第16話 わけあり

 花火大会の時間が迫り、人混みはピークに達している。

 本日のメインイベントに多くの見物客は心躍らせている事だろうが、今の俺にはそんな余裕はなかった。


「完全にはぐれましたね」

「ああ」


 なぜなら俺と相羽君は由衣達を見失うという失態を犯していたからだ。

 こういう事態にならぬよう、常に視界には由衣の姿をとらえていたのだが、人の波に押し流される形で引き離されてしまった。


「う~ん……だめっすね。連絡が付かないです」

「……こっちもだ」


 そして原因は分からないが由衣と福山さんの両方ともに電話が繋がらない。

 コール音はなるので電源が切れているわけではないようだが……喧騒にまぎれて気が付かないのだろうか?


「まいったな」


 女の子を二人だけにしておくのはとても不安だ。

 せめて居場所だけでも分ればいいのだが……


「しょうがない。とりあえずさっきの屋台まで戻ってみようか」

「そうですね」


 連絡がつかない以上、足を使って探すしかない。

 俺達はすれ違う人々にぶつからない程度に歩みを早め、元来た道を戻ることにした。

 

 ナンパ野郎に絡まれたりしてないと良いのだが……痴漢などの心配もあるし、とにかく一刻も早く合流したいところだ。

 今のところ送ったメッセージに既読が付いていないので、まだ気が付いていないみたいだが、とりあえず向こうからの連絡にはすぐ出られるようスマホを手に持っておくことにする。

 そして右に左に視線を動かし、由衣達を探す。

 

「あの、優人さん」

「ん? どうした?」


 キョロキョロと周りを見渡しながら歩いていると後ろを歩く相羽君から声が掛かる。


「歩きながらでいいので……少し、聞いて欲しい事があるんですけど……」


 随分とかしこまった様子だ。

 後ろをちらりと振り向き、彼の表情を確認すると真剣な顔をしている。

 とても茶化すような雰囲気では無い。


 察するに悩み事の類だろうか。

 俺なんかが役に立てるとは思えないが、話を聞いてもらうだけでも気が楽になることもある。

 少し歩く速度を落とし、彼の言葉に耳を傾けることにした。


「俺で良いならなんでも聞くけど」

「……ありがとうございます」


 とりあえず聞くことだけなら誰でもできる。

 礼を言われるような事じゃない。


「えっとですね……さっきの話なんですけど」

「さっきの話?」

「はい」

「いろいろあるって、言ってたやつか?」

「そうです」


 先程までは詳しい内容を避けるような物言いだったが、どういった心境の変化だろうか?

 状況の違いと言えば、由衣達がいないという事だが――


「……由衣に聞かれたくないような話ってこと?」

「まあ、そんなところです」


 ってことは由衣絡みの悩みってことだよな……

 ますます俺が役に立ちそうにない話題だ。


「実は……由衣には好きな奴がいるんです」

「……!」


 彼の発言に、ドクンと心臓が鳴る。

 

「それって……どういうこと、なのかな?」

「端的にいうと由衣は俺じゃない男が好きなんですよ」

「え~っと……でも君達付き合ってるんだよね?」

「はい」


 俺の白々しい演技を不審に思うことなく、相羽君は話を続けていく。


「初めに告白した時は好きな人がいるからって断られて……でも、諦めきれなくてもう一回告白したんですけど、やっぱり同じこと言われて断られたんです」 


 弟くんの情報だと二回目の告白でOKをもらったと聞いたのだが……


「それでちょっとその男のことを聞けたんですけど――」


 相羽君がそう口を開いた瞬間、俺は思わず大きく後ろを振り向いてしまった。


「? どうかしましたか?」

「いや……なんでもない……続けて」


 もしかして由衣が俺との事を相羽君に話してしまったのかと危惧したのだが、彼はキョトンとした顔を晒していた。

 俺の名前を出すことなく、内情をそれとなく伝えたという感じだろうか……

 

「話を聞く限り、どうやら脈が無さそうみたいなこと言ってたんで、それならお試しでもいいから俺と付き合ってくれって頼み込んだんです」


 大したやつだな。

 俺なら告白を断られた時点でショックで寝込むかもしれん。


「そいつより俺のこと好きになってもらえるように頑張るからって。チャンスをくれってお願いしたんです」


 そこまでするほど、由衣に惚れこんでるということなのだろう。

 由衣が人に好かれるのは喜ばしい