身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ仇桜

一ノ瀬星羅

第1話 現世



9名無し ****年**月**日**:**:**


実は一年前から学校でいじめられています。

主犯は分かっているのですが、証拠がなく先生に相談しても気のせいだと言われてしまうんです。

何か解決方法など、皆さんの知恵をお借りしたいです……。


10名無し ****年**月**日**:**:**

>>9


親に相談とかは?月並みだけど。


11名無し ****年**月**日**:**:**

>>9


ていうかいじめってどんなことされてんの?



12名無し ****年**月**日**:**:**

>>10

>>11


親に相談はできないです。厳しい人なので私の態度が悪いからと言われるのが目に見えています。


いじめの内容としては無視だったり、物を隠されたり、難癖付けられて怒鳴られたり……。



13名無し ****年**月**日**:**:**


>>12


うわ、親ひどっWW

でもいじめの内容は以外とそこまでひどくはないな。気のせいと判断される微妙なラインを攻めてくる感じセコいWW



14名無し ****年**月**日**:**:**


>>13


不謹慎すぎる。いじめられた側の気持ち考えたことある?本人はとってもつらい中話してるんだよ?



15名無し ****年**月**日**:**:**


>>12


案外教師の言うとおり思い込みだったりしてWW






ガンッ!!とスマホを床に叩き付けた。怒りで息が切れる。



「何?どうしたの?」


「何でも無い!!スマホ落としただけ。」



大きな音がしたせいで下のリビングにいた母に聞こえたようだ。私は階下から呼びかけてくる母の声にぶっきらぼうに返した。



「お母さんもう出なくちゃいけないし、お父さんも大事な会議とかでもう出勤してるから朝食の片付けはお願いするわよ。」



母がそう言うと慌ただしく廊下を歩く足音がしてバタンと玄関のドアが閉められる。



こんな気分で雑用なんかやっていられるか。どうせ両親は私より遅く帰ってくるんだから。



私は叩き付けたスマホを拾い上げ、学校指定のかばんに仕舞う。そのスマホは画面が割れていた。



それから学校に着いた私が教室の扉に手を掛けて力を入れると、ガララッと大きな音を立てて開かれる。私は内心舌打ちでもしたくなった。これだから公立の貧乏中学校は……!



案の定近くの席でたむろっていた女子グループは私の姿に気づいて露骨に顔を顰めた。



私は目を合わせないようにしながら自分の席につき、図書館で借りた本を鞄から取り出す。それを見て興味を失ったのか私に注がれていた視線は無くなった。



私も自分に最も攻撃的な女子の気を引きたくはない。内心ほっとしながら手元のページを捲った。



「ホームルーム始めるぞー!」



と同時に教室の扉が開いて先生が入ってくる。教壇に向かう彼の姿を認めて今度は本当に舌打ちが出た。仕方が無いので私は前の席の生徒の背中に隠れて本を読み続ける。それを迷惑そうに見ていた人物がいたことに気づかずに。



*****



体育の時間、私はチームから離れたところで一人コートに立っていた。バスケはチーム戦だというのに私に話しかける人はいない。チームメイトの活躍をぼうと眺めていると、その一人がゴールを決める。建前だけでもチームワークを見せるべくその生徒に駆け寄ろうとすると、その前に他のチームメイトが駆け寄ってハイタッチを交わしてさっさと散らばってしまった。私の入り込む隙間は無かった。



授業終了のチャイムが鳴ると更衣室に全員で移動する。ロッカーに入った荷物を探して見渡すとそれらしき荷物を見つけた。私が着替えようと手を伸ばすと



「ねぇ、何してんの?」



苛立った声が掛けられて慌てて振り返る。そこにはあの女子グループのリーダー的な位置にいる女子が立っていた。



「なにって……着替えようとしてるんだけど。」


「はぁ?あたしの服に?」



侮蔑の籠もった言葉の内容に驚いて改めてロッカーを見れば、似た柄の小物があるが、私の服ではなかった。今の発言からすると彼女のものだろう。



「そんなわけないじゃん。」


「今明らかに私の服を取ろうとしてたじゃない。この変態。」


「違うって言ってるじゃない!」



思わず大きな声が出ると皆の視線が私に突き刺さる。



「じゃあその手は何なのよ。」


「ちょっとよろめいたから手を付こうとしただけ。」


「はーんそう。勝手に勘違いした私の方が馬鹿ってわけ?」


「そんなこと言ってないよ。」


「言ってるも同然なのよあんたの態度は。ムカつくから消えてくんない?」



だから違うって言ってるのに!



