第14話
「や、やっと帰ってこれた……」
ドタバタ劇からの帰宅。
鍵を開けて部屋に入った時にはそれまで心労からなのかドッと疲れが押し寄せた気がして、つい玄関に座り込んでしまう。
なんだか今日一日で一気に色々な事があり過ぎて疲れた…。
いや、身体は今もレベルアップの影響から細胞レベルで生まれ変わっていくのがわかるので疲労度はほぼ無いのだが、とにかく精神的に疲れた…。
「ほらほら!そんなところで座り込まないで早く入ってください!」
そんな俺を急き立てるように後ろにいたくるみが叱る。
「えー…なんでそんなに元気なんだよ」
「やる事はいっぱいあるんです!掲示板ももっと細かく調べないといけないし、クロちゃんの事も、レベルアップの事もあるんですよ!」
「いや、確かにそうだけどさ……」
「な・の・で!高梨さんもそんなところでへたり込んでいないで、お風呂にでも入ってください!」
邪魔邪魔ァ!とでも言わんばかりに俺を立ち上がらせると、そのままお風呂場に押し込められた。オカンか、って言いそうになったがやめた。言ったら火に油を注ぐのが目に見えたからな。
ちょっとゆっくりしたかったけれど、とりあえず風呂に入るとするか……。
「ふぃぃ……さっぱりしたわー」
風呂上がり、ダンジョンを離脱する際に走った時の汗が落ちてさっぱりした。
居間にはパソコンとしかめっ面で睨めっこしているくるみ。
クロの相手をする余裕も無いのか膝上には乗せておらず、クロはいつものようにテレビを見ていた。
「おかえりなさい。適当にゆっくりしててください」
くるみはこちらを見るでもなく、カタカタとキーボードで何かを打ちながら返事する。
「ちょっと休憩したら?」
「これだけ調べ終えたら休憩しますので」
有無を言わさないくるみの言葉に、小さくため息を吐き、諦めて先にゆっくりさせてもらう事にした。
ダンジョンから出る頃には日が昇り始めていたが、今は完全に朝。
とはいえ今日は休日なので、気にする事無くビールを飲むことにした。
「よし、やっと終わったぁぁ」
くるみが小さく息を吐き、調べものを終えたのは俺が風呂から上がって三十分ほど経過してからだった。
俺はビールを二本とっくに飲み終え、空いた缶をクロに食べさせたり、膝上に乗せて撫でたり、それも飽きると壁に凭れてウトウトしていた。
「んぁ…?くるみちゃん終わったの?」
「はい!ほとんど全てのダンジョン関連主要サイトは確認終えました」
そう言ってくるみがやっと笑顔で俺に言いながら画面を見せてきた。
「なんぞこれは?」
そこには俺とくるみちゃんの様々な数値が書かれていた。
「今日のアナウンスを基にまとめました!それと私たちのレベルです」
■ダンジョンの実…クロちゃんが食べた実(リンゴ?)レベルアップ効果あり?
■ダンジョンの鎮静化…レベル0/鎮静期間二週間
■ダンジョンの制圧化…??
■〇月×日レベルアップ回数…35回(全て実績解放による)
◆高梨 良一
レベル:43
◆山野 くるみ
レベル:39
クロちゃん
レベル:48
「んん!?レベルアップの回数覚えてたの!?」
「はい、走りながらずっと回数を数えてましたから。まず間違いないと思います」
驚くとともにこれは朗報だと思えた。俺はダンジョンから離脱する事で頭がいっぱいだったから回数なんて全く数えていない。35回の内訳は不明だが、回数が分かっただけでも十分な成果だと言える。
「俺達のレベルはどうやって調べたの?」
「クロちゃんに教えてもらいました。どうもクロちゃんには私たちのレベルが分かるみたいです」
なんだと……?
言語理解にさらに鑑定のようなスキルまで持っているという事か…?
え、クロって有能過ぎない?
普通のエコスライムとはもはや別物だとは思っていたけれど、まさかそこまで違うとは考えてもいなかった。
ちなみにレベルの確認は、数字を書いた紙をクロに見せたら差し示してくれたらしい。
ふむ、普通に有能だな。敬意を表してこれからはクロさんと呼ばねばだな。
「しっかし、35レベルアップってこんなに凄い反動があるんだな」
俺の言葉にくるみが頷いた。
今こうして話している間も身体が生まれ変わっていくのがわかる。
下手に動いたら部屋内の物とかを壊してしまいそうでちょっと怖いんだよな。
ダンジョンからの帰り、運転している間も集中しすぎてハンドルがミシミシ言っている時は流石にちょっと焦ったわ。
「そうですね、私もキーボードを壊してしまいそうでちょっと怖かったですもん。……あ、そういえば、改めてスマホ壊しちゃってごめんなさい…」
帰ってからテーブルの上に置きっぱなしにしていたスマホを見て、再度申し訳なさそうにくるみが謝ってくる。
「いやいや、もう気にしなくていいって。本当に大丈夫だから」
「でも、私がもう少し気を付けておけば……」
「確か保険に入ってたはずだから、後で調べてみるよ。それを使えばほとんど負担なく修理してくれるはずだから」
「本当ですか!?……よかったぁ」
俺の言葉に安堵の声を出すくるみ。
いやまぁ、保険なんてウソだけどね?
