第3話 少し変わった日常



「いらっしゃいませ」


 

 今、俺の目の前にはたくさんのお客さんが待ち構えて、学校が終わってからずっと接客しっぱなしである。


 この忙しい状態が一刻も早く終わってほしいと思う。週末というのは、休日前で確実に忙しくなるため、あまり好きではない。


 けど、これを乗り越えると何の根拠のない達成感が内からふつふつと膨れ上がる。そこまで仕事に対して快感を覚えたつもりはないが、自然とそうなってくるのだろう。


 スギと結衣の方もさっきまで部活で忙しくしていたが、6時を過ぎたこの時間はとっくに帰って、家でゆっくりくつろいでいる頃だ。


 そして、機械的に接客をし続けた俺は、ようやくゴールにたどり着いたとそう思ったが、その矢先に顔見知りの女の子が俺の前に姿を現した。



「いらっしゃいま……ありがとうございました」


「ねえ、ちょっとまだ一つも頼んでないんだけど!」



 ていうか、なぜ俺の目の前に現れたんだ?そもそも、俺がいるのを知ってこの店に来たのか……。



「もしかして俺の嫌がらせ?」


「は、何言ってるの一応ここの常連よ。前にも何度かここに来ているわよ」


「全然気づかなかった」


 

 たくさんの接客に覆われているもんだから気にも留めてない。特に仕事が忙しいときとかは、お客さんを見る余裕すらなくなる。彼女は、ため息をついて俺の方に目を傾ける。



「ずっと後ろからあんたのこと覗いていたけど、接客がかなり拍子抜けしているわね」


「それは余計なお世話だ。俺には俺のやり方がある」



 とりあえず俺は、注文待ちのお客様に商品を渡していく。



「そういえば、あんたって一体いくつバイトをやってるの?」


「ふふ、俺の右に出るものはいないくらいたくさんアルバイトをしている」


「うわー、なんかいや」


「仕方ないだろ!こうでもしないと生活ができん」


「よっぽど追い込まれているのね」



 彼女は俺の顔を見て可愛いそうな目で見つめる。



「とりあえず、俺をそんな可愛そうな目で見るのをやめようか」



 俺は、彼女から見てかわいそうに見えるのかと疑問だが、そこまで思うなら俺にいろんなものを貢いでくれたっていいんだぞと思う。そして、彼女がカバンから財布を取り出して



「今日の仕事は何時に終わるの?」


「8時に終わる予定だが」



 いつもだいたい、この時間で切り上げて仕事を終える。遅いときは、9時まで働くことがある。



「はぁ、それまでになんか奢ってあげるわ。何がいい?」


「いや、別にいいって」


「別にただではないわ、そのかわり帰りに一緒に寄ってもらうことになるけど」



 一体、どういう風の吹き回しなんだ?もしかして、今後の俺の脅しの材料に使うためなのか?もしくは借りをあえて作っておくのか、俺には、現状彼女の考えが読めない。



「で、俺はどこに連れてかれるんだ?」


「それは、あんたが仕事を終わらせてから教える」


「言っとくけど俺を誘拐したところで何も出てこないぞ」


「そこは心配しなくても、あんたをさらう価値がないのは重々承知よ」



 それはそれでいたたまれる。確かに俺は貧乏でお金がないから、人質としては都合が悪くなるだろう。まぁ、その方が安全性はあるが。



「とりあえず、ここで食べて待ってるからちゃんと私のところまで来なさい」



 ていうか、なんで俺は彼女に奢られるはめになったのか見当がつかん。



 そして、予定通りに仕事を終わらせて、彼女に歩み寄ると



「もう、終わったのかしら?」



 金髪を揺らしながら、俺の方を見て尋ねる。相変わらずお嬢様のような態度を取るなと我ながらに思う。一度、彼女の机の上を見ると、勉強道具とノート、テキストが並べてある。



「ここに来てまで勉強しに来るのは真面目なもんだ」


「そう、時間が空いているときはいつもこうしているけど」



 彼女は、すぐさま机に広げていたものを片付けると



「とりあえず、私についてきて」


「おう」



 一体彼女に何をされるのか、少しの期待と不安が心の中で入り混じっている。彼女に後ろから目で訴えても、そのまま振り返らず歩いていく。それを見て仕方なく、黙って彼女の後をついていくことにした。




「ここよ」



 彼女と一緒に来た場所は普通のスーパーだ。



「ほう、俺をこんなところに連れてきたっていうことは?」


「今日は買うものが多いから、荷物持ちになってもらうためよ」


「はぁ…」



 想像していたのとは全然違ったが、こんなことだろうと思った。彼女が、俺に特別何か良くしてくれるわけではなく、普通に彼女の手伝いをするだけ、俺は一体何にすがる思いでいたのか…。



「そんなため息ついて、一体何を期待していたの?」


「別に何も期待してないが…」


「そんなことより、早く買うもの買ってさっさと帰りたいから、行くわよ」



 彼女に言われた通り店の中に入る。



「今日は肉のスーパーセールの日ね」



 早速、肉のコーナーまでかごを引く。俺たちの周りは母親ぐらいの人がいろんなところで立ち並んでいるのを目にする。けど、誰かと一緒に買い物に付き合うのは、久しぶりだな。



「なんか、結構混んでるな」



 俺は、カートを引く手を止め呆然と眺めているうちに、彼女はすぐさま飛びつく。



「って、もういない…。どっかの主婦でもやっているのか?」



 おそらく、あれは相当のやり手だろう。




 しばらく、外側で観戦していると、ようやく彼女が姿を現した。



「結構時間かかったな」


「とりあえず、何とかなったわね」


「それはいいとして……抱えている量多いな」



 かごの中は肉でどっさり。そんなに持ち帰って、一体何を作る気なんだ?もしかして、彼女一人で食べるつもりなのか?



「それは、お前が全部食べるのか?」


「失礼ね!これは、保存用に残すものも含まれているのよ」


「なるほど」



 これくらいなら、肉は3日分もちそうだな。それと、彼女の表情を見るとかなりご満悦だ。



「もしかして、意外にも主婦志望なのか?」


「別に、お母さんに買い物を頼まれて買ってきただけだわ」



 彼女は、もう一つのかごを持ってこようと入口のところまで歩く。


 そして、彼女の買い物が終わると、大きいレジ袋の中にかなり詰め込まれている。俺の左手には、水と野菜が入っていて、右手には米が詰まれている。彼女の場合は、俺とは対照的に袋の中身は、軽いものが詰まれている。



「おい!つまり俺にこれを持たせるためだったのか」


「そうよ、重たいものを持つのは大変だもの」


「クッ!」



(まぁ、いいだろう俺はいつかお前に復讐を果たすからな)とそう誓う。



「それと、まだあんたの名前聞いてないんだけど」



 彼女がちらっと俺の方に目をやると



「別に聞かなくていいだろう」


「名前くらい聞いたっていいじゃない!」



 とりあえず、今後は関わるとは思わないが名乗っておくだけにしておこう。



「俺の名前は小川 瀧。瀧はさんずいに上が立っていう字じゃない方の龍だ」


「ふうん、そんな字を書くんだ」



 彼女は納得したかのような顔をする。



「で、ちなみにそっちの名前はなんて言うんだ?」


「私は咲野 花さきのはなよ」


「名前の割には、イメージがつかんよな」


「それはあんたもよ」



 彼女の相手をするのは今日一日で大変だと分かった。結局俺は、彼女にこき使われただけだった。でも、こういうのも一応悪くないと思っている。どのみち俺は、バイトで人とまともに接する機会が少ないのだから。



















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