第4話 ちょっとしたデート日和

 学校と仕事の両方の休日を獲得した俺は、昼過ぎに街中でふらふらと歩いていた。


 俺が住んでいる場所は、高層ビルがそびえたつ都会で、家はそこから少し離れた場所にある。


 やはり都会というのは、人けが多く、気分転換しようにも場所が悪い。どこか、静かな場所で過ごしたいものだ。


 普段は学校や仕事がないときは極力、家にいることが多い。っていうのも母親の面倒を見るためである。けど、母親はどんどん体調を悪くして、今病院で引き留めてもらっている最中で、家では完全に孤立している。


 そのことについて父親からは一切連絡がつかないままでいる。



 まぁ事情はどうあれ、とりあえず俺は、どこか座れる場所を見つけて、買ってきたアイスクリームを頬張る予定だ。


 せっかくの休日だし満喫しないとその分損だ。とそう思いたいのだが、心が安らげる余裕すらなくなっていると感じる。


 ちょうど、ベンチの座れる場所が見つかったので、そこに腰を下ろすことにした。


 そして、ベンチのもたれかかるところまでがっつり座り、視線を下に向けて、このまま、ずっとベンチに座り込む形となった。



 しばらく、アイスクリームを食べずに地面にぽたぽたとこぼしたまま深く考えごとをしている中、一人の少女の声が彼の鼓膜をかすめる。



「大丈夫!?!どこか具合でも悪いの?」



 声が聞こえたところに顔を向けると、見覚えのある顔がそこにあった。



「えっと、あれ?堀北さんか?」


「どうして瀧くんがここにいるの!?」



 顔を合わせた二人は、少し驚いているようだ。


 今日の彼女の服装は清楚な恰好をして茶色いショルダーポーチを身に着けている。



「今日は、仕事が休みだから気分転換にふらふらしててな」


 

 疲れがたまってかあまり表情に力が入らない。



「なんか、疲れてない?」


「まぁ、よくあることだ」


「けど、普段と雰囲気が全然違う」


「そうか?いつも通りだろ」



 俺が他の誰かに情けをかけられたところで、それは俺の中の問題であり、他人ではどうしようもないことである。それを気持ちに表したところで、何も変わらないのが現実的だろう。


 彼は、再び彼女から視線を外し、下を向く。しかし、そんな彼を見かねた彼女は彼の手を取る。



「とりあえず来て」


「え?」


「見せたいものがあるから」


「お、おい!」



 彼女は、彼のことを気にも留めずひたすら前に進む。一体どこに行くんだろう?と疑問に思う。



 しばらく歩き続け、彼女に手を引かれるままついていき



「もう少しで着くからね」



 そして、たくさん歩き回り、移動して、やっと目的の場所までたどり着いたのが、外で行われている演奏会の会場のようだ。



「着いた!」



 一度、彼女の手から離れると



「実はこれを見に行くために外に出かけたんだけど、なかなかこういうものを見る機会が全然なくてね。ついでに瀧くんも一緒にどうかなって」



 彼女は、高校生になってから一人で外に出かけることがあまりなかったようだ。


 でも、俺がこうやって人と一緒に見に来るのは、小学生以来だ。


 普段はアルバイトでカレンダーが黒く塗り潰されていたから、こういうことはほとんどなかった。



「それと、下を向いて詰めすぎてもダメだよ、何かで悩んでいるなら全然頼ってね」



 彼女が俺に笑みを向けたとき、少し気持ちが楽になったような気がする。前にも友達に同じことをいわれたな。



「あ、向こうの席空いているからそこに座ろう」



 そして、空いている席へと一緒に座り、彼女がポーチの中から水筒をとりだす。



「のど乾いてない?」


「ああ、さっきまでずっと歩いていたからな」



 彼女は、水筒のふたを取ってお茶を注いだ。



「はい」


「俺に?」


「これで水分補給して」



 彼女から水筒のふたを受け取って、その中のものを飲み干した。



「おかわりいる?」


「頼む」



 そして、気づいたら水筒の中身の半分ほど飲み干してしまった。ついつい飲んでしまう自分に申し訳ない気持ちが芽生える。



「結構、のど乾いてたんだね」


「半分飲んじゃって悪いな」



 再び彼女がポーチの中に手を伸ばして、外に出すと



「実は、予備のもあるよ」



 同じ水筒が現れた。



「いや、なんで二つもあるんだ」  


「もしも、のど乾いている人がいたときの事前準備だよ」   


「なかなか、そういうことは起きないぞ」



 彼女としゃべるとだんだん調子が戻ってくる。そして、ついに演奏が始まるようだ。 




 時刻は、あっという間に夕方の5時を指し



「今日は楽しく遊べた?」


「おかげで、帰りたくなくなったけどな」



 二人は来た道からそのまま歩いている。この時間は既に職場にいる状況だが、こうして過ごすのは慣れないものである。


 休日の朝、昼、夜は常にかかりっきりで勉強する時間はあまりない。それでも学校の授業だけでなんとかやってきている。それも日ごろの習慣からだろう。



「じゃあ、私はこれで帰るね」


「おう」



 そして、日が落ちる頃には既に街灯がついている。












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