第7話

◆◇◆◇



「とりあえずこのまま話していても平行線だと思うから、ピザ食べない?」

 少女は警戒していたが、空腹には勝てなかったのかはたまた怪我によって落ちた体力を取り戻す為に少しでも栄養を取ろうと考えたのか、俺の言葉に頷いた。

冷めたピザを温めなおして二人して食べる。

 話す事なんて無いし、何より空気感は先程までのやり取りで最悪だから広げる話題なんて皆無。

 そうこうしているうちに全部食べ切ってしまった。

 結構久しぶりに食べたけど美味いな。

「…ごちそうさまでした。ピザなんて久しぶりに食べたのでとても美味しかったです」

 少女はそう言って頭を下げた。視線はピザが入っていたボックスに向けている。食事をしているうちにクールダウンしたのか言葉尻も鋭いものが消えている。

久々に、本当に久々に食べたであろうピザに思うところでもあったのかもしれないな。


「俺も冒険孤児なんだよね、君と同じように」

「えっ」

 俺の言葉に反応して、視線を向けられた。

「就職して金が稼げるようになって初任給で食べたのはピザだった」

 意味がわかっていないのか、小さく頭を傾げている。

「君を助けて少し感傷的になっていたのかもしれないね。俺が最後に両親と食べたものがピザだった。それだけだよ」


 レベルアップで精神的に安定していたはずだけど、思ったより堪えたのかもしれないな。今まで敢えて目に入らないようにしていた、というのもあるかもしれないが。


「そういえば名前すら名乗ってなかった。高梨 良一30代です。独身の社畜サラリーマンです」

「あ、私も助けてもらったのにすみません。山野 くるみ15歳高校1年生です。【探救会】運営のさつき園で生活しています」

「高校1年生!?」

 まじ!?中1くらいだと思ってたわ。おかっぱ頭も相まってランドセルを背負っていてもおかしくない雰囲気すら感じるぞ。

「小さいけどこれでも高校生です!」

「それならせめて髪型だけでもどうにかすればいいのに。おかっぱは無いわおかっぱは」

「これが一番楽だからいいんですっ。どうせ自分でしなきゃいけないからお洒落かどうかなんて言っていられませんし」

 おかっぱ頭で憤慨しても猫が威嚇してるだけにしか見えない。さっきまでの剣幕はそれなりに怖かったのに。



◆◇◆◇

「で、君はこれからどうするの?」

「これから……ですか?」

 くるみの言葉に頷く。

「言っては悪いけど、ゴブリン一匹にあれだけ手こずってたのにまたアタックしたら確実に死ぬよ。絶対に。それでもアタックし続けるの?」

 俺の言葉にくるみは拳をぎゅっと握ったまま黙り込んでしまう。

でも、これは言っておかないといけない事だ。

くるみは赤の他人だし俺がこれ以上どうこうする必要は全く無い。俺の指摘を無視して再アタックした上で死んだところで、俺には何の実害も無い。

 ただそれでも、助けた命が目の前で消えていくのを見るのはあまりいい気はしない。

 

「君が今日の出来事をきちんと理解した上で、それでもアタックすると言うのなら俺は止めない。でも、死んだらそこで終わり。君は両親の優しい思い出を抱きながらたった15年間の人生を終えるんだ。そこはきちんと理解し、噛み砕き、飲み込むべき決意だよ。少なくとも君にはそこまで無いんじゃないの」

 そんな物、たった15年間しか生きていない女の子にあるわけない。あってはならない感情だ。そんな決意を抱いていたところで、誰も幸せになんてならない。


「…それでも、それでも私には他の方法を知りません。まだ私はたった15年間しか生きていない子供で、自立する事も出来なくて…」

 くるみの気持ちは痛いくらいに理解出来た。俺も一緒だったからだ。

「お母さんが病気になって、最先端の治療を受ける為にお父さんは会社員を辞めて探索者になりました。

半年くらいでそれなりに稼げるようになってお母さんにも十分な治療が出来るって皆で喜んでいたんですけど、ある日お父さんがあっけなく死んじゃったんです。

それからしばらくしてお母さんも死んじゃった。

もう泣いて泣いて泣いて、散々泣いたので涙ももう出なくなっちゃいましたけどね」

くるみはそう言いながら力無く笑った。

普通に生活していたら気付かないんだよな、親っていつまでも生きているもんだと思っていたし、死ぬとしても俺の子供を抱いて、それなりに幸福な中で死んでいくもんだと、ぼんやりと思っていた。子供の頃の唐突な死って、受け入れる受け入れないとは別に理解出来ないんだよな。


