第2話 姫騎士、チンピラを撃退する
「その表情から察するに……半分成功半分失敗って感じね」
ギルドを出て待ち構えていたエルフが、不満そうにしたわたしの表情をみてコロコロと笑い出した。
彼女が笑うたびに、大きくたわわな胸がプルプルと揺れている。
慎ましい胸のわたしはソレが気に入らない。
白昼堂々とその
さすがに露天の屋台が並ぶ大きな通りでそんな事は憚られるからね。
「あの、パミエール。人の顔を見るなり笑う事ないと思うのよ。一応、冒険者にはなれたんですから、『おめでとう』くらいあってもいいじゃない?」
「——おめでとう」
パミエールは素っ気なく、祝いの言葉を言い放った。
「……まったくもって感情がこもってないよ。ま、貴女には期待したわたしも悪いけれどね。それとわたし、これから依頼に出かけるのよ」
「ふぅん、そうなんだ。じゃ、貴女が無事に戻ってくるまで、もう少し街に滞在しようかしらね」
言うとパミエールは、わたしにくるりと背を向けて、一言も言わずに街の雑踏の中へと消えていった。
「本当に自分勝手な子。確かわたしの監視役だったと思うんだけど……?」
わたしは彼女の背中を見送りながら、これからの事を考えていた。
当面の目標は、わたし自身の実力と名を上げる事。
そうで無いとオークの討伐依頼を受ける事が難しい。
別に自分勝手にオークを探して倒すって方法もあるのだけれど。
その場合、オークの情報にも限りが出てくる可能性大。
だから一番手取り早いのは、『白金級』かそれに近いパーティに入れて貰う。
これがわたしの二日間も考え抜いたスーパーな計画なのだ。
ギルドでアレだけ目立てば、物好きな連中がきっとわたしをスカウトしてくれるはず——
「よう、お嬢ちゃん? パーティをお探しかい?」
遂に来た!
わたしの作戦が功を奏し、パーティのお誘いが来たようだ。
さすがわたし、頭が冴えている!
「はい、ぜひ貴方達のパーティにぃ……なんだ、ガッカリだわ……」
満面の笑顔を浮かべてわたしは振り返った。
しかし現実は厳しいようね。
期待に満ち溢れ振り返ったわたしは、思いっきり落胆することになった。
冒険者なんだろうけど……なんかチャラい四人組が目の前にいる。
少なくともわたしには冒険者じゃなくて、ただのチンピラにしか見えない連中が、だ。
「眼帯はいただけねえけど、それ以外はやっぱ最高の女じゃ〜ん!」
「だよな〜。超いい女ぁ〜」
「へへへへ。なかなか今後が楽しみじゃね?」
全員わたしを見る目が、ずいぶんとイヤらしい目つきをしている。
舐めるようにわたしの全身を眺めている長身の男。
はしゃぎながらわたしを指差す男と、ニヤニヤと含み笑いを浮かべる男。
お腹がずいぶんとでっぷりした恰幅のいい男が指を咥えて舌舐めずりをしている。
「あのですね。勧誘と言うよりもナンパですよね、これ?」
「へへへへ。ま、否定はしないね〜」
長身の男はヘラヘラしながら、わたしの問いに答えた。
「ナンパならお断りです。じゃ、わたしは忙しいのでごきげんよう」
わたしは彼らに軽く手を振り、その場から離れようとした。
けれど意外と彼らは素早くて、あっという間に四人に囲まれてしまう。
「……思ったより素早いようね。そこは素直に感心するわよ」
「へへへへ。褒めてくれてありがとうよぅ」
「別に褒めてなんかないですよ。とりあえずそこ退いてくれませんか?」
輪の間を通り抜けようとするけど、彼らはわたしの行く手を邪魔するようにサッと立ち塞がってくる。
「い〜や〜だぁね! あんたが俺たちのパーティに入ってくれなきゃ退かねえよぉ?」
語尾を伸ばして、なんかムカつく言い方。
四人共ヘラヘラと笑いながら、わたしを見下した表情をしている。
「……そろそろ本当に退いてください。全員痛い目に合いますよ?」
「はぁ〜どう痛い目に合わせてくれるんですかぁ? ちょっと実験してみてくださいよぉ〜」
「ぎゃははははは! その辺で辞めといてやれよぉ、ガンナぁ! 彼女、泣きそうな眼してんぞぉ」
他の連中はゲラゲラと笑って、わたしとガンナと呼ばれた男のやり取りを眺めている。
「ほぅらほぅらぁ。いつでもぶっ叩いてもいいんでちゅよぉ〜」
ガンナはニヤケた顔でわたしを挑発するように顔を突き出してくる。
このヘラヘラとした顔も、他の連中のバカにしたような喋り方も……正直、我慢の限界ですよ。
「……そう。じゃ遠慮なくやらせて貰うわねっ!」
わたしは全身のバネをフルに使い、腕を回転させて全力でガンナの顔面に拳を叩き込んだ。
「ぎゃひっ!?」
ガンナの汚い悲鳴が聞こえたのと同時。
彼は通りの奥に並んでいる露店の屋台まで吹き飛んだ。
距離にして、五十メートルってところかな。
ガラガラと崩れ落ちた屋台の瓦礫の中からは、ガンナの両足が逆さに突き出ているのが見える。
「さぁ、次は誰の番ですか?」
呆気に取られ呆然とする三人に、たっぷりの殺気を孕ませて睨みつけた。
「……な、舐めてんじゃねぇ!」
「ぶぶぶ、ぶっ殺してやんぞ、くそ女ぁ!」
「か、覚悟しやがれや!」
三人は腰から抜いた剣の先をわたしに向けた。
切っ先がカチカチと剣が鳴っている音。
剣を持つ両手が怯えて震えている証拠だ。
「その向かってくる姿勢だけは評価してあげます。でもね、情けないくらい腰が引けてますよっ!」
三人の男達が動くよりも速く。
わたしの蹴りが恰幅のいい男の股間にめり込んだ。
「あ……わわ……」
口から泡を吐いて、恰幅のいい男は顔を真っ青にさせたままうつ伏せに倒れる。
「おい……」
「ヤバえよ……に、逃げるぞ!」
残りの二人が武器を地面に投げ捨てて、わたしの前から猛スピードで逃げ出していった。
遠くへ走り去る男二人の背中を見て、わたしはボリボリと頭を掻いた。
「はぁ……仲間を見捨てるなんて薄情な連中ねぇ。ね、おじさん。これ頂きますね」
露天商のおじさんに金貨一枚を渡して、わたしは二つの林檎を手に取った。
「お釣りは取っといてください」
「おお、気前がいいね! 嬢ちゃん、いっちょかましてやんなっ!」
「くふふ。おじさんのノリ、結構好きですよっと!」
大きく振り被って、わたしは全力で連続で林檎を投げつけてやりました。
ヒュンと風切り音をさせて、林檎は真っ直ぐにぐんぐん加速して飛んでいく。
「ぎゃひっ!?」
「ぐえっ!?」
同時に逃げ出した男二人の後頭部に、林檎がヒットしたようです。
小さな悲鳴を上げて、男二人は地面に前のめりで倒れた。
「討伐完了っと!」
次の瞬間、屋台の商人や通行人達から、わぁっと言う大歓声が湧き上がった。
「ええと……何ですか、この大歓声。結構嫌われていたんですねぇ、あの人達」
「君、凄いね。本当に新人冒険者なのかい?」
周囲の状況に唖然としていたわたしに、正面から男性が声をかけて来た。
さっきの連中と違い、今度こそ本物の冒険者のように見える。
「連中。ああ見えても、冒険者『金級』なんだよね。それを『銅級』が簡単に倒せるなんてあり得ないんだよ」
笑った口元がキラリと光った。
ずいぶんと誠実そうな青年みたいね。
「それで……あなたもわたしをナンパする予定なの?」
「とんでもない。俺だって、ああはなりたくないしね」
彼は苦笑いを浮かべ、それを否定するように両腕と首を思いっきり振って見せた。
「正直に言うとね。君を俺たちのパーティに勧誘したいだけさ」
「え? 本当なの!?」
「もちろん、そのつもりで声をかけさせて貰ったんだけど……どうかな?」
彼は安心させるように、わたしににこりと微笑んでみせた。
ここまでわたしの計画どおり。
狙いどおり他の冒険者からの勧誘があった。
それに今度は誠実そうな人のようだし。
断る選択肢なんて、今のわたしには無い。
「わたしはシオン。それじゃあよろしくお願いしますね」
わたしは彼の前に右手を差し出した。
「俺はサイン。『疾風の剣』のリーダーをやらせて貰ってる」
言って彼はゴツゴツした大きな手で、わたしの手を握り返してきた。
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