第3話 姫騎士、ゴブリンと戦う
王都で荷馬車を借り、わたしと疾風の剣のメンバーは目的地に出発した。
目的地はハルバート森林地区。
疾風の剣は
荷馬車の手綱を握っているのはサイン。
わたしを除く、『疾風の剣』の三人も荷台に乗っている。
「サインに聞いたけど、金級相手に派手にやったんだって? ふふ、将来有望じゃない」
言って艶っぽく微笑んでいる女性は、ハーフエルフで魔道士のパメラさんだ。
褐色の肌が似合っているし、くびれる所と膨らむ所がはっきりとした体つき。
女のわたしが見ても、羨ましくなるくらい色っぽい。
「ふむ。拙者もその場に居合わせたかったものでござるな」
わたしを見て残念そうな表情をしているのが、サムライのサブロウタさんだ。
東国出身の剣士だと、サインが紹介してくれた。
ボサボサの髪に顎には無精髭。
せっかく端正な顔立ちなのに、それが全てを台無しにしている。
「……うにゅ……」
サブロウタさんに持たれて、ウトウト眠そうにしているのが、荷物持ち担当のサニャちゃん。
顔を隠すように深くフードを被っているから、未だ彼女の顔をちゃんと見ることが出来ていない。
わたしや他の人たちが雑談している間も、馬車は街道を順調に進んでいく。
ハルバート森林地区までは一日と少しあるから、途中で野営する予定。
「……サイン」
緊張した面持ちで、サブロウタさんがサインに呼び掛けた。
「サブロウタ、何かくるのか?」
「でござる。向こうの丘の上にある茂みから無数の邪気を感じるでござる……おそらく相手は小鬼。数はおおよそ二十でござるよ」
街道の右手にある小高い丘の先に、サブロウタさんが鋭く睨んでいる。
「ここはわたしに任せて貰えませんか?」
わたしの言葉に、三人は一様に驚いた表情で固まっている。
「いや。い、いくら君でも数十匹のゴブリン相手に無理だ」
「大丈夫ですよ。だから皆は荷馬車に残っててくださいねっ」
止めようとするサインを振り切り、わたしは荷馬車から飛び降りた。
丘の上へと視線を向けると、わたしは全速力で走り出す。
それとほぼ同時だろう。
茂みの中から現れたゴブリンの集団が、雄叫びを上げながら一斉に飛び出してきた。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「ぐぎゃー!」
ゴブリン。
体長一メートルくらいの緑色の肌に、残忍な性格と凶暴性を兼ね備えた亜人種。
それほど強くは無いけれど、数が多く実に厄介な相手。
ゴブリンが数百匹いようが、打倒オークを掲げるわたしにとっては相手にすらならない。
腰の短剣を抜刀し、ゴブリンを斬り払う。
ゴブリン相手なら短剣で十分だからね。
稲妻のように速く動き、ゴブリン共を一匹ずつ確実に仕留めていく。
ものの五分もかからないうちに、二十匹もいたゴブリンは全滅していた。
終わらせて荷馬車に戻ってきたわたしを、三人はなんとも言えない表情で出迎えてくれた。
「……ここまで強いとは思わなかったな。ははは……」
サインは衝撃を受けたように、顔を強張らせている。
他の二人も驚きのあまりか、何も言葉が出ないようだ。
「そうですか? これでもまだ遅いくらいだし。わたしはまだまだ満足いく戦い方じゃないんですよね」
不服そうに憤慨するわたしに、三人は唖然としていた。
◇
その日の夕刻。
街道を外れ、開けた場所でわたし達は野営を張っていた。
「あのときの剣捌き、まさに鬼気迫る……拙者の国でも伝説の羅刹のようでござったよ」
夕食を食べながら、サブロウタさんは興奮気味で熱弁を奮っている。
「サブロウタ。少しは落ち着いて食事をできないかしら?」
サブロウタさんの口から飛び散る物に、パメラさんは眉間の部分にしわを寄せ、不快そうな表情をしている。
「そうは言うでござるが、これが落ち着いていられようか!」
ブバっと口からスープが飛び散った。
「うわっ!?」
「ああ、もうっ!!」
「ちょっ!?」
サインもパメラさんも、もちろんわたしもその被害から免れるように、サブロウタさんから素早く離れた。
サニャちゃんは何事もなかったように、小さな口を皿につけて、スープを無言で啜っている。
「——サブロウタっ!」
パメラさんに、めちゃくちゃに怒られサブロウタさんはようやく落ち着いた。
怒られた効果がありすぎたのか、サブロウタさん、すっかり沈み込んで黙々と夕食を食べて出している。
「静かになったところで……貴女、本当に新人冒険者? あの剣捌きは尋常じゃなかったわよ?」
サブロウタさんが静かになったかと思えば。
今度はパメラさんが興味津々の面持ちで、わたしに尋ねてきた。
「……はい。間違いなく新人ですよ」
「本当に? だとしたらあの動きはどうしても納得がいかないわ。あんな動きが出来るのって、十数年も戦ってきた熟練者の動きなのよね……」
考え込むように、パメラさんはパンを小さな塊に千切ると、ぽいぽいと連続して口に運んでいる。
パメラさん、ぐいぐい食いついて来るから困ったな。
正直、あまり過去の話はしたくないのよね。
忌まわしい過去の話まで思い出してしまいそうだから。
「パメラ。パーティメンバーへの余計な詮索はルール違反だろ?」
「……はっ! そ、そうね……ごめんね、シオン」
本当に申し訳なさそに、パメラさんはわたしに頭を下げてくれた。
「い、いえ。わたしの方こそ気を使わせて、ごめんなさい!」
わたしも吊られて、頭を下げてしまう。
顔を上げてお互いの顔を見合わせた、わたしとパメラさんは吹き出し、大きな声で笑い出してしまった。
そこからわたし達は、いろいろな雑談をした。
疾風の剣を組んだ経緯や、今までやってきた依頼の話まで。
「それでね……今回の討伐依頼を最後に、私はパーティを抜けるのよね」
「え……ウソでしょ? どうして……?」
こんなにチームワークも良くて、互いを信じ合った仲間なのに。
パメラさんの言葉に、わたしは驚きを隠せないでいた。
「そんな顔をしないで。別にパーティが嫌になったとかじゃないのよ」
「じゃ、じゃあどうして……」
「実は私はサインの奥さんになるのよ……それにお腹の中にはもう子供もね」
「うええええ!? そ、そうなの!?」
「……ええ」
パメラさん、愛おしそうに自分のお腹を優しく撫でている。
「あ……それでか。だから、パメラさんの代わりにわたしを勧誘したって訳ね。納得」
「ふふ、そう言うことよ」
パメラさんが微笑んだ表情は、子を思う母親のように見えた。
本当に仲が良いパーティなんだよね。
オークだけを倒す目的のためとは言え、わたしはこのパーティに加入して良かったんだろうか。
そう思うと、心の奥がズキズキと突き刺さるように痛くなる。
夜もだいぶ更けてきた頃。
見張り番のサブロウタさんを残して、サインとサニャちゃんはもう寝てしまったようだ。
まだわたしとパメラさんは、語り合っていた。
わたしはそこでまた驚く事実を知ることになる。
サブロウタさんは、なんでもサニャちゃんを養女にしようと考えているそうだ。
ただ理解できない部分があったのだけれど。
サニャちゃんを養女にするには、サインの許可を得なければならないと言う。
そして、長い時間語り合ったわたしとパメラさんも空が白んできた頃に、ようやく眠りへとついた。
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