第2話 出会いは突然に…… 後編



 始業式が終わった二日目の朝、家から特に寄り道せず学校までまっすぐ行き、教室に入って自分の席でじっと座って、教卓側の扉から転校生が俺の隣の席に来ると



「おはよう、今日はいい天気だね」


「おう、そうだな」



 朝早くやって来た彼女の横顔は、朝の日差しをバックに顔の輪郭がくっきりと表れて、端整のとれたきれいな顔立ちだ。



「普段はこの時間に早く来るの?」


「まぁ、特に家でやることがないからここで読書をしてる。で、堀北さんこそなんでこんな朝早くから来るんだ?」


「私も特にやることがないから来てみただけ」



 意外と理由は、そんなたいしたことないんだな。



「それだけか」


「それだけって?」


「いや、なんでも…」


 

 今、教室にいるのは、俺と彼女の二人だけだ。みんなこんな早朝に登校してくるのは、そうそうないだろう。


 けど、この状況をあの二人に見られるのは厄介だ。


 ただ、二人に関してはもう少し遅い時間に一緒に来るから心配ないだろう。



「瀧くんは、何か部活とかやってるの?」


「部活はどこにも入ってないな、そもそもアルバイト優先で最初から入る気はなかったけど」


「ちなみにアルバイトは何をしているの?」



 彼女のぱっちりとした二重の瞳が、こちらを見る。



「アルバイトはファストフードと配達を掛け持ちでやってるが、他にもある」



 俺は、既に自転車で通えるようなアルバイト先はだいたい制覇している。



「へえ、そうなんだ。そういえば昨日、帰りがけにハンバーガー店で瀧くんみたいな人を見かけたんだけど、気のせい?」


「それは……き、気のせいだろ」


「そう?なら関係なくなっちゃうか」


 

 (いや、なぜ彼女の帰り道に俺の店があるんだよ。ますます働きづらくなるじゃねえか。いっそうのことアルバイト先を変えようか……。)と心の中で叫んでおく。



「でも、どうして部活に入ろうとは思わなかったの?」


「まぁ、うちの家は貧乏だからアルバイトしていかないと生計を立てられない状況でな」



 俺が稼がなければならない生活費は、最低でも10万円は欲しいところ。



「そんなお金に困っているの?」


「そこはアルバイトでちゃんとお金を稼げているから問題ない」


「うん…」


 

 彼女は俺に心配そうな顔をして見つめてくるが、それは友達や母親にもよくあることだから、あまり気にはしていない。普通に一年続けられていれば、そう苦ではない。


 人間というのは、不思議とそんなふうにできているかもしれない。


 仕事というのは、時間になれば体が勝手に動いて、気が付けばやっている間、あっという間に過ぎ去っていくものだろう。



「それと……」



 彼女が俺に何か言いかけようとしたが、途中でやめた。



「もうそろそろ、みんな来そうだね」


「静かな教室が一段と騒がしくなるな」


 

 窓際に寄って視線を落とすと、昇降口の扉の前でたくさんの人だかりができているようだ。



「とりあえず、職員室に行って教科書運ぶの手伝ってこようかな」


「そうか、俺は読書の続きでもしようかな」


「瀧くんも一緒に手伝うの!」


「へいへい」


 

 二人は、教室を出て職員室に向かった。




「大丈夫かよそんなに持って」


「全然平気」



 彼女が教科書を抱えている量は、俺よりもある。



「重たかったら少し分けてくれてもいいぞ」


「私こうみえて力持ちだから!」



 もし、俺と腕相撲で張り合ったら、おそらく負けるかもしくはいいところで勝負がつくかもしれない……。



「女の子が力持ちとかあまり聞かないけどな…」


「何か言った?」


「いえ、何も言っておりません…」


 

 俺たちは最後の教科書を職員室から運び出すと、その途中で嫌な予感が的中する。



「俺はここで少し用事があるから先に行っててくれ」


「え?なんで?」


 

 そんな矢先に二人が俺の目の前に姿を現そうとした。



「やばい、一時撤退!」


「ちょっと待って……!」



 そして、二人が彼女に気づいて真っ先に結衣から歩み寄り、彼女の手を握った。



「噂通り、本当に可愛いじゃない!」


「おい、そこまで距離を詰めるとびっくりするぞ」


「あら、ごめんなさい」



 彼女の手を外して、少し距離をとる。



「全然大丈夫ですよ」


「そういえば、さっき隣であいつが歩いているのを見かけたが気のせいだったのか?」


「さっきまでは一緒に教室まで歩いていたんですが、少し用事があるからと言ってこの場からいなくなっちゃいました」


「逃げたな」


「あとで問い詰めてやらないとね」



 彼女が二人を見て



「お二人はカップルかなんかですか?」


「やっぱりそう見える!」


「ええ、とてもお似合いです」



 それを聞いた結衣は嬉しそうな顔をして



「よし、決めた!この子は今日から私達の仲間入りね!」


「そうだな、ここにあいつを連れてこれば完璧だな」


 

 その間、俺はバレないように準備室のところで身を潜めている。この二人に遭遇するといろいろと厄介ごとに巻き込まれるため、ろくなことが起きない。さらに、彼女の話になるとかなり変わってくる。そして、三人のやり取りを眺めていると俺の背後から足音が聞こえた。



「ねえ、そこにいられると私通れないんだけど」


「おう、わりぃわりぃ」



 その声をもとに彼女に道を譲ろうとしたとき……。



「ああ!この前私の下着を盗んだ人じゃない!」


「はぁ、って!それは、下着が風に飛ばされてたまたまバイクの箱の上に乗っかっただけだろ!」


 

