第17話 真実を知る者
訳も分からず由衣に腕を引かれ続け、ようやく止まったと思えばそこは人気のない裏通りだ。華やかな大通りとは対照的に、露店や提灯の明かりも無い。
大きな花火の音が聞こえてくるので辛うじて祭りの風情は感じることができるとはいえ、それでは拭いきれない薄気味悪さがある。なんだか不良や痴漢が出没しそうな雰囲気だ。
そして由衣はというと俺を引いて来た体勢のまま、こちらに背を向けて立ち尽くしている。
このままではどんな目的があってここへやって来たのかさっぱり分からない。
ぜひ事情を説明して欲しいところではあるのだが……
「おい……なんのつもりなんだ……いったい……」
「……」
俺の問いかけにも由衣は答えようとせず、つい先ほどまで走っていたせいか肩を小さく上下に揺らしているだけだ。
「日菜子はどうしたんだ? まさかはぐれたのか?」
ざっと辺りを見渡しても福山さんの姿はない。
もし本当にはぐれたのであれば今すぐにでも探しに行く必要がある。
「どこではぐれたんだ? 連絡はしてみたのか?」
「……」
どんな状況であるのかを確認しようにも由衣は何も言ってはくれない。
「なあ、由衣……?」
「……」
再度の呼びかけにも反応を示さない。
「早く二人のところに戻ろう」
このままでは埒が明かないと思い、俺は繋いだ手を引いてこの場から連れ出そうと試みるが、由衣はそれよりも強い力で抵抗をしてくる。
ここから動かないという意思表示だろうか?
そうであるなら何かしらの理由を話してもらいたいのだが……
「いったい何がしたいんだ?」
「……」
「聞いてるのか?」
「…………」
「ひょっとして調子悪いのか?」
「………………」
何度聞いても何の返事も無く、もしかして具合が悪いのではないのかと心配になってしまった。
由衣の肩にそっと手を乗せ、ゆっくりとこちらを向かせる。
「ゆ、い……?」
「……おにいちゃん」
赤く染めた頬、涙が今にも零れ落ちそうなほどに潤んだ瞳。
あきらかに由衣は普通の状態ではなかった。
「大丈夫か!? 由衣!」
てっきり異常事態かと思い、由衣の両肩を掴んでこちらに引き寄せ、まじまじと顔色を窺ったのだが……それがよくなかった。
――完全な、不意打ちだ。
「ん!?」
「……ッ」
ふわっと小さな風が吹き、それに乗って控えめな香水の香りが鼻腔をついてくる。
目の前には由衣の前髪がパサリと垂れ、なにか心地の良い感触が唇に重なった。
あまりのことに最初は状況が理解できず、数秒経ってからようやく由衣にキスされているのだと気が付いた。
「や、やめてくれ!」
俺は慌てて後ろに下がり由衣との距離をとる。
まさかこんな場所でキスをしてくるなど思いもしなかった。
ものの数秒で心拍数はありえないくらいに上昇してしまい、全力疾走をした後のように息が上がってしまう。
「……なに、するんだよ」
福山さんと相羽君とのダブルデートの最中だというのに、あまりにも非常識だろう。
俺は動揺を見せぬようにし、真っすぐと由衣に厳しい視線を向けた。
「自分が何やってるのか分かってるのか?」
強い口調で責めるように言い放つ。
これまでの経験を踏まえるなら、こういった場面で由衣に優しく接しても良い結果にならないだろう。
泥沼にはまらないためにも、明確に拒絶しなければならない。
「こんな馬鹿げたこと……いい加減にやめるべきだ」
俺の言葉に由衣の表情は苦悶に満ちたものになってゆき、すがるように見つめられる。
「私は……お兄ちゃん、が……好き、だから……」
驚くほどに震えた声。
小さく細切れになりながらも由衣はそう言った。
酷く辛そうな顔だ。
そんな顔を見てしまうと心が揺らいでしまう。
……優しく、したくなってしまう……
「それはおかしいだろ……由衣は相羽君と付き合ってるんだから……」
「自分でも、間違ってるって……分かってる…………でも、無理なの……どうしたって、お兄ちゃんを好き気持ちが……無くなってくれないの」
