第9話 決別

 一学期が終わり、夏休みに入る頃。俺は、病院にいる母親まで見舞いに行く。


 母親の病状は、抗がん剤を投与しても進行しているそうだ。


 そして、医者からはもう長くないとまで言われた。そんな中、母親を元気づけようと、いろんな花を買った。


 ただ、俺にしてやれるのはそれくらいのことしかできない……。



 小さい頃の時を振り返ると、俺の両親は、俺と大きな一軒家に住み、とても不自由なく豊かな生活を送っていた。


 その当時の俺の父親は、とある上場している企業の下請けで子会社の食品メーカーの社長をして、母親は社員として働いた。


 俺は、何の問題なく普通に学校に通って、勉強して、友達が来れば一緒に遊びに行ったり、近所でいたずらもしたこともあった。


 しかし、中学二年生までは良かったものの、ある日を境に食品メーカーの親会社がいろいろな不祥事を起こし、世間的に大騒ぎとなり、その企業の株価は一気に下落し、わずか一年足らずで上場を廃止した。


 そのこともあってか、販売先から注文がなくなり、売上、業績、財務が悪化し、会社は多額の借金を背負った。


 だが、その借金を会社の資産では返しきれずに、父親個人に降りかかってしまう。さらに、個人に降りかかった借金の額が大きすぎたため、家が破産してしまった。


 そこで、父親は母親に負担がかからないようにするため、離婚に至ったのである。




 そして、病院についた俺は、母親のいる病室に入った。



「体の方は大丈夫か?」



 ちょうど、ベットで窓の景色を眺めていたようだ。



「ごめんね、わざわざこんなところまで来てもらって」


「それよりも、花を買ってきたからさ、これでとりあえず病室の中にいても飽きないだろ」


「ええ、そうね。それと瀧の持ってきたお花とってもきれいね」



 どうやら花を見て嬉しそうだ。だが、どことなく弱々しい感じがする。



「ちゃんとご飯は食べれているのか?」


「全然大丈夫よ。それよりも体は無理してないかしら?」


「そこは安心しても大丈夫だ。ちゃんとめりはりつけてる」


「そう」



 母親からこぼれる笑みは、世界一優しく、ものすごく繊細だが、それは心配させないための虚勢であること。昔でもそうだったように……。


 しばらく、俺は母親との思い出や学校の話、他にもいろんな話をした。


 そんな中、母親と話しているうちに気づいたらあっという間に夕方となった。



「少し話すの長くなって悪いな」


「ううん、とっても楽しかったわ」


「また俺を呼びたくなったらいつでも言ってくれ」


「ええ、そうするわ」



 長いこと病室にいた俺は、自宅に帰ることにした。



 ——その翌朝、病院から電話がかかって、俺の母親は俺との会話を最後に他界した。



 そして、俺は父親と葬式を上げて、母親との別れを告げた。





 その後、告別式が終わり、父親と少し話をする。



「瀧には、いっぱい苦労をかけてすまんな」



 父親は、致し方ない気持ちでいっぱいだ。



「それは、俺も苦労をかけているからお互い様だ」



 状況がそうなってしまった以上、仕方ないことであるとそう受け入れる。





 長らくして、落ち着いた後は、母親のお墓参りをする。ちょうどそのころ、花もここに訪れてきた。



「あら、珍しいわね、あんたがここに来るなんて」


「まぁ、墓参り事態行くことないからな」



 俺から母親の墓場までだと自転車で20分のところにある。



「それで、なんでここにいるわけ?」


「実は、お母さんの墓参りで用事があってな」



 水の入ったひしゃくを墓石にかけて、断食を済ませる。



「それは、いつからなの?」


「今日が初めてでな」 



 最低限、夏休みの間にアルバイトで貯めたお金を使って、父親と一緒にお墓を建てて、ちゃんと供養できる状態にした。



「そう……大変だったのね」


「ああ……」



 俺は、花と一緒に母親の墓石の前で手を合わせる。



「ちなみに、花もここに用事があって来たのか?」


「ええ、今年はおばあちゃんの七回忌でここに来てるわ」


「そうなんだな」



 そして、この後、お墓で用事を済ませてから外に出ると



「で、この後どうするの?」


「俺はこのまま帰るが」



 今日は帰ったら、普通に体を休めるつもりだ。



「どこか寄り道はしないの?」


「そんな予定立ててないけど」



 それを聞いた彼女は、どこかもどかしい感じがして、彼を誘うことに踏み切った……。



「もし……よかったら、うち来る?」



 それに対して彼は



「急にどうしたんだ?頭でもぶったのか?」



 彼の返答から、彼女のご厚意は一瞬にして踏みにじられた。



「もういいわよ、帰る!」


「おい…!」



 結局俺は、彼女の怒りを買ったためか、しばらく口を聞いてくれなかった。




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