Dice-03:報酬は/非現実的に
どうやら、ここにいる「174人」の人間は、無作為に「集められた」、と。そしてサイコロをどうこうするという「ゲーム」をさせられると。
拒否権はおそらく無いだろう。それはホールの向かって左手側、前・中・後方にひとつずつ計三つある、豪奢で重そうな灰色の扉の前側のものがこちらに向けて開かれてきて、そこから黒いスーツ姿でご丁寧にサングラスまで嵌めた数人の男たちが何か背の低いキャスター付きのテーブルのようなものを押して来たことでうっすらと把握できた。
こいつらはあの主催者側の人間であろうことはおそらく確定。ガタイが異常にいいヤツとか、細身だがそこから立ち上る雰囲気が素人とは思えないヤツとかが、素知らぬ無表情でその実、黒いレンズの下で視線をあちらこちらに飛ばしているだろうことが感覚で分かった。進行・監視・抑制・あとは……まあ荒事、というわけか。
が、声未満のどよめきがホール床を舐めるようにして響いて来たのは、その「黒服」自身の登場というわけではなく、運んで来たモノによるものだったわけで。
<……とは言え、流石の人間サマも、ノーリスクorノーリターンではその本質やら真髄やらが引き出せないことは百も承知です……ゆえに『ルール』を!! お伝えしたいとおもいますが構いませんね……?>
小太りの丸眼鏡面が、先ほどまでの緊張を吹き消したかのような調子でそうのたまってくるが。提示されたテーブルの上には、正に敷き詰めるような感じでぴったりきっちりと、「札束」が並べられていたわけで。言うまでも無く本物……だろう。普段そこまで見慣れているというわけでもないので目測この上無いが、その高さは分厚い。30cmくらいはあるだろうか。それが縦横5×6……か、「100万円の厚さは約1cm」みたいな豆知識じみたことが頭をよぎる。てことは全部で9億……? いやいや非現実過ぎて、ぴんとも来ないが。
それを見て楽観的に興奮している輩もいたにはいたが、やはり場に流れるのは拭いようもない不穏感。カネが絡むっていうのは、概ね穏便には物事が済まないって事を、みなさんよく分かってらっしゃる。と、
<『一対局に勝てば最大1000万円』のお金を……勝者にはお支払いします>
主催者のタメにタメた声が響き渡る……破格も破格すぎて
<それでもって『敗者は最大1000万円の負債』を!! 抱えてもらうということに相成るわけですね……>
やはり。リターンの裏にはやはりリスクが潜んでいた。ここに来てようやく一律の困惑によるどよめきに場が支配されていく。
「……!!」
その後は当然、抗議の怒声がまるでお約束のように発せられていくものの、
<拒否すれば、その方の『意識』を奪わせていただきますので、あしからず>
有無を言わせぬ物言いは、もはや初期の頃の面影は微塵もなく、ただただこちらを実験動物でも見るような視線を、その瓶底のような眼鏡の下からねめつけるように放ってくるだけであって。
ふと、何となくの違和感を感じた僕は、無意識にその元である首の左側を右手の指先で触ったものの、何か固めの小さな立方体が、絆創膏みたいなもので引っ付けられていることしか分からなかった。しかし、分からなかったことが、恐怖を否応増していくかのようであり。
徐々に荒くなってきていた呼吸に気付き、意識的に深く長くを繰り返す。落ち着け。こういう時は何を置いても「平常心」だ。
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