 この金髪のロングの後頭部あたりで髪を結んでいる女の子は、この前配達で荷物を五階のマンションの部屋の玄関先まで届けたときに顔を合わせている。


 今は下着の件で厄介ごとに巻き込まれている状態だ。



「ていうか、私の落ちた下着をずっと手に取って眺めていたわよね!」


「それはどうやって処理しようか考えていたからだ!」



 これは、まさに不良の事故とも言える。



「おまけに私のスカートの中を覗いて」


「その日は風が強くて見えてしまったんだよ」


「そこは認めるんだ」


「クッ!」


 

 彼女はまるで死んだ魚のような目つきでこちらを見てくる。



「まあいいわ、下着を盗むということが分かったわ」


「だから、落ちた下着はあの場で返しただろ!」


 

 なかなか彼女を取り扱うのは難しいようだ。



「で、なんで教科書を持ってわざわざ準備室に入ってきたの?」


「こっちは複雑な事情で避難しているところだ」



 そんな彼を見た彼女は、鍵リングを人差し指で回しながら、こう尋ねる。



「別に事情なんてどうでもいいわ、その前に今準備室の鍵を持っているからここの準備室は閉めるけど」


「も、もう少しだけ待ってくれないか?」


「普通に嫌だけど」



 こいつは鬼か…!



「…なら飲み物奢るからそれで構わないか?」


「はぁ、仕方ないわね。その代わりちゃんと飲み物を奢りなさい」


 

 これで彼女との交渉は成立。後は、タイミングを待つだけだ。


 

 そして、ようやく難を逃れた俺は約束通り彼女に飲み物を奢ることにした。



「それで、なんで準備室に隠れる必要があったの?」


「それは言えん」


「せっかく協力したんだから、教えてくれたっていいじゃない!」



 彼女の話を無視して自販機の中に入っている飲み物をすぐに渡す。



「とりあえず要件は済んだから、俺はこれで」


「ってちょっと、まだ話は終わってないんだけど!」



 俺は彼女から逃げるようにして後を去る。




 昼放課になり、屋上で三人で昼食をとるときのこと。



「おい瀧!さては俺たちを見て琴葉ちゃんから逃げたな?」


「ってなんで逃げたことを知っているんだよ!」


「隠そうとしても筒抜けだぞ」



 結局、俺が準備室で彼女を引き留めてまで飲み物を奢ったのは無駄だった。



「俺が逃げたことをどうやって知ったんだ?」


「昇降口のところでお前を見かけて、それを琴葉ちゃんに聞いた」


「というか俺がいることによく気が付いたな」


「ヘェ、俺は勘が鋭いからな!」


「はぁ、我ながらに通りで選ぶ相手を間違えたというわけか」


 

 俺はこいつの勘の良さには何度か悩まされている。そこに彼女が俺に視線を合わせて



「それで、琴葉ちゃんとは上手くやってるの?」


「上手くやっているというよりかは、たまたま職員室にある教科書を教室まで運ぶのを手伝っただけだけど…」


「もう、照れちゃって」



 結衣は、唇に手を当てながら、にやりと笑みを浮かべる。



「照れてない、っていうか俺をからかうのを普通に楽しんでるだろ!」


「まぁ、反応が面白いからな」


「そこは否定しないんだな」



 俺はため息をつき、食堂で買ってきた弁当のおかずを口に入れた。




 学校の授業が終わり、俺は先生に任されて、屋上の鍵を閉めるように指示された。


 そして、扉を開けて中に人がいないか確認する。


 すると、屋上のフェンスのところで一人の少女が赤いリボンを胸のところで抱えている姿が目に映る。



「おーい、もう屋上の鍵閉めるぞ」


「あ、はい。ってあれ?瀧くんじゃん!」



 振り返った彼女をみると、堀北さんのようだ。



「そこで何しているんだ?」


「少し風に打たれてみただけだよ」



 彼女が風に打たれながら、屋上から景気を見る様は絵になる。



「そうか、んでそのリボンは一体なんだ?」


「ああ、これは昔遊んでいた男の子にもらったものなんだ。もう10年前のものなんだけどね」



 見るからに10年にしては状態がいいな。しっかり手入れされているのだろう。



「そんな10年もそのリボンを大事にするなんてすごいな」


「うん、でも今更取っておいても仕方ないよね」



 手に持っていたリボンをポケットの中にしまう。



「ちなみにそのリボンはなんでもらったのかとか聞いていいか?」



 彼女は、少し昔のことを思い出すかのような表情でこちらを見る



「実はね、このリボンおとぎ話のなかに出てくるものを再現したもので、ある男の子と再開をしたら結婚するっていう誓いを立てて、もらったリボンなんだ」


 

 彼女にも多少子供じみたことがあるんだな。



「まぁ、俺も似たようなことはあったが、小さい頃に女の子か誰かにものをあげて、その子とは遊んだっきり、すぐに離れちゃったな」



 けど、そんな純粋ごとは昔止まりで、俺たちが大人になって時間が経てば関係なくなる。運命なんてものは常に踊らされているようなものだから。


 もし万が一、億が一に偶然に重なったとしたらそれは運命的な出会いかもしれない。本当にそんなことがあるのかと甚だ疑問に思う。



「とりあえず、もうすぐ門が閉まる時間になるからここを早く出よう」


「そうだな」



 そして、運命の歯車が少しずつ動き出す。



























































































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