とはいえ、あのまま落ち込ますのも嫌だし、これからはくるみが俺に変わってスマホで調べものをしたりすることもあるだろうから、その度に謝られても、ね。
という事でここは大人として優しい嘘を吐いてあげる事にする。
ってか、俺が自分で調べれば本当はいい話だからな。情報関連をくるみに頼りっぱなしにしている俺も悪い。なので喧嘩両成敗という事だな。違うか。
「あ、ちなみにこの反動ですけどたぶん二日もすれば落ち着くと思いますよ」
「え、そうなの?」
俺の言葉にくるみが力強く頷いた。その表情からは自信があるのだろう。もしその情報が本当なら有難い事間違いなしだな。というかこの状況のままでは不便極まりない。
「過去に、一度のアタックで上がった最高レベルアップは4という記事があったんですが、その時は二時間ほどで反動が治まったらしいんです。私たちは35なので一概に比較出来ませんけど、たぶんどれだけ長くても二日でなんとかなるかな、とは思ってます」
なるほど、その記事が正しければさほど時間はかからないかもしれない。
まぁ余裕を持って二日と言うあたりがくるみらしいってとこだな。
くるみは言うべきことを言い切ると、風呂に入ると言って席を立った。
俺もくるみの言葉を聞き、とりあえず目先ではあるが危険は無いと理解でき、今もなお目の前で表示し続けているコマンドバーを見ながら眠りへと落ちていくのだった……。
『レベル0ダンジョン鎮静状態解放まで残り 十三日 20:18:32…31…30……』
◆◇◆◇
「ひゃほーい!!」
「ちょっと高梨さん!待ってくださいってば!!」
翌週末、俺達は春道ダンジョンにいた。
春道ダンジョンに入った瞬間に感じた感覚。それは紛れもない鎮静状態で、俺もくるみもすぐに気づいた。
なんというか、ダンジョンが”生きていない”のだ。
ただただ何も無い空間が広がっているだけ、というのが感覚的にわかった。
そこで冒頭に戻る。
「思いっきりダッシュじゃーい!」
「ちょぉっとおぉぉぉ!!!」
俺は思いっきりダッシュしていた。
レベルアップの反動はくるみが予想していた通り、二日もかからずに落ち着いた。
それまでは大変だった、の一言に尽きる。
翌朝の出社に遅れそうになって少しダッシュしたらボルト並みのスピードが出て焦るし、出社したらしたでくるみが言っていたようにキーボードを一瞬で破壊してしまった。
だってまさかエンターキーが戻って来なくなるとは思ってもみなかったんだよ。
くるみも孤児院で喧嘩している子供たちを仲裁する時に危うく怪我させてしまいそうになったと言っていた。
急激なレベルアップも考え物だな。まぁ、二日経って落ち着いたらそれらもなんとかなったが。
何というかこれも感覚的な話になるが、制御が出来るようになった。
これくらい力を込めれば壊れちゃうな、とかがわかるようになったのだ。
まぁ、あのままだったら恐らく日常生活すらまともに送れなるところだったから安心したが。
それでなぜ、俺達が活動停止中の春道ダンジョンに来たか、だが、単純に自分たちの能力を理解しようと考えた為だ。
俺達は急激なレベルアップによって能力が大幅に向上している。
くるみ曰く、レベルだけで言えば中堅冒険者と同じらしい。
だが、それはあくまでもレベルに限った話であって、俺達には実績も経験も足りていない。
ゴブリンやコボルトあたりであれば無双出来るが、今のままで他のダンジョンにアタックするのはあまりにも危険すぎる、という事でまずは自分たちの能力をきちんと把握しようと考えたのだ。
シャトルラン、長距離走、握力、などなど。
結論から言えば、100mを6秒台で走り、なおかつそのまま1キロくらいなら走り続けられた。速度を落としての走法ならフルマラソンくらいは走れそうだったし、握力は握力測定機が壊れたので不明だった。
「俺達ヤバくない?」
素直な俺の意見だった。
「でもこれでも中堅の中では弱い方だと思いますよ」
「探索者ヤバくない?」
「もっと強くならないといけませんね」
くるみがおかっぱ頭を揺らしながら、フンス! と気合を入れているが、俺には急に降って湧いたようなこの力を持て余していた。
大体、クロを拾った事から何の準備も気概も持つ事無くなんとなく探索者紛いの事をしていたわけで、勿論そこにはクロやくるみを守る為、という大前提はあるものの俺自身はモヤモヤしている気持ちがあったのも事実だ。
それらをくるみに打ち明けると、くるみは何てことない表情でこう言った。
「なら、いっその事本当に探索者になっちゃいましょう!」
ふむ。……ふむ?
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