第9話
スタスタスタ。
「ちょ、ちょっと……」
スタスタスタ。
「ねぇ、くるみちゃんってば…」
スタスタスタ。
「……」
スタスタスタ。
俺とくるみは出口に向かって歩いている。位置はくるみが数メートル前方に、俺がその後をついて行っている状態だ。
くるみが泣き止むまでに10分ほどかかった。泣き止んだかと思うと自分の状況に気付くと顔を真っ赤にして俺を放って出口方面に早足で歩き始めた。そして現在の状態に至る。
うーん、でもこのままじゃマズいよな。
両手に短刀とナイフを持って歩きながら最低限の警戒はしているのだろうが、それでも万が一があると危ない。俺が言うのもなんだけど。
「気を付けながら歩かないと危ないよ」
スタスタピタッ。お、やっと止まってくれた。するとくるみはそのままその場でくるりと振り返り、眉間に皺を寄せたまま俺を睨んできた。
「高梨さんにだけは言われたくない」
凍り付くような平坦な声で言われた。ド正論過ぎて何も言えん。おっしゃる通りでございます。とはいえこのまま納得するわけにもいかないのが難しいところ。頭を下げて言い訳するとしよう。
「さっきは本当に悪かった。これからくるみちゃんと二人で、クロもいれて三人で頑張っていかなきゃって色々と考えていたら警戒を怠ってしまった。俺のせいで君まで危険に晒してしまって大変申し訳ない」
どうやら数メートル先にいるくるみはその場で俺の発言を聞いてくれている。頭を下げたままだから表情は見えないが…。
「……その言い方は狡くないですか。そんな言い方されたら何も言えなくなるじゃないですか」
多少の非難めいた棘は感じるものの、先程までより声色が柔らかくなっていた。頭を上げてくるみの顔を見る。ハの字のようになった眉と相変わらずのおかっぱ頭。苦々し気な表情をしながらまだ少し頬は赤い。なかなか器用な顔するね。
「大人なんてみんな狡いもんだよ。まぁでもこれからの事を考えていたのは本当だから許してください。サーセンした!」
「……はぁ。本当に気を付けてくださいよ。もう一度言いますけど死ぬ時はあっさり死ぬんだって教えてくれたのは高梨さんなんですから」
ラジャ!と敬礼の真似をすると、もう一度はぁ…とため息を吐いた後、「…許します」と小さい声で言ってくれた。
「でもさ、くるみちゃん接近するのめちゃくちゃ速かったね」
帰路、周囲を警戒しつつ二人で歩きながら聞いてみる。
「どうなんですかね?もう無我夢中だったのであんまり覚えていませんけど」
「いや、びっくりするくらい速かった。アサシンかと思ったわ」
マジでそれくらいに速かった。もう少し検証が必要だが、今後のダンジョンアタックで活かさない理由は無い。安全度を考えると遠距離武器が最適だが、要相談だな。
「でもさ、あんだけ速く動けるならなんで最初に会った時にあんなにボロボロだったんだ?十分逃げ切れただろ」
降ってわいた疑問だった。ゴブリンはそこそこのスピードがあるとはいっても所詮はゴブリン。コボルトなどはかなり機敏な動きをするが、ゴブリンの走力は人間よりも劣る。ましてやくるみのスピードならまず間違いなく逃げ遅れる事は無いはずだ。
「焦っていた、っていうのが一番の理由かもしれないです。初めてのアタックで、気持ちも凄く急いていて、正面からゴブリンと対峙をした時に、後ろにもう一匹いた事に気付かなかったんです。1体はなんとか倒しましたが、その時にはもうかなり怪我していたので逃げるのがやっとでした」
なるほど、ヘイトを稼いだ時の戦いには疑問符が浮かぶという事か。ならば尚更アサシンのように遊撃が向いているかもしれない。遠距離武器は安全な反面、ヘイトが集中する可能性を否定出来ないからな。
「良いか悪いかは別にしてくるみちゃんの役割がある程度固まってきたかもしれないな…」
「え?そうなんですか?」
俺の言葉にピンと来ていないのだろう、首を傾げている。
「ちょっとばかし実験・検証が必要だけどな。その結果によって…と、前方にゴブリンだ」
二人とも即座に臨戦態勢に入る。
グギャギャ!と汚い声を上げるゴブリンが目に入った。よし、ぶっつけ本番だがやってみるか。
「俺がゴブリンと対峙する!防御のみで攻撃はしないから、くるみちゃんがゴブリンを倒してみてくれ!」
「えっ!私がですか!?」
「あぁそうだ!さっきやったみたいに気配を消してゴブリンの急所を狙うんだ。俺がうまくゴブリンを意識を俺に向けさせておくからくるみちゃんは死角から狙ってみてくれ!」
ゴブリン一匹程度なら防ぎきる事は出来るはず。リーチは俺の方が長いんだから、懐に入られないようにさえ気を付ければなんとでもなる。
意識がくるみちゃんに向かないよう、ゴブリンと真正面から相対する。穂先をゴブリンに向け、少し突き出すような動作を繰り返す。醜悪な顔をしたゴブリンは眼前に突き出された穂先に意識を向けつつ、俺の隙を探すよう少しずつにじり寄ってくる。
ギャギャー!!
