第8話

◆◇◆◇


「で、お目当ての武器をどうするか、だけど何か希望はある?」

「うーん。これといって思い浮かびませんが…高梨さんから見て何かおすすめとかありますか?」

「個人的には遠距離の武器にして欲しいかな。前に出ればそれだけ怪我のリスクが上がるからね。弓とか…」

 言いながらちょっと無理があるような気がしてきた。

「弓ですか…触ったこともないです……」

 そう、これだ。俺も言いながら同じ事を思った。機構は単純だからクロでも作れるだろう、ただし今から弓を覚え、習熟させていくとなるといつになったらダンジョンアタック出来るか見当も付かない。これでは遠距離武器全般が厳しいかもしれない。


 二人で色々と調べながら相談したが、結論は出なかった。最終的には一度二人でダンジョンアタックし、くるみには俺の戦い方を見てもらい、それからもう一度相談する事にした。クロにはくるみの護身用としてナイフと短刀を作ってもらった。クロが吐き出す時に思っていたより勢いが強くて、またしても俺の股間にヒヤリハットが発生したのは笑い話ではない。




 俺達は二人で春道ダンジョンに来ていた。横目でくるみをちらっと見る。力強い目でダンジョン入口を見ながら、両手は強くリュックの持ち手を握っている。腰あたりには左右にナイフと短刀。ちなみにくるみのリュックや服など一式は俺が買った。前回のダンジョンアタックで服はボロボロになってしまっていたし、リュックはそもそも失くしてしまっていたからだ。

 学校終わりのくるみと仕事終わりに合流し、1週間かけて少しずつアタックの準備をした。俺が今まで用意してこなかったものもくるみは色々とアドバイスをくれた。かなり入念に調べてくれていたみたいで、どこで調べたの?と聞いたら「探索者協会に行って資料読み漁ってました」との事だった。やはり現場の情報は有益という事なんだなと再認識した俺だった。


 時刻は土曜日午前5時。念のために人気の少ない時間にした。この状況で警察にでも見つかったら間違いなく不審者扱いされるからな。


「怖くはない?」

 俺の問いに少し眼力が下がる。視線はダンジョン入口から外れていないが、やはり前回アタック時の記憶が色濃く残っているのだろう。命からがら逃げてきたのだ。トラウマになっていてもおかしくはない。

「正直に言うと、やっぱり怖いです。もうダメなんじゃないか、ここで死んじゃうんじゃないかって、追いかけられながらずっと考えていましたから」

 そりゃそうだ。あんなに絶望的な状況だったんだ。ましてやこんなに小さな女の子が一人で逃げてきたんだ。よく泣きださずに生にしがみついたもんだと改めて思う。


「…でも、今は少しだけ怖さが薄らいでいると思います。だって、クロちゃんが私に勇気をくれたから」

 そう言いながら微かに震える手で腰にぶら下げている二つの武器を少しだけ撫でる。くるみはクロをとても気に入ってくれたみたいだ。弟が出来たみたいです!なんて言うくるみを見て、そもそもクロの性別はオスなの?と見当違いな事を言って怒られたが。

 クロもくるみを気に入ったみたいで、二人?で色々とコミュニケーションを取っているようだった。

基本的に俺は家に居てもクロに話しかける事はほとんどない。たまに膝上に乗せて撫でたりする事はあるけど、基本的に干渉はしない。その点、くるみはずっとクロに話しかけていて、クロもわかっているのかいないのか、飛んだり跳ねたりしながら意思疎通を図ろうとしているように見えた。ま、楽しそうで何よりですね。


「クロちゃんが応援してくれているから、頑張れって言ってくれていますから。私はきっと乗り越えて頑張らないといけないんです」

 再び強くダンジョン入口を見つめる。もしや思いつめているのでは?と一瞬思ったが、くるみの目は強く輝いており、前に向かって一歩を踏み出そうとする力強い目だった。


 くるみとクロを見ていて気付いた事がある。クロに対するくるみの態度、接し方だ。くるみはクロに対してとても素直に感情を曝け出しているように見えた。その感情は俺にも理解出来ないでもない。

