”今日はいいんだ”と強く推すので渋々受け入れたんだけど。

 確かにこれならどう見ても生活困窮者にしか見えないもんね……。

 いや確かにさぁ、冴えないリーマンだとはわかってはいるけどさぁ……。

 俺もそこそこいい年になってきて、さすがにこの服装で外に出るのはちょっと恥ずかしいんですけど……。


「これも私たちの、ひいてはクロちゃんの為だと思ってください!…ね?」

 微妙な表情の俺を見透かしてくるみが言う。

 いや、わかるケドさぁ……。



◆◇◆◇


 ほぼ市役所じゃん、といった雰囲気の探索者協会支部。

 見た事がない機具が置かれていたりするが、それ以外はほぼ市役所と一緒だった。

 ただし、大きな違いとしては、そこにいる人だな。

 週末もあってか人が多いが、どの人もガタイが良く、一種異様な雰囲気が漂っていた。


 登録受付窓口、買い取り専用窓口などがある。

 登録受付窓口はさすがに空いていて、すぐに受け付けてもらえる事になった。


「それではこちらの用紙に記入ください。それと身分証明書を提出頂けますか?記入いただいている間にこちらで犯罪社歴などを調べさせていただきます」


 くるみと同じくらいの身長の女性職員が受付担当だった。

 年齢もそこまでいっていないのでは?俺よりは年下だろうけど。

 営業スマイルではあるが、憮然とされるよりは余程いい。

 見ると胸元に名札が付けられてあり、”坂西 ひとみ”と書かれていた。

 ヨレヨレのシャツを着た俺を見ても顔色を変えないとかプロだね。

 上から下まで一頻り俺を見た後、じっと俺の顔を見たが、すぐに営業スマイルに戻ったところもグッドだな。


 言われた通りに身分証明書として免許証を渡す。

 坂西職員は軽く表裏を確認しながら俺の顔を見た後、このまま着席しておいてくださいと言って席を立つとどこかに行ってしまった。

 恐らくさきほど言ったとおりに調べに行ったのだろう。

 言われた通りに登録用紙へ記入する。

 氏名住所など基本的なものや持病など基礎疾患確認、家族に探索者がいるかどうか、などが項目として書かれていた。

 用紙はA4一枚におさまる程度のボリュームしかなく、はっきりいって拍子抜けするくらいにあっさりとした書類だな、と感じた。


「拍子抜け…しましたか?」

「えっ?」

 目の前を見て驚いた。

 いつの間にか席に戻っていた坂西職員がいたからだ。


(この人、いつの間に座っていたんだ……?)


 背筋をピンと張り、先程と同様の営業スマイル。

 いくら俺が書類に意識が逸れていたとはいえ、ちょっと気味が悪かった。


「え、えぇ…探索者として命を賭けるにしてはあっさりしているな、と思っただけです」

「そうですね……確かにそうだと私も思います」


 坂西職員は俺の言葉に頷きながら、スッと一枚のカードを差し出した。


「高梨 良一さん、あなたは問題なく探索者として登録されました」

 おめでとうございます、と営業スマイルで言う坂西職員。

「ですが、あなたが先程言った通り、明日にでも死ぬ可能性のある職業ですから、十分にお気をつけられた方がいいかと思います」

 シンプルな何の変哲も無いカード。

『探索者№〇〇〇〇 高梨 良一』

カードには提出してもいないのに、顔写真まで付いていた。

デザインはほとんど免許証と一緒で、あまりにもあっさりとし過ぎてまだしっくりと来ていない、というのがここまでの俺の本音だった。


「そちらの顔写真は身分証明書と同じ写真が登録されています。これ以降、探索者協会が関与している事柄については全て探索者登録証で身分証明書の代用が可能ですので、くれぐれも紛失されないようにご注意ください」

「探索者協会が関与している事柄、とは具体的にどういった事でしょうか?」

 ちょっと漠然としすぎて分からないんだよな。

「そうですね、例えばあちらの買取窓口での提示、探索者協会が運営している販売店などでの身分証提示、その他ダンジョン入口での検問時などに必要となります」

「店で何か買うときにも必要なんでしょうか?」

「飲食物などであれば不要ですが、武器防具類などを購入される際は必須となります。武器防具類は全てシリアルナンバーで管理されており、購入者も全て管理されている為です」

 言われてみればそりゃそうだな。一般人に危険な武器などを売るわけにはいかんもんね。

 粗方聞きたい事は聞けた。

 ぶっちゃけここから先の分からない事は、くるみに聞けばいいやと思って切り上げたのもあるが。

 坂西職員に礼を言って席を立ちあがる。


「高梨さん」

 念の為に車内で待機してもらっているくるみのところに急いで行こうとして、後ろから声が掛かった。

 見ると、坂西職員が立ち上がって俺の方を見ている。

 まだ手続き終わってなかったってオチ??

「なんでしょうか?まだ何かありました?」

「いえ…探索者は日々命を落とされる方が絶えません。それでも、探索者登録がここまで簡略化されているのは、それだけ人材が枯渇しているからです」

 坂西職員の言葉は、まさにその通りだと思えた。

 俺達はダンジョンの鎮静化という手段を見つけたが、当然その方法は世界でまだ知られていない。

 いつモンスターの氾濫が起きるかを戦々恐々としながら間引くしか現状では打つ手がないのだから。

 その為には探索者というコマを随時投入していくしか方法が無い。

 自転車操業だと言われようとも、それ以外に有効的な手段が無いのだから致し方無いだろう。


「探索者の命は軽い…。これは事実です。それだけ軽く扱われているがゆえの簡素化された登録だとお考えください」

「だからこそ、自分の身は自分で守れという事…ですか?」

「はい、その通りです。最後は自分自身の力のみが信じる糧となる事をよくよくご理解くださいね」

「そうですね…。まぁ俺は臆病なので、いのちだいじに、をモットーに頑張ります」

 それじゃ、と言って背を向けて歩き出す。

 坂西職員が俺の事をずっと見ている視線を背中に感じながら。

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