第4話 姫騎士、オークと遭遇する

 ——このメンバーでやれる最後のクエストだからな。今回、君は自分の依頼を優先させてくれ。

 薬草の知識も、冒険者にとっては重要な要素ファクターだからな。


 と、サインに言われ。

 わたしと疾風の剣メンバーは、ハルバート森林地区で別行動をとることになった。


 向こうは蜥蜴人リザードマン討伐を。

 わたしは新人らしく薬草の採取。


「ギョウジャ草の根を含む全ての部分が必要なのよね。ふぅむ……」


 巨大な苔むした樹々が鬱蒼と茂る深い森。

 ギャーギャーと鳴き声もあちこちから聞こえている。


 ——ギョウジャ草


 多年草でネギ科の一種。

 味、香り共に濃く珍重され、魔力や体力回復には持ってこいの薬草。

 独特な臭いが特徴だけれど、お肉料理と相性が抜群のなのだ。


 これと似たような茎や根をした『イヌサフラン草』と言う毒草がある。

 こっちは毒成分が強く、間違って食べると一週間は腹痛に苦しむのよ。

 ま、これはわたしの実体験から得た情報。


 新人冒険者の多くが毎回、ギョウジャ草とイヌサフラン草を間違えて採取してくる。


「って、依頼書に説明があるくらい、新人冒険者あるあるみたいね。でも、わたしには問題ないのよね」


 数年間、エルフの国で暮らしたわたしには、薬草選別や採取なんて朝飯前なのだ。


 一か月の間、森でサバイバル生活を強いられ、生きる術を叩き込まれたからね。


 通常の人より少々食べる量が多いわたしは、最初に食べられる薬草は覚えた。

 生きるか死ぬかの瀬戸際だったから、覚えるに必死だったのだ。


 おかげで、薬草に関しては並の冒険者より知識があると自負している。


 今回のギョウジャ草は、樹々の幹に根を張り、そこから養分を吸い取るという特徴がある。


「だから太くて立派な樹木を探せばすぐに見つかるはず……お! 早速発見〜」


 開始早々、わたしは樹木の幹部分に生えているギョウジャ草を見つけた。


 根と茎の部分が千切れないように、周りの土を優しく丁寧に掘り起こす。

 根の部分と茎が切り離されると、途端にグズグズと腐ってしまうからだ。


「さてと……味はどうかなぁ」


 球根の土を取り払い、わたしは舌でぺろりと舐める。


 これがギョウジャ草とイヌサフラン草を見分ける一番確かな方法。


 見た目も匂いも全く同じだらから、判断するのは難しい。

 だけど、舐めてみると簡単に分かる。


 舐めて直ぐに舌の上がヒリヒリと痺れたら、イヌサフラン草。

 何もならなければギョウジャ草と、割と簡単に判別できる。


「くふふ……依頼完了ミッションコンプリートっ! さすがわたし、良く出来ました」


 わたしは残りのギョウジャ草を掘り起こすと、腰にある小さな道具袋に入れる。


 これは、ドワーフの技術者が作り出した道具袋アイテムボックス


 大きさや量に関係無く、無限に道具や武器、はたまた魔物すら収納できる便利な魔法道具なのだ。

 袋に手を入れれば、欲しいものも簡単に取り出せちゃうのも便利。


「う〜ん……思ったより早く終わちゃったなぁ」


 道具袋から懐中時計を取り出し、時間を確認する。


「森林地区に着いたのが九時くらいで……今は十時前か」


 サイン達とは正午に森の入り口に集合と言う手筈になっている。

 あと二時間くらいは余裕がある訳だ。


「……ふむ。時間を有効活躍するなら、食糧調達がいいかな」


 森は食糧の宝庫とエルフ達はよく言っていた。

 木の実や果実、動物を狩れば肉も手に入る。


「確かイチジクやビワなんかあったなぁ。くふふ。食糧を大量に集めてたら皆、絶対に驚くわよぉ」


 大量の食糧を目の前にして、驚いた四人の顔が脳裏に浮かんだ。

 それがおかしくて、わたしはクスリと微笑んだ。


 ——ぱきり


「……うん? 音……?」


 ——ぱきり ぱきり


 枯れた枝を踏みつける音が、森の奥から近づいてくるのが分かった。


 音の正体を探るために、わたしは地面に耳を当て音の正体を探る。


「……地面を踏む音から体重は百キロくらいかな。歩幅から体長二メートルくらいの二足歩行の生物。ふむ……しかも同じ生物が二体で共に行動しているみたいね」


 わたしは地面から頭を上げると、短剣を手に構えた。


 身長百五十のわたしより大きな生物。

 しかも今まで聞いた事がない足音。


 敵意があるなら即仕留める。

 もし違うなら、手を出さずにそのまま見逃す。


 呼吸を整え、わたしはじっと森の奥を睨んでいる。


 樹々の間から顔を覗かせた相手に、全身の生毛が逆立つ。


「——オーク!!」


 わたしは大地を蹴り、最初に一匹のオークの首を斬り落とした。


「グゴっ!?」


 連れのオークに何が起きたのか、もう一体のオークが理解するよりも速く。

 振り向きざまに、残り一体のオークの首も斬り落とす。


 ドスンと、二つの重い身体が地面に崩れ落ちた。


「……意外」


 無様に転がるオークの首を見て、わたしは感動がない事に驚いていた。

 やっと念願かなってオークを倒したと言うのに、達成感がまるで無い。


 むしろまだまだ全然殺し足りない。

 もっともっとオークを殺したいと言う衝動が、胸の奥から込み上げてくる。


「オークが二匹だけならいいんだけどね。皆は無事だといいのだけれど……」


 オークは必ず数体で行動を共にする、とわたしは教えられた。

 だから今倒した二匹だけとは、到底思えない。


「ふむ。とりあえず他のオークを探して、さっさと片付けるのが優先ね」


 オークの匂いは今覚えた。


 腐った卵のようなむせ返る臭い。

 例え森の奥にいたって見つけるだして、一匹残らず殺してやるわ。


 わたしはオークの臭いを辿りながら、樹々の間を縫うように、森の奥へと駆け出していた。



 ◇



 森の入り口に戻って来たとき、わたしの服も髪も返り血でドロドロになっていた。


 合流時間いっぱいまで、わたしは見つけたオークを片っ端しから殺し続けからだ。


 途中までは数えていたけれど、十五匹から先は数えるのを辞めたけどね。


「正午過ぎちゃったな。皆はまだ……来てないみたい」


 一人で森の入り口で待っていた。


 予定の時間を過ぎても、サイン達が戻って来る気配すらない。


 なんだか酷く嫌な予感がする。


 こう言う場合、わたしの勘はよく当たるのよね。


 まあ、彼らは実力の伴ったパーティなんだから、新人のわたしが心配するのも烏滸がましいけれども。


「もう少ししたら森の向こうから、やって来るはずだよ。うん」


 と、自分に言い聞かせてはみるが、不安は拭う事ができない。


 その場にいて、もう一時間が過ぎようとしていた。

 時計の針は午後一時を指している。


 だけど、やはり彼らは戻ってくる事はなかった。

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