「そこまでしてダンジョンにアタックする理由って何なの?確かに君の状況は不幸だけど、今すぐ探索者としてダンジョンに命を懸けて挑む必要があるの?」

「パパとママのお墓を作りたいんです」

 くるみは強いまなざしで俺にそう言った。

「墓か…。今は遺骨はどうしてるの?」

「施設で保管しています。でもどうしても何かイタズラされないか怖くて…。遺品も施設に来る時にほとんど整理させられちゃって残ってないんです。遺骨と一緒に保管しているんですけど…」

 冒険孤児を集めた施設は劣悪な環境だ。精神的に安定していない子供たちばかりを集めた施設だし、年齢層も下は乳幼児から上は高校生まで幅広くいる。


 ……ふむ。墓か。ってか墓っていくらぐらいするんだ?

「ちょっと待ってね」

 シリアスな雰囲気を出しているくるみを放ってパソコンに向き合う。

 墓、金額…検索っと。

 んー…、なになに、安いのだと50万ぐらいから、上限は青天井…と。なるほどなるほど。

 なんだかんだで一般的な墓だと200万ぐらいか?

 永代供養とかならもっと安く済むんだろうけど、お墓が良いんだろうな。

 ……これなら乗ってくる可能性がある…?


「俺も細かくは知らなかったけど、やっぱり墓ってそれなりに高いね」

 くるみの方に向きなおす。

「はい、安いものでも50万円くらいするらしいですが、私が住んでいた地域あたりの墓苑だとどうしても150~200万円くらいは見ておかないと難しいです」

 やっぱりそれなりに自分でも調べたのだろう。具体的な金額まで算出しているようだ。そうか、地域墓苑毎の単価も見ないとダメなのか。



 うん、これなら話をしてみる価値はあるかもしれないな。それに話していても口が軽そうには見えないし。

「今から見せる物を内緒にしてくれるなら、墓資金を稼ぐのを手伝うけどどう?」

「…は?」

 はい、は?いただきましたー。この子本当はめちゃくちゃ口悪いんじゃね?



◆◇◆◇


「きゃー!かわいぃ!黒いエコスライム初めて見ました!」

 ずっと押し入れに隠れてもらっていたクロに出てきてもらった。

 不安が全く無いわけではなかったが、まぁこの子なら大丈夫だろうという根拠の無い自信だった。


 クロがぷるぷるしながらくるみの周りを跳ねている。

 かわいい。


「こいつの名前はクロ。俺の家族だよ」

「クロちゃん…高梨さんの大事な家族なんですね」

 はしゃいでいたのが止まったかと思うと、今度は大事そうにクロを撫でながら言った。

 いやごめん、なんか美談っぽくなってるけどクロを家族と形容したのには特に大きな意味はないよ。全然家族がいない事に対する…とかじゃなくて、ペットとして扱うのは運命共同体としてどうかってだけだから。

 そんなにウンウン頷かないで。私ちゃんとわかってますよ感出されても困る。



「へぇ~そんな偶然ってあるんですね」

 クロとの出会いをあらましで説明した。


「あぁ、ほんと起きてクロがいた時はたまげたね。そして前夜の自分を呪ったわ」

「よくよく聞いたら高梨さんの自業自得な部分多いですよね」

「だよな」

 そう言って二人で笑った。

 笑ったくるみの顔は愛嬌のあるコロコロとした笑い方だった。


「そうやって笑っていた方がいいよ」

「え?」

俺の言葉に、きょとんとした表情をするくるみ。

「きっとさ、これからも辛い事がたくさんあるけれど、それでもきっとご両親も笑っていてくれた方が嬉しいんじゃないかな」

 普通に生きているだけでも辛い事がたくさんあるんだ。ましてや君には普通よりももっともっとたくさんの辛い事が降りかかるだろう。それでもやっぱり笑っているべきだと思う。

とても不躾な、楽天的な無責任な言葉だ。当事者からすればそんな簡単なものじゃない。悲しみは時間が解決するとよく言うけれど、それらは結果論でしかない。俺達は今を生きているんだ。幼い頃はきっと欲しがりで、そんな簡単に色々なものを諦める事は出来ない。幸せの形は様々でも、俺達が描いている幸せの形はいつだって一つしかないんだから。

でも、それでも、やっぱり笑っていて欲しいんだよな。

最近は久しくこんな事を思う事は無かった。ブラック企業で働いているうちに忘れてしまっていたのかもしれない。


「さっきはご両親の悪口を言って悪かった。ごめんなさい」

「高梨さん…」

 先ほどの言葉を素直に詫びた。勿論、彼女のご両親に思うところが無いわけではない。どういった状況であれ、理由であれ、子供は一人にさせてはいけないのだ。

 生きてさえいれば、生きていてくれされすれば何か手は打てたのではと、思わずにはいられない。この感情は一体何なのだろうか。憤り、同情、無念…。どれも正しくてどれも違う気がする。あぁ、誰かに寄り添うって、こんなに大変だったんだな……。