「……由衣」
由衣の本音を聞いてしまい、誘惑に負けそうになってしまう。
今ここで優しく抱きしめて俺の気持ちを伝えてしまいたいと心が叫んでいる。
でも俺はそれを抑え込んで、しっかりと由衣に言い聞かせなければならない。
それが兄としての役目だろう。
「それは許されない事だよ……変わらないと駄目なんだ……」
「無理だよ……だって――こんなに苦しいもん……」
由衣は自分の胸を強く押さえつけ、訴えかけるように語り始める。
「この浴衣もね……お兄ちゃんに見てほしくて買いに行ったの」
由衣は悲痛な作り笑いを浮かべながら――俺に語り掛けてくる。
「綺麗だねって……言ってもらいたくて……一生懸命……選んだの」
世界で一番美しい浴衣姿で――俺に語り掛けてくる。
「今までと違う私を見てもらえたら……お兄ちゃんも、本音で……話してくれるんじゃないかって……思ったの」
確かに俺は今までと違う由衣を見て、見事に打ちのめされてしまっていた。
惚れ直したと言ってもいい。
「ねえ……私の浴衣姿、綺麗かな?」
「そういうのは……か、彼氏に言ってもらうもんだ」
「私は、お兄ちゃんに言ってほしいの」
「だからそれは俺の役目じゃないって――」
「嫌だよ……お兄ちゃんじゃないと……嫌だ……」
「……わがまま言わないでくれよ」
許されるのであれば、俺だって由衣の気持ちに応えたい。
容姿を褒めて、愛を伝えて、幸せにすると誓いたい。
由衣の全部を手に入れて、俺のすべてを捧げたい。
でも……それをしたとして誰が俺達兄妹の関係を認めてくれるのだろうか?
きっと誰にも許されることなく、由衣に辛い思いをさせるだけだろう。
仮に誰にも知られずに一生隠し通したとして、それが本当の幸せと言えるのだろうか?
きっと違うはずだ。
「俺達は兄妹なんだぞ?」
「関係ないよ」
「……こんなの普通じゃないって」
「兄妹だからとか、普通じゃないとか……そんなので誤魔化さないでよ」
「別に誤魔化してるわけじゃ――」
「誤魔化してるよ……お兄ちゃんは、嘘つきだよ……」
そう言った由衣の表情は先程までの弱々しかったものから少しずつ変化していく。
訴えかけるような視線は俺を責めるようなものに変わり、力強いものになる。
「私……知ってるんだよ」
「……知ってるって……何を――」
覚悟を決めたような由衣の声色に、まるで俺は追い詰められているかのようだった。
心の中を由衣に覗き見られているような感覚だ。
「私のこと……好きなんでしょ?」
「――え?」
「私のこと、女の人として……見てくれてるんでしょ?」
突然のその言葉に、思わず全身が硬直してしまう。
そして体の固さとは裏腹に、それに対してどんな言い訳を用意するべきだろうかと考えが巡った。
ストレートに『そんなことはない』と言ってみるか? それとも『妹として好きだよ』とでもお茶を濁してみるか?
いくつかの選択肢のどれを選んでも、良い結果に結びつく想像ができない。
「……由衣は……良く出来た妹だよ……自慢の妹だ」
悩んだ末にそんな答えになっていない返答をしてしまう。
でも仕方がないだろう。素直に由衣のことが好きだと言う訳にはいかないのだから……
俺の頭じゃこれ以上のことは考えつかなかったんだ。
できる事と言えば早くこの話を終えてくれと必死に祈るくらいで、でもそれは叶わず、次に由衣から聞かされる言葉はさらに俺を窮地に追い込むものになる。
「全部、聞いたんだよ……新庄君から」
身体中の血液をすべて抜かれたようだった。
「私に告白してくれた時のことも……綾香先輩とのことも…………全部、聞いたの」
ああ――
「もう誤魔化さないで」
できることなら、この場から逃げ出してしまいたい。
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