 当然だがクロには打算やしがらみが無い。くるみからすればありのままの自分を何も考えずに曝け出せる唯一の存在なのかもしれない。喜怒哀楽、そして愛情も、だ。

 俺が考える無償の愛情とは、打算の無い愛情だと思っている。全く知らない見ず知らずの他人にだからこそ愛情を注げるんじゃないか?という事だ。ヘレン・ケラーやナイチンゲールだって、他人にこそ愛情を深く注げたんじゃないだろうか。たぶん、愛情ってそういうものなのだと思う。


「今回は俺のアタックを見てもらいながらくるみの武器を決めるのが目的だからね。決して無理はしないように。前にも出ないようにね」

 思いつめないように軽く注意する。まだ15才なのだ。一歩ずつ進めばいい。一足飛びで進んだ道はどこか歪になるものだ。それは俺自身が一番よくわかっている。


「はい、そこは私もよく理解しています。でももし高梨さんが危なかったらその時は助けに入ります」

 いいですね?と聞いてきたので頷いた。


「ま、そのあたりはお互い様って事で。周囲を警戒しつつ安全第一で行こう」

「了解です!」

 真剣な表情で力強く言いながら敬礼をするくるみ。うん、もう手の震えは無くなったみたいだ。さて、俺も頑張ろう。



◆◇◆◇


 アタックは順調そのものだった。ダンジョン構造がいつもよりも入り組んでいて不意打ちが怖かったが、今のところは何ら問題は発生していない。短剣ゴブリンが2匹と木の棒を持ったゴブリンが2匹。サクッと槍で突いて終わりだ。途中、小部屋を見つけたがアタックはやめておいた。中に何匹いるかが入るまでわからないし、どうしても万が一が起こりえる。くるみは大丈夫だと言ったが、断った。何も今日いきなりリスクを背負う必要はない。


「そういえばここまででゴブリンを4匹倒したのにくるみはレベルアップしないな」

 少し開けた場所に出たので、そこで朝食のサンドイッチを食べながら聞いてみた。二人だから経験値が割り振られてるんだろうか。

「今日に限って言えば、たぶん私はレベルアップしないと思いますよ?」

 くるみの言葉に疑問符を浮かべる。今日に限っては?


「ん?どういうこと?今日は何か特別な事でもあるの」

 俺の言葉に首を横に振る。俺を見る目が少し非難気味なのは気のせいか?

「モンスターを倒したら経験値を獲得しますが、その割り振りは戦闘貢献度システムらしいんです。…高梨さん知らないんですか」

「存じていませんね……」

 だってソロだったんだもん!まさか誰かとパーティー組むなんて思ってなかったからさ!

「大方、誰ともパーティーを組まないから必要ない知識として覚えていなかったんでしょうけど、一応探索者関係の情報は全て目を通しておいた方がいいですよ」

 ジト目で言われてしまった。だがこちとら社畜として鍛え上げられているんだ。その程度のジト目じゃ俺は倒せないぜ。

「そうだな。これからゆっくり覚えていく事にするよ」

 営業スマイルを顔に貼り付けて努めて明るい声で言う。必殺ゴリ押しだぜ。

「はぁ……まぁ高梨さんは研修も受けていないでしょうから知識が偏るのは仕方ないのかもしれませんね。その辺りは私が出来る限りサポートするようにします」

「へー、研修とかあるんだ」

「それすらも知らなかったんですね……」

 はい、これは素直にごめんなさい。登録出来ないってわかった時点でそのあたりは捨ててました。

「探索者登録の前に基本的な情報を教えてくれる研修があるんです。そこでダンジョンや探索者についての”いろは”を学ぶんですよ」

「そうなのか…。俺もせっかくサルでもわかるダンジョンハウツー本を読んだのに書いてなかったぞ」

 あれ本当に読んでる人いたんだ…って小声で言われた。え、そんなにぶっ飛んだ内容なの!?