◆◇◆◇


「こうやって食べてくれるんですね!」

 プラスチック製のコップを飲み込むクロを見せた。このあたりは紙とプラスチック製の違いだけだけどな。


「そう、そしてこれから話すことがさっき言った事と繋がってくる」

「さっきの…お墓の事ですか?」

「そう、お墓の事。そしてお墓を建てる資金を稼ぐ為の方法だよ」


 これは賭けでもある。くるみが俺が話す事に怖気づいて誰かに話したりしたら全て露見してしまう。そうすると当然クロの事も知られるし、そもそもクロの事を今まで隠していた俺の違反もバレてしまう。

 見つけてから数日ならまだしも、これだけ時間が経ってしまったんだ。今更探索者協会に報告なんて出来ないし、するつもりもない。たった一人?一匹?の家族なんだしね。


「見て分かる通り、クロは特殊なエコスライムだ。俺も色々と調べたけど恐らく新種だろう。本来なら報告義務があるが、俺は報告していないし今後もするつもりもない」

「なんで報告しなかったんですか?」

「なんでと言われると少し困るけど、数日一緒にいるうちに家族みたいになったんだよ。ペットじゃなくて家族って感じにね。そうなるともう報告なんて出来ない。どうせどこかの研究所にでも連れていかれるのが目に見えているしね。」


 訳のわからんところに連れて行かれて研究材料にされるなんてクソ食らえだ。もう俺とクロは立派な家族なんだ。どこにも連れて行かせんよ。それに俺にはくるみなら理解してくれるだろう、という根拠の無い確信があった。


「そんでクロはさっき見たみたいにプラスチックを主に食べる。紙を食べる代わりにプラスチックを食べるんだ。ここまでは紙エコスライムとほとんど変わらない。だけどここからが決定的に違う。クロは食べたプラスチックを変化させて作って欲しいものを作れるんだよ」

「作って欲しい物を作れる、ですか?ちょっとピンと来ないんですが…」

「確かにそうだな。例えば、そこに立てかけてある槍はクロが作ったものだよ」


 そう言って立てかけてあった槍を指差す。

「えっ!あの槍ってクロちゃんが作ったんですか!?」

「そう。ちなみに俺が持ってる槍は全部クロ謹製だよ」

「そうなんだ…。てっきり高梨さんって凄腕の冒険者だと思ってました」

「俺はまだダンジョンに数回しか潜った事のない冒険者登録すらしていないド素人だよ」


 くるみの言葉に苦笑いしながら言った。改めて言葉にしたらかなりヘンな状況だ。

「第一、凄腕だったら春道ダンジョンなんかにアタックしてないでしょ」

「それはそうですけど…」

「探索者登録は本当にしてないよ。だって武器防具の詮索をされたら困るでしょ。実は家にいる新種のエコスライムが作ってくれましたなんて言ったら一発アウトだよ」

「確かに…。なんだか聞けば聞くほど高梨さんの状況ってヘンですよね」

 はい、俺が一番そう思ってます。



「さぁ、いい加減本題に入らないとね」

「資金稼ぎの件ですね」

 目の輝きが今までと違って見えた。やはり悲願だった両親の墓を建てる道筋が少しでも見えたからだろうか。出会ってまだ半日しか経ってない俺にそこまで信用するのは少し心配するが。


「君の使う武器はクロが作ってくれる。そしてその武器を使って俺と一緒にダンジョンアタックして欲しいんだ。勿論、武器がダメになったりしたらクロが新しい武器を用意してくれる。ドロップ品の売却金額は半々にしよう。あ、ただし魔石は優先的に俺に回して欲しい。クロに食べさせるからね」

「私もソロでのアタックは怖かったので一緒にアタック出来るのは有難いですが、話を聞くとほとんど高梨さんにメリットが無いように聞こえるんですけど…」

 くるみの言葉に首を横に振った。

「そんな事はないよ。俺は現状、探索者登録していないからドロップ品の売却ルートが無い。今までのドロップ品は全て死蔵していたからね」

「その死蔵品に救われた私には頷きにくいですけど」

 確かにそうかもしれないな。でもそもそもクロがいなかったらダンジョンなんてアタックしなかったし、くるみと出会う事も助ける事も無かっただろう。くるみだけが幸運を享受したってわけではない。

「ま、その辺は不幸中の幸いって思おう」

「高梨さんがそう言うのはちょっと違う気がしますけど」

 細かい事は気にすんな。


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