私は苛立つ心を抑えて本来の自分の荷物へと向かう。すれ違い様に彼女はぼそりとつぶやいた。



「素直に謝りもしないって……。」



カァッと顔に熱が上っていくのが分かって、私は唇を噛みしめる。



そんな私を馬鹿にするような周囲の気配を感じ取り、それに耐えられず私は急いで着替えて更衣室を飛び出した。



そのまま廊下を駆け足で通り抜けて教室に飛び込むと、私は小説を開いてその世界へと没頭した。もうこんな嫌な気持ち忘れてしまいたい……。



すると、授業開始のチャイムが鳴ってはっと我に返る。急いで次の授業の教科書を取り出そうとして気づいた。私以外誰もいない。



時間割を見ても教室で行う授業になっている。一体どうして……?



ぱっと記憶が蘇った。



更衣室で着替えていた時、皆教科書を持っていなかっただろうか。確かホームルームで授業の変更について連絡していなかっただろうか。



私は慌てて教室を飛び出して廊下を走る。階段を駆け上り荒い息で視聴覚室の扉を開ければクラスメイトと先生がいた。



合っていた……。ほっと息を付いた途端



「佐河(さがわ)!!遅刻だぞ。お前以外ちゃんと時間通り来ているというのに。まぁ急に教室の変更をした俺も悪かったとは思うが……。」


「先生。」



クラスの委員長が手を上げた。



「佐河さんは連絡のあったホームルーム中に本を読んでいたので聞いてなかったんだと思います。」


「!!」


「はぁ?!」



はっと息をのむ私に対して先生は目尻をつり上げて私を怒鳴った。



「人の話を聞きたくないのなら、授業も聞かなくていい!廊下に立っていなさい!!」


「え、そんな訳には……。」


「いいから立っていろ!!」



先生は廊下を指し示したまま頑として動かなかった。私はすごすごと廊下に戻って立つと、その場に面した窓から他の教室の授業の様子を眺める。その中の一人とたまたま目が合った。私はその人に笑われたような気がして、羞恥で俯いてしまった。



「あの!」


「なに?」



暫くして授業が終わりクラスメイトが教室から出てくる。その中に委員長の姿を見つけて私は思わず声を上げた。委員長も眉間に皺を作りながらも振り返る。



「なんで先生に言ったの……?」


「迷惑なのよね、貴女の態度。皆受験シーズンに入ってピリピリしてるのに、先生の話も聞かないで呑気にライトノベルを読んでる態度が。それが参考書ならまだ共感できるけど。というか貴女も受験があるのに大丈夫?そんな様子で。」


「だからって先生に言わなくても……。」


「悪いけど私達貴女にエネルギー使うほど暇じゃないの。だから先生に代わりに怒ってもらっただけ。」



そう言い放つと委員長は興味を失ったように私から視線を逸らして立ち去る。私は呆然とその背中を見送るしかなかった。



こんなの、憂さ晴らしじゃないか……!



そう思うと私は悔しくて堪らなかった。



そして時間は進み、もうすぐ放課後になろうという時、私はモヤモヤした気持ちを抱えながら残りわずかな時間をやり過ごしていた。



帰りは母からおつかいを頼まれているのでお金を預かっている。面倒だがさぼれば夕食の材料は無いし烈火のごとく叱られる。なら……少しくらい余分に使ってもいいよね。



私はこれからの予定を立てるため財布の中身を確認するべく鞄の中を探す。



無い……!



財布がない!!朝鞄に入れたと思ったのに!



まさか、盗まれた?!



だとしたら……



下校時間の放送が鳴り響く。皆がぞろぞろと立ち上がる中、私は逃げられない内に心当たりのある人物に駆け寄った。



「ねぇ。私の財布知らない?」


「はぁ?」



怪訝な顔をしたのは女子グループのリーダーだった。



「財布が無いの。知らない?」


「あんたなんかの荷物知るわけ無いでしょうが。忘れたんじゃない、あんたのことだから。」



そういって彼女は私を嘲笑った。周囲にいる女子達もクスクスと笑う。



カァッと熱が頭に上る。今の態度で確信した。こいつらだ!!