「あの本に書いてあるのはあくまでも本当に基礎中の基礎中の基礎で、あの本だけでは十分な知識は得られませんよ。……そうか、だから高梨さんの荷物もあんなんだったんだ…」

 こら、最後小声で言ってるけどちゃんと聞こえてるぞ。あんなんって言うなあんなんって。私がちゃんとしないと…ってそれも聞こえてますよお嬢さん。俺ってそんなに頼り甲斐無いかね。


「…とはいえ!今日は私はレベルアップはしないと思っておいてください。周囲の警戒などは意識するようにしていますから、多少は私にも経験値が割り振られていると思いますが、直接的には戦闘に関与していませんから微々たるものだと思います」

「なるほどな。そうか、それだとレベルが低い奴を高い奴がキャリーしてもレベルアップはほとんど見込めないって事か」

「はい、そういう事です。勿論高レベルのモンスターを倒した時に一緒にいれば割り振られる経験値の総数は多いでしょうけど、それでもすぐに頭打ちになると思います。同様に瀕死のモンスターをとどめだけ刺してもあまり経験値は入って来ないらしいです。それも直接戦闘に関与していないから、という認識みたいですね」

「自分の手で着実に強くなっていくしかないって事か」

「うまい話は無いって事ですね」

 急がば回れって事だな。



 食事を終え、アタックを再開した。もう少し奥まで行ったら引き返すつもりだ。時折くるみを見ると、俺が戦っている最中に何やら頷いたりとかしていたから自分なりに連携パターンや立ち回りなどを模索しているのかもしれない。

 そんなくるみを見ていると、俺も頑張らなきゃなと思えるから不思議だ。付き合いが深いわけでもないのに、くるみの頑張りを見て奮起している俺。なんだからしくないなぁと思わないでもないが、自然とそう思えてくるから面白い。

 帰ったらもっと色々と調べてみよう。今まではソロだったから不要だと思っていた情報にも目を通さないといけない。何よりも俺の無知が原因でくるみを危険に晒してしまうかもしれないのだ。知りませんでした、で許される話ではない。

 そんな風に考えていた俺は、いつもなら絶対にしないミスをした。そこはちょうど曲がり角になっていて、最も注意すべき点の一つだ。もし万が一鉢合わせにでもなったら中距離武器である槍の方が圧倒的に不利なのは間違いない。


「あぶないっ!」

 後方数メートルをついてきていたくるみから声が飛んできた。ハッ!として前方に意識を向ける。そこには短剣ゴブリンがいて、すでに臨戦態勢を整えて眼前にいる俺に刃を向けているところだった。

 すでに槍のリーチ内に入っていたが、近付かれ過ぎて逆に取り回しが利かない。攻撃は無理だと判断し、槍の柄で応戦しようとしたその瞬間、後方から風が吹き抜けた。

 槍に衝撃はない。見るとゴブリンの首筋をくるみが持った短刀が横滑りをするように流れ、血を流しながらゴブリンが俺の目の前に倒れた。

 一瞬の出来事に呆然としていたが、大量の血しぶきを上げながら倒れていくゴブリンの向こう側に立っていたくるみの憤怒の表情をしているが見えてきて現実に引き戻された。


「何をやっているんですか!今はアタック中ですよ!?注意散漫にも程があります!死にたいんですか!?」

 短刀をその場に投げ捨てたくるみはゴブリンの血で汚れるのも厭わず、俺の胸を何度も叩いた。

「一緒に頑張ろうって、二人でアタックしようって言ったじゃないですか!あともう少し遅れたらどうなっていたと思ってるですか!」

 ……死んじゃったら終わりだって言ったのは高梨さんじゃないですか…と、ぽつりと言うくるみに何も言えなかった。

 力無く何度も俺の胸を叩くくるみ。

「こんなところで死んじゃったら、私これからどうすればいいんですか…。高梨さんに助けてもらって、クロちゃんにも出会えて、一緒に頑張ろうって言ってくれて本当に嬉しかったんです。お兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうなぁ…って。……もう私、一人ぼっちは嫌なんです」

 泣きじゃくるくるみに何も言えなかった。

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