#33:


 いきなりの掛けられたしゃがれ声に、泡食ったというか面食らったと言いますか。


「……」


 しかしてそのような「意識」の揺れ動きといいますのも、最早心地よかったりでありまして。割とフラットな感じでひょいと声のした方に視線をやる私だったりするのですが。


「……ここで出待ちしてりゃあ、サシで会えるんじゃねえかとは思ってたぜ。『6分の5』くらいの確率でよぉ」


 かなり余裕を持った作りの空間の向かって左手側、2台並びましたるエレベーター扉の反対側に、その主たる男はおりましたのですぞ。既に外の真っ暗闇を切り取ったる窓を背に、力の抜けた、それでいて隙の無さそうな不思議な姿勢にて。ぬぬぬ、この御方はあれですな、先ほどまで対局にて勝ち進んでおられた、「アオナギ」という輩と見受けられますぞ。


「おっとぉ~、何もしない方がいいと忠告しておくぜぇ、兄弟。『意識』を奪われたくなかったらなぁ」


 粘つくような声が、部下を呼び出そうとポケットの端末に指を伸ばしかけていた私の動作を制するのですぞ……と同時に背後より、私の肉付きの良いうなじに、無粋無骨な冷たい円柱形、いや円筒形の如き物体が押し付けられるのですが。


 ここここれは古今東西慣れ親しまれておる(親しみは沸きませぬが)降伏挙手ホールドアップの様式を強要されているのではござらぬではないでしょうか……一気にままならなくなりましたる思考を乱暴に揺さぶるように、その銃口と思われるものは私の聡明なる脳を内部に浮かす頭蓋をごりごりと凌辱していくように捻じり込まれてくるのですな。


 それが本物の拳銃か否かは、この場ではさしたる問題では無さそうに思えまする。それよりも「アオナギ以外にもうひとりお仲間がいる」という状況……厄介厄介きわまるっ、ですな……


 私はひとまず従順な態度にて、両掌をアオナギ氏に向けつつ胸の辺りまで挙げまするが。


「……」


 なぜ、たる思いは尽きませんのですな。なぜ私を。


「ことここに来てのその困惑ヅラ……やれやれよっぽどだな、やはりよぉ」


 私のポカン顔と相対して、そのようにのたまうアオナギ氏でござるが、確かこの御仁には千二千は軽く稼がせてやったと記憶してますぞ。感謝されることはあろうと恨みを買う謂われは皆無、ということは……更なるカネを強奪しに、主催者たる私を拉致しに来たと考えるが普通ですな……部下どもは一体何をしているというのでしょうか。


 と、


「あ、そういう事でもねえんだよなぁ……カネ云々はまあどうでもいいっつうか。いやまあくれるんなら貰うは貰うけどよ」


 アオナギが私の思考に被せるようにして、そのような言葉をひしゃげた口から吐いてきたのですな……ん? 私いま声に出しておりましたかな? 無意識に独り言を放つのが習い性となっておりますが、もしやこんな不穏なる場面にても?


「いやいや、自分がやったことのそのままだぜ? そいつをちょいといじくらせてもらってるってわけだ。当然お前さんも『そいつ』を付けているって踏んでだが」


 ぬぬぬぬわんですぅ? まさか……そんな。慌ててさりげなく自分の首元を左手指先で探ろうとしようとしますも、またもごりと硬い筒先で牽制されますぞな……


「……」


 かかか体の震えが止まりませんぞっ、それに「いじくらせてもらってる」? うう後ろの輩とは別に、侵入を許している者がいるとでもいうのですかぁッ!?


「ああ、まあそういうこったな」


 私の思考に絶妙な合いの手を入れて来るアオナギ氏。んんんん心を読むなあッ!!


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