#32:


 よし。ここまで何とか出来ましたぞ。


 思ったよりも楽にいけましたなぁ。さすがAI様さま。私がやる事と言ったら、細かい調整くらいでしたぞ。いやいやいい感じ。 


 目の前のスクリーンに映るのは決勝まで勝ち残った運の良き方々。うんうん流石「運」。この上なくショボい面子が揃ったものですなあ……


 しかして、もうサンプルは整いましたからねぇ、ここから先はもう消化試合。誰がどう勝とうと負けようと。


 ……さしたる興味はありませんのです。


 凝り固まった背中を伸ばすと、自分の結構な体重を受けて、結構高価なゲーミングチェアがギコ、みたいな軋み音を上げますが。


 はてさて。


 「実験」は概ねうまくいったと、そう思いますな。「意識」の「移行」は、三者の間を揺蕩い流れ……行き着いた先は分かりかねますが、確かに流れました。


 それが観測できただけでも、今宵の「これ」を催したかいがありますなぁ、本当に。


 意識は脳の間を揺蕩う。そう、唯一にして不変不動のものでは無かったのです。だから今、確かに認識している「自分」も絶対の自我ではないと。


 そのことが実感できた。こんなに喜ばしいことはありません。何十年とこの冴えない「自我」と付き合ってきましたが、なぜ私が「私」の視点で固定されていたのか分からずにずっともやもやしていましたが。


 ……ちょっとした条件が揃えば、いとも容易く「移行」が為せるじゃあないか。


 ククク……これでもう。


 これでもう私は孤独ではありませんぞぉ。


 おっと、もう決勝は終わりですか。いやいや悦に入っていると時間が経つのが早い。それでは最後くらいは下に降りて優勝者を祝福でもして差し上げますかね。


 私はもうひとりでは無い。独りではないのですからなぁ、174名の「同志」を得た気分……フフフ108人の仲間を集めるよりも簡単な作業でしたぞ!!


 運もカネも、これに勝ることは無い……控え目に申し上げて「全能感」ですなあ……うふふふふふふ。


 暖色の光で控えめに照らされたエレベーターホールまで、重い身体を何とか運びまする。しかして心は軽い軽い。大金を得た者、借金を背負わされた者、その選別をもしてやったという、「采配感」が何と言うか、快い。清々しい風がいま、私の胸に吹き付けてくるようですなあ……


「おう、兄弟」


 その時だったのですな。しわがれた声が私の背後から。


「……!!」


 何者っ?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る