賽ノ三十:覆水は/堅牢に
と息巻いてみてはみたものの。
そもそもやれることが端から無いわ、この局面まで落とし込まれてしまうとさらに「交渉」とかの余地も無くなって来ているようでだわ、
……思った以上に要らん方向に煮詰まってはきているわけで。
「……」
対局者は俺含め6人まで絞られている。そして全員が相当の大金……いちばん少ないのでも1900万、俺の次戦の対局者に至っては3900万円がとこ得ているわけだ。「負ければ最大1000万円の負債」といっても、得られる多寡が変わるだけで大金を掴んで帰れるわけだ。
……本当にそう出来るかは極めて怪しいが。
とは言え、一応今のところは現ナマの束を各々に握らされている。そして残念ながら札束の魔力とかいうやつで、まあ見せかけの信憑性ってのはこの「場」ではいちばん有無を言わせねえレベルで他を圧倒してやがる。
つまりは、カネを使っての交渉事ってのがやりづらくなっている現状。持ちかけるのであれば超初期か、一、二戦したあとの「持たざる勝者」が存在していた瞬間を狙うしかなかった。か? まあその時点で何を吹っ掛けるか、それすら把握できていなかったのだから、全ては机上ではあるものの。
かくいう俺も、次で負けたとしても2200万を懐に入れてのうのうと何のしがらみも無く帰れるんじゃあねえか、とか、度し難いことを考えてはいた。その保証はどこにも何にも無いにも関わらず。
そしてそれよりも相棒とレノマン氏だ。ふたりは今どうしている? 担架で運ばれていったが何処へ? そして治療を受ければ助かる類いの
今、俺がやるべきことは、違う気がしてきた。俺が今ここでやるべきことは、
ふたりから託されたかのような、奇妙な使命感みたいなのも、胸の奥底にちりちりと燻っている気もする。相棒の「昏倒」……それは何故起こった? そしてレノマン氏に敗北した時は……目が覚めなかった? 意識が戻らなかった?
そのレノマン氏と俺との対局の時、対局のあと、俺は……「俺」は何を感じた? 考えた? ……「意識」した?
どうとも、どうとも。どうとも分からねえ。
「……」
ただひとつ、思うことは。相棒とレノマン氏を誘って、この後一杯飲みにでも行きてえな、ってことだけだ。
肚は決まった。一度は潜らなきゃならなさそうな火の輪を。
「……」
潜り抜ける、どんな方法であれ。
一回鼻から肺奥くらいまで吸気を落とし込むと、丹田付近に力を入れてみる。慢性的に不摂生な身体は急な筋収縮に驚き、横隔膜が攣りそうになっちまうが。
やってやる。
俺は遂に3台まで減らされた「ボウル」のひとつ、自分の番号の記された中央のひとつに歩み寄っていく。その前には既に次の対局相手、「チギラクサ」って書いてあったか。ふと目をやると、何とも景気の悪そうな青白い顔にほつれ毛が簾のようにかかっている、うすらでかい幸薄そうな女の姿が視界に入る。その骨ばった身体にフィットしている灰色のパンツスーツは落ち着いた光沢を帯びていて、ひと目、仕事は出来そう、でも融通は利かなさそう、との勝手なイメージを俺の脳内に湧かせてくるが。
まあ相手は誰であろうと、もう関係はねえんだ。
はじめてくださいねーとの間抜けた主催者の
【544422】……【5】の裏は【2】と、そこだけは普通の
「……!!」
対局相手に【5】の面をはっきりと翳して拝ませてやってから、その面を下に、ボウルへと連なるアクリルの
狙った目が出せねえわけじゃあ無かった。あまりに露骨すぎて運営側に止められるだろ、みたいな、思考のバイアスがあっただけに過ぎねえと俺は踏んだ。案の定、側で直立不動で待機している黒服たちは無言の
主催者は「人間の運やら思考やらが絡み合ったら?」とかのたまってたよなあ……それってのはこのイカサマじみた「出目の操作」、それも含まれるんじゃねえか?
さて、つつっと滑ってボウル本体へと出て行った俺の賽の目は最弱の【2】。存分に、来てくれや。
ここまではまだ前の前段階に過ぎねえんだからよぉ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます