オークに国を奪われ追放された姫騎士、魔竜王を封印した左腕と神の右眼で無双する
魔王の手下
第1話 姫騎士、冒険者になる
「――あの、わたし冒険者になりたいんです」
カウンターの向こうにいる帽子を被った赤い制服の女性が、キョトンとした表情でわたしを見ている。
左肩から指先まで、肌を隠すようにグルグルに巻かれた煤汚れた包帯が、めちゃくちゃ目立ってるのは承知。
右眼を覆う眼帯は、似合っていないのも自覚している。
地声も高いから、今の格好が恐ろしく似合ってない。
今までも同じ表情を向けられた事があるから、そんなのはいちいち気にしてる暇はない。
「……ええっと。この用紙に名前の記入と登録料に金貨二枚必要になりますけどね」
登録用の用紙と羽ペンが俺の前に差し出された。
ここはゼカリア公国の首都・ナッシュベル。
この国で最大規模を誇るギルドにいるのだ。
「これに名前でね。ええっと名前はシオン・フォン――じゃなくて、シオン……っと」
わたしは名前を見えなくなるくらい塗り潰し、その下に名前を新しく書き直した。
「これでいいですよね?」
用紙から視線を上げたわたしは、思わずギョッとした。
両眼を大きく開けて、喰い入るように見ている受付嬢の顔があったからだ。
「――あの?」
「え、あ、はい! これで大丈夫です!」
わたしの視線に気づいた受付嬢は慌てて眼を逸らした。
書き終えた用紙と添えられた二枚の金貨を受け取ると、彼女は取り繕ったように全開で営業スマイルを浮かべた。
「お名前は……シオンさんですね。記入内容に問題はありませんね。では、これで登録完了になります。あ、もし依頼を受けるんでしたら、カウンター左奥の壁にある依頼掲示板にある依頼書を持ってきてここに提出すればいいですよ」
受付嬢が指差した先に、黒山の人だかりが視線に飛び込んできた。
その周りに設置されている丸太のテーブルに腰掛けて、酒盛りで賑わっている連中が多く目につく。
「あ〜アレですね。ありがとうございます」
彼女に深々と頭を下げお礼をすると、掲示板がある壁の方へと歩く。
「ずいぶんと多いなぁ……これ全部冒険者なんだぁ」
何列も並んだ背中を向けた人の壁が、わたしの前に立ち塞がっている。
その人だかりの遠く向こう側にあるのが掲示板みたい。
比率は人間の方がやや多いようにも見受けられる。
「これが冒険者最初の試練と言う訳ですか。まぁ、王宮の舞踏会よりかは全然マシよね」
わたしは立ち塞がる人の波を掻き分け、掲示板が設置されている壁まで前進していく。
何度も顔を体を押しつぶされながらも、ようやく掲示板の前までたどり着いた。
せっかく整えた髪がぐしゃぐしゃになっているけど、それはすぐにどうでも良くなっていた。
「うわぁ……」
思わずその光景に圧倒されてしまったからだ。
壁際に設置された十の掲示板は、床から天辺まで高さ三メートルくらい。
張り出された依頼書も数百枚は超えている。
「……この中から見つける必要があるのかぁ。やれやれ気が遠くなりそう」
頭をボリボリと掻きながら、一つ一つの掲示板を見て回る事にした。
始めに左端の掲示板から順に調べる事に。
上から下まで貼られた依頼書に書かれている内容をサッと目を通す。
一つの掲示板あたり約五分くらいの速度で、次々と掲示板を読破していく。
それから三十分後。
六つ目の掲示板に差し掛かったときだった。
「——やぁっと見つけたっ!」
わたしは目を輝かせて、思わず笑みが溢れてしまう。
目当ての依頼書を五枚も見つけたからだ。
誰かに取られる前に、素早く依頼書を剥ぎ取ると、わたしは再び人の波の中へと分け入った。
人だかりを抜け出すと、最初と同じ受付嬢がいるカウンターの前に立つ。
手にはぐしゃぐしゃに握り潰した五枚の依頼書。
「その表情は……どうやら良さそうな依頼を見つけたみたいですね」
「はい。とにかくこれの依頼を全部受けたいので、よろしくお願いすます」
カウンターが振動するほど、勢いよく依頼書を叩きつけた。
「あの、あまり激しく叩かないでくださいね。では、内容を確認させていただきますねぇ」
彼女は五枚の依頼書を手に取り、真剣な眼差しで一枚また一枚と読んでいく。
「ふむ……あのシオンさんの冒険者ランクじゃ、この内容を任せる事が出来ませんね」
彼女はピシャリと言い放った。
「……冒険者ランク?」
「これですよ。これ」
きょとんとしているであろうわたしに、彼女は依頼書の右下を指差した。
『冒険者ランク白金以上受付可』
と、そこには書かれている。
「ええっと……?」
「それが何か? って顔してますがね。シオンさんは新人でまだ冒険者ランクは『銅』なんですよ!? 銅なんてぺーぺーの新人にオーク討伐なんて無理に決まっています! いきなり死ぬフラグを立ててどーするんですか!?」
彼女のあまりの怒鳴り声に、周囲がシ〜ンと静まり返った。
依頼者らしき人達も、他の受付嬢も冒険者達がわたしたちへと顔を向けている。
「でも、やってみないと出来るかどうか分からないじゃないですか!?」
「出来る出来ないは関係ありませんっ! 当ギルドの方針は絶対なんです! それでももしオーク討伐をやりたいなら早く白銀までランクを上げる事です。ランク上げに近道なんて無いんですからね!」
彼女の言うことは正論なのだと思う。
けれど、わたしはここで簡単に引き下がる訳にいかない。
受付嬢とわたしは、出来る無理の押し問答を繰り返した。
わたしがどんなに必死に食い下がっても、彼女は決して首を縦に振らなかったのだ。
二十分後——
わたしは説得を諦めた。
見た目は可愛らしい女性だけど、頑として首を縦に振らないわたし以上の頑固者。
これ以上やっても意味がないと、わたしはそう判断した。
「……本当に無理言ってごめんなさい」
「いいんです。分かってくれれば。とにかく新人冒険者に無理をさせないのが当ギルドの方針だと言うことを忘れてないでください。そう言う訳で——」
そっと彼女は一枚の依頼書をわたしに提示してくれた。
「まずは小さな一歩からと言うわけで……薬草採取の依頼をお勧めしますね」
言うと、彼女はにぱっと微笑んだ。
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