膠着状態を破ってゴブリンが雄たけびを上げた。手に持ったナイフを頭上に掲げ突進しながら振り下ろしてきた。槍を持つ手に力を込める。防ぐように横に少し倒し、衝撃に耐えようと踏ん張ったその時、ゴブリンの後方からくるみが飛び出し、全く存在を警戒されていなかったくるみがゴブリンの首に短刀を、背にはナイフを突き刺した。
グゲッ、と呻きながら血を流してゴブリンが倒れる。ゴブリンはピクリとも動かない。やがてゴブリンはダンジョンに吸い込まれるように消え、その場には大量のゴブリンの血と小さな魔石が残った。
「まさか一撃で倒すとは……」
よほど的確に急所を突いたのだろう。ゴブリンがほぼ即死だった事を考えれば、もうこれは才能と言っても過言ではないのでは?
「うまく倒れてくれて良かったです」
手に持った短刀とナイフを数度地面に向けて振り、ゴブリンの血を飛び散らしているくるみ。ポケットからハンカチを取り出し、残った血を綺麗に拭きあげていく。
「傍から見たら完全にサイコパスな状況だな…」
「え?なんか言いました?」
こわいこわい。血を拭きながら笑顔でこっち見ないで。頬に少しだけ付いた返り血がさらに怖さを倍増させてるから。生来の幼い顔立ちとおかっぱ頭がさらに怖さを引き出している。
「よし、やっぱりくるみちゃんはアサシンだな。忍者じゃなくてアサシン、暗殺者だわ」
「なんだか失礼な物言いに聞こえますね……」
短刀をこっちに向けながら言わないで。
「いや、ほんといつの間に後ろに回り込んだんだ?しかも一撃で倒すとは予想もしてなかったよ」
魔石を拾い上げる。最下級魔石だがクロに食べさせよう。
「何というか、わかるんですよね」
「わかる?」
俺の問いにくるみが頷いた。どういう意味だ?
「感覚的なものだから説明しにくいんですけれど、いつ動けばいいのか、どこに動けばいいのか、どのタイミングでどこを狙えばいいのか、とかです」
こわっ。
「こわっ」
おっと思わず声に出してしまったぜ。この子ガチもんの暗殺者じゃねーか。
「んん?高梨さんも暗殺されたいんですか?」
冷たい笑顔で短刀を向けながら聞くな。背筋が凍るから。
「ちなみにさっきのでレベルが上がりました」
「おっ、それは重畳。何か身体に違和感とか不調はないか?」
初アタックで一匹、今日二匹倒したから合計三匹でレベルアップか。
「いえ特には。負傷もしていなかったので全回復したのかどうかも判断が着かないくらいです」
短刀とナイフを鞘に納め、何度か屈伸や伸びをしたが特に変化は感じられないとの事。俺の時が劇的過ぎたのか?
「レベルアップの時の全回復ね!俺もあれが無かったら死んでたわ」
「……ん?どういう事ですか?」
あれ?初アタックの時の様子を言って無かったっけ?
「いや実は俺がダンジョンアタックをした時にな……」
得意げにくるみに初アタック時の様子を説明する。いや、アレはマジで死んだと思った。ってかほとんど死んでたと思う。実際に意識も失っていたしね。
「って感じでさ、気が付いたらボロボロで倒れててさ、もう何が何やらわけわかんなったもんな……って聞いてる?」
喋っている途中でくるみを見ると、口をポカーンと開けながら聞いていたが、やがて下を向いてわなわなと震え始めた。
「くるみちゃん大丈夫?体調不良か?」
「……ですか」
「ん?なに?声が小さくて聞こえなかった」
「バカなんですかって言ったんです!!!」
「うるさっ」
めちゃくちゃ声でかいよ。あんまり大声出すとゴブリン寄ってきちゃうぞ。ちょっとばかりおかっぱ髪の毛が逆立ってません?
