Dice-19:余韻は/密やかに


「よう、気分はどうでえ相棒」


 解せなさが全身の毛穴から吹き出たり、またそれが別の毛穴から入り込んだりするというような何とも筆舌ならざらん空気を纏って真顔で帰ってきたろう僕に、ひとり掛けソファの肘掛部に尻を乗せていたアオナギは、そんな、初対面の時から変わらない気抜けた感じで声掛けしてきてくれるのだが。


 ……まあ何と言うか、そのことが初っ端からの「変わってない」感をこちらに向けて漂わせてくれているようで、少し「現実味」みたいなものを呼吸と共に飲み下していけるような、シャバという地面に何とか片脚立ちの爪先立ちみたいな不安定な格好で立たせてくれるかのような、そんな奇妙な居心地の良さを与えてくれるように感じている。


 それにしても、頭上のシャンデリアからの光が、やけに眩しく感じられるようになってきた。光量は変わっていないだろうはずなのに。外に面したガラスの向こうは、既に黒色が支配するようになっているのに。視点も何も、定まらない。


 勝利。またも。そして、昏倒。またも。喉の奥が何か引き攣れているようで、掠れる声で、何とか呟くと共に、


「……よく分からないんですよ。『気分』……なのか『意識』……なのかも分からんのですが」


 力無くソファの辺りに今の対局で得た札束と渡されたエコバッグを力無く投げ出すように放り投げる。これまた僕にとって現実感の無い紙束が、座面のクッション性がよかったのだろうか、その表面でぽんぽんと二度跳ねる。それまた現実感の無さげな挙動で。


 何とも現実感の欠片もないことをのたまってしまった僕だが、幸いなのか何なのか、脳にも身体にもこれといった異状は見受けられない。そのことにほっとする反面、じゃあ何でなんという思いにも囚われつつある自分も確かにあるわけで、要はどうしようもないほどに静かに混乱・惑乱していた。


「……」


 まあもう行き着くところまで行くしかないだろうことは分かっていた。期せずして「400万円」という大金を手にした僕だったわけだが、そのことについてはあまり感想だとか興味だとかは抱かなかった。抱けなかったと言った方がいいかもだが。とにかく得体の知れないこの諸々のことから、半歩でもいいから遠ざかりたい、そんな気持ちだった。


「……こいつが本当に持って帰れる『報酬』であるのなら……何かふたりで店でも始めてみるっつうのもありか? 的なことも思えたりするぜぇ」


 一方のアオナギはずっと凪いだ感じの雰囲気と口調で、無造作に札束を雑にお手玉しながらそう言ってくるが。800万+800万。この小一時間ばかりで稼いだにしては、破格も破格だ。そして実際に店舗をやれそうな、手付金くらいにはなりそうな……


 いやいや、現実味の無さを無理やり打ち消そうとしても駄目だ。


 「第三局」。僕は勝ち続けることが出来るのだろうか。例のあの「昏倒」がもたらすものは何なんだろうか。全てがはっきりしないまま、場だけが当然のように進んでいく。


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