第3話
鬼灯は道へ入った瞬間から違和感を感じていた。
温度が変わった。先程まで常温だったのに急に冷えてきたのだ。
「……冷却の魔法?」
フラスコを地面に叩きつつけつぶやく。
『巡れ巡れ…』と。
これは鬼灯が考え出した鬼灯独自の魔法。
触媒に自分の意識の一部を染み込ませ近場一帯を探索する魔法である。
巡れとは鬼灯の探索限界範囲内が円状でその中を魔力が周ることによって情報を得るという魔法上の特質からきたものである。
探索結果はすぐに出た。なぜなら、初めに行なったものとは違い探索範囲を狭めたのだ。
しかし、その所為か目立った異変は見つからなかった。
鬼灯は再びフラスコをポシェットから取り出した。
このポシェットの中は空間が圧縮されており2m四方の箱ほどの大きさなのだ。
取り出す際は取り出したいものを思い浮かべるだけの非常に便利なものだ。
フラスコを道の先に投げつける。
『燃えろっ』
投げたフラスコから火が溢れた。道が明るくなり随分先まで視界が開けた。
「??」
そこであることに気づいた。
人だ。人が道の先にいるのだ。距離にして50mほど。
一瞬、あれが赤の魔法使いかと疑ったが違うことに気づいた。
氷だ。異常な量の氷が人の周りを囲んでいたからだ。
人がふと、右手を上げて叫んだ
『踊れっ凍龍っ!!』
人の周りにある大量の氷が震えた。
「……りゅ、龍」
大量の氷から現れたのは氷のドラゴンヘッド。
中国に伝わる龍の形に似た胴長で凶悪なオーラを感じる。
大きさは全長20mほど。氷で出来た体は氷のウロコに覆われている。
ただでさえひんやりとした空気がさらにひんやりとした。
「氷の龍……」
龍はその長い体をしならせて鬼灯の方へ特攻してくる。
地面に霜が迸った。それが龍の体が非常に冷たいことを強調した。
『爆ぜろっ!』
フラスコを投げその一言。
氷の龍は爆発などものともせず一気に50mの距離を縮めた。
『大地よ、防げっ!』
鬼灯のフラスコが地面に叩きつけられ地面が盛り上がり壁となる。
厚さ50cmで10m四方の壁は氷の龍の突進が当たるとズシンっと音を立てて崩れた。
防御力が足りないのだ。最初からその結果がわかっていたのか鬼灯はポシェットから2本のフラスコを取り出していた。
1本は赤の液体、もう1本は青い液体がそれぞれ詰まったフラスコ。
鬼灯はその2本を同時に地面に叩きつけた。
『2つの混沌の力よ……今、混ざり合いさらなる混沌と化せ。増強≪バースト≫っ!』
魔力が一気に溢れ2つの液体で魔法陣が描かれる。
『……凍龍よ。絞めろ』
氷の龍が鬼灯の周りをぐるぐると回り始める。崩れた石の壁は塵になって消え氷の龍を妨げるものはいない。
鬼灯は果物ナイフを取り出すと自分の指を軽く切った。
『我が血を以て破壊せしめんっ!!』
数滴の血が魔法陣の中に取り込まれ異様な色に発光する。
魔法陣から新たな魔法陣が生まれ血が巨大化し急に破裂した。
『爆ぜろっ!』
その言葉と同時に氷の龍が鬼灯を攻撃。
360度から巻き付く逃げ道などない攻撃だ。
硬い氷のウロコにはさまれ鬼灯は絶命した……ように思えたが鬼灯は生きていた。
「な、なるほど。そのウロコに当たれば凍ってしまうのか」
心なしか鬼灯の体の一部は凍りかけていた。
「でも……『溶けろ』」
鬼灯の体を凍らせかけていた氷は言葉とともに消え失せ鬼灯は気丈に氷の龍を見上げた。
氷の龍はグルルルという唸る感じで鬼灯を威嚇している。
『……殺せ』
龍の主が非情な言葉を告げると龍はウロコを震わせた。
氷のウロコは常に付近を凍らせ続けるウロコ。
霜が降りていたのはその能力の副産物だろう。
震えるウロコはいきなり弾け飛んだ。
目標は鬼灯。さほど速い速度ではなかったがウロコに当たれば凍る。
『弾けろっ!』
突然、空気が弾けた。いや、正確には空気ではなくウロコが。
もっと正確に言えば空気中に散布された鬼灯の血が。
ウロコから鬼灯を守るように弾けたのだ。氷のウロコが粉々に飛散し消滅する。
氷の龍は再びウロコを飛ばす。しかし、それもまた鬼灯の周りで弾けた。
「なにっ……!!」
氷の龍の主はそう驚愕した。氷のウロコが簡単に弾かれるとは思わなかったのだろう。
「くっ……」
氷の龍が大きく息を吸った……ように見えた。
生きるために酸素を必要としない氷の龍はまるで息を吸うような動作を行なったのだ。
『吐けっ!!』
吸った息を勢いよく吐くように氷の龍の口から冷たい冷気が吹雪のように飛び出た。
冷気のブレスとでも言うのだろうか、吹雪は間違いなく鬼灯を狙っていた。
『燃えろっ!』
鬼灯の言葉。言葉を聞いた魔力が反応し魔法が発動する。
瞬間的に炎の壁ができあがり吹雪を遮った。
『大地よ、突け』
そして、さらに氷の龍に対して攻撃を仕掛けた。
土が盛り上がり土の槍が地面から氷の龍の腹を突いた。
とても硬いはずのウロコはいとも簡単に突き抜け土の槍が氷の龍を貫いた。
それとともに冷気のブレスは勢いをなくした。役目をなくした炎の壁もそのまま消失した。
「な……我が凍龍が一撃で!?」
僅かに後ずさり本能的に鬼灯から離れようとする。
「な、なぁ、聞きたいことがあるんだけど……」
「!!」
突如、氷の龍の主の後方から声が響いた。
鬼灯だ。今の今まで鬼灯は40mほど先にいたはずだ。
「しゅ、瞬間移動だとっ!!」
後方に飛び距離を取って氷の龍の主は魔具を取り出した。
ナイフだ。魔法をナイフに込めたもの。魔剣とは異なり魔力は武器には宿っていない。
『爆ぜよっ!』
「ひっ……」
ナイフを持っていた手が小さな爆発を受けナイフを飛ばした。
カランカランと金属特有の音を立てて転がるナイフを鬼灯はひょいっと拾った。
「……お、お前は赤の魔法使いの仲間か?」
鬼灯の質問に氷の龍の主はこくこくと頷いた。
「な、なるほど……ありがとう」
そう言い終わるとゆっくりとナイフを逆手に持って魔法を発動。
『ち、縮めっ!』
その瞬間、氷の龍の主は空間が縮んだ……ように感じた。
瞬間的に鬼灯が氷の龍の主の目の前へ移動したのだ。
「あ、が……」
ナイフを閃かせ首を掻っ切った。
溢れるような返り血。氷の龍の主は絶命した。
人は殺したことはある。
今よりも前に殺したことはあった。
でも、いざまたするとなると震えが止まらなかった。
いまだに震える手を無理やり押さえつけ鬼灯は思考にふけた。
弱かった。思ったよりも弱かった。
しかし、鬼灯には気になることがあった。何か、何か大事なことを見落としているような。
そんな気がした。
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