「ずっとこの一週間おかしいって思ってたんです!高梨さんがなんでこんなに強いんだろうって!」
「あ、はい」
え?褒められてるの?怒られてるの?
「ほとんど私と変わらないのにどう考えてもおかしいなって!アタック回数も数えるほどなのに強さが異常だって!異常なのは強さじゃなくて頭だったんですか!」
あ、これ褒められてないや。ディスられてるわ。
「え、ひどくない?」
「ひどくない!」
えー、めちゃめちゃキレてるんですけど。目が血走ってるじゃん。やだ暗殺されちゃうっ。
「えーとごめん、キレポイントがわからないんですけど」
「……正気ですか?」
ついに俺の頭がイカれているか疑われ始めたんですが…。
「たぶん俺の頭は正常だと思うけど…」
「………はぁぁぁぁ」
うわ、目に見えそうなレベルの盛大なため息吐かれた。俺また何かやらかしちゃいました?
「そもそもですけど、レベルアップにしては劇的過ぎだと思いませんでした?」
「レベルアップ前と後との違いって事だよね?」
俺の問いに頷く。うんまぁ劇的だったな。
「仕事がめちゃくちゃ楽になったよね。今までなら今日もそうだけど週末にこんなに動けなかったな。平日の疲れでヘトヘトで死んでたから」
「普通、たった1レベル上がっただけでそんなに変わると思いますか?」
それならみんな1レベルだけ上げるでしょう?との事だった。確かにその疑問はずっと持っていた。
「俺もそう思ったけど、危険度の事を考えてしないと思ってた」
「そうです、その考え自体は間違いありません。その危険度との兼ね合いでアタックしないんです。でもそれは1レベルを上げる為の危険度、という意味ではありません」
んん??急に話の意図が見えなくなったぞ。
「今の私もそうですが、人間は1レベル上がっただけではさほど違いは体感出来ません。レベルアップの恩恵はそこまで大きくないからです」
「え、でも俺は凄い感じたけど」
なに?遅れてやってきたチート的なやつなのか?獲得経験値10倍とか。
「先に言っておきますけど高梨さんに特別なスキルはありませんよ」
し、調べてみないとわからないじゃないか!ユニークスキルとかぁ!
「それじゃあ何故俺はここまで体感出来たんだ……?」
結局最後に行き着く疑問はそこになる。ユニークスキルも無い、チートも無い。ではなぜ?
「簡単な話です。高梨さんが上がったレベルが1ではなかったからです」
「……ほぅ?」
絶対わかってないだろコイツ、と言いたげな冷えた視線を頂く。ありがとうございます!
「初アタックの後、何度か春道ダンジョンにアタックしましたよね?二回目以降でを斧を持ったゴブリンは現れましたか?」
……ふむ。二回目以降のアタックで出てくるのはほとんどが木の棒を持ったゴブリンで、時折短剣を持ったゴブリンが出てきたくらいだ。斧を持ったゴブリンは二回目以降のアタックでは全く見ていない。
「現れていないでしょう?それは何故か?答えは簡単です。斧を持ったゴブリンは春道ダンジョンには本来ポップしないからです」
しましたけど?
「ゴブリンの強さは持った武器で厳密に分けられています。木の棒を持ったゴブリンが最も弱く、斧を持ったゴブリンが最も強いからです」
「なんだと……?」
くるみの言葉に思わず言葉を失ってしまう。俺が倒したゴブリンはゴブリンの中で最強だった…?
「しかも6匹いたんですよね?本来最弱ゴブリンだとそこまで群れません。ほとんどが単体か二匹までです。恐らくゴブリンリーダーがいたんでしょう。そうなると本来レベル1が逆立ちをしても倒せる敵ではありません」
驚愕の事実が続く。
「それらを考えると、高梨さんのレベルは2でありません。推測ですが5もしくは6あたりと思います。一般的に人がレベルアップを体感するのもレベル5からと言われており、レベル5まで上げるまでに半数は死ぬと言われています。そこまでレベルを上げる為の危険度を考えてアタックしないのが一番の理由です」
いやもう情報量過多で処理が追い付かない。クソッ、『サルでもわかるハウツー本』をなぜ持ってこなかったんだ。
「たぶん碌でもない事を考えているんでしょうけど、高梨さんの自業自得ですからね」
辛辣ゥ!
「とりあえず家に戻ってから色々と改めて取り調べます。私が思っていた以上に知識が偏っているので怖くなってきました」
さぁ、さっさと行きますよ、と言ってスタスタ歩き出したくるみ。ほんの1時間前まで泣きじゃくっていたとは思えないほど、その小さな背中は頼もしく見えた。お姉ちゃん属性でもあるのかな?
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