「本当に知らない?」


「は?もしかしてマジで言ってんのこいつ。」



再び聞くと彼女の表情は険しくなった。



「無くしたっていうけどちゃんと探したの?自分が忘れた可能性も考えて家に戻って確認した?その上で言ってる?」


「あんたの態度が物語ってるじゃない!!」



私は耐えきれず叫んだ。



「私を小馬鹿にした態度が!!狼狽える私を見て馬鹿にするために盗んだんでしょう!!」


「言いがかり付けんじゃねぇよ!!」



彼女も私に怒鳴りつけると椅子を倒して立ち上がる。そのまま自分の鞄を引っ掴むと勢いよくひっくり返した。教科書や筆記用具、いろんな物が机に落ちたが私の財布は無かった。



「どこにあんたの財布があるっていうのよ!!」


「別の場所に――」


「あっそう!!」



反論する私の言葉を遮って彼女は私の机に向かった。まさかまだ辱めるつもり?!



「私の席に何するつもり?!」


「あたしが中身見せたんだからあんたも見せるべきでしょうが!!」



そう言って彼女は私の鞄を乱暴にひっくり返した。色んなものが机に散らばる。その中に探していた財布もあっけなく飛び出して机に落ちた。



「これ、財布じゃないの?」


「――!!」


「結局あんたの勘違いだったじゃない!!」


「違う!それとは違う財布よ!!」



私が慌てて言い返すと彼女はつかつかと私に近寄り腕を振りかぶった。



パンッと子気味のいい音と共に私の頬に痛みが走る。



「いい加減にしてよ!あんたの被害妄想に付き合わせられるこっちの身にもなってみたら?!この際だから言うけどあんた人に謝った事あるの?いつも周りが悪い、自分は悪くないみたいな顔して!!ムカつくのよ、あんたの態度すべてが!!」



人前で殴られた……。人前で醜態を晒された――!!



「うるさい!!あんたみたいな人の気持ちも考えないで暴力で解決しようとする人間に何か言える権利あるって言うの?!」


「はぁ?!あんた何言ってるの?!」


「そもそもあんたの態度が悪いんじゃない!!礼節を持って接してくれる相手なら私だって分を弁えるわよ!!普段から疑われるような事してるからそうなるんでしょ!!」


「礼節を持ってないのはてめぇだろが!!周りはそんなあんたと関わりたくないから避けてるだけって事にまだ気づかないの?!」


「うるさい、うるさい、うるさいッ!!!」


「もう皆あんたと関わりたくないのよ!!いっそのこと消えて!!」



プツンと私の中で何かが切れた。



消えろ。そう、死ねってことか。そういうならもういい。



私は散らばった荷物の中からスマホを掴むと教室を飛び出した。



怒りにまかせて階段を駆け上がり、古びて赤茶けた扉をこじ開け、私は屋上へ飛び出す。



スマホを起動して今朝の掲示板を開いた。思ったより話内容が進んでいる。





47名無し ****年**月**日**:**:**


>>15


そもそもいじめの定義とは



48名無し ****年**月**日**:**:**


>>47


哲学的WW

でもいじめられた側がそう感じたらいじめだって言うよね



49名無し ****年**月**日**:**:**


>>48


何の意味も無く発した発言が相手を傷つける事だってあるし




掲示板の内容を見て私は顔が緩んだ。世論は私の味方だ。




50名無し ****年**月**日**:**:**


最初にスレを立ち上げた者です。

皆さん様々な意見ありがとうございます。


でももう私自身耐えられる気がしません。

皆の前で醜態を晒されました。もう学校にも、親にも顔を出せません。

これから生きていける気がしません。


51名無し ****年**月**日**:**:**


>>50


本人キター!!

っていうかえ?え?

これガチ?

ヤバい感じ?


52名無し ****年**月**日**:**:**


>>50


何があったん?

とりあえず落ち着こう?


53名無し ****年**月**日**:**:**


私はあいつらを許せません。

だから、さようなら。




そう打ち込むと私はスマホを胸に抱えた。錆びたフェンスはすでに乗り越え、足は屋上の縁に掛かっている。



怖い。けれどそれより怒りが身のうちを支配していた。



景色に背中を向けると脈打つ心臓の音を耳にしながら私はそのまま後ろに倒れた。



浮遊感、内蔵がひっくり返るかのような感覚。



直ぐさま体が地面に叩き付けられ、ごきんっと身のうちから響く音を拾って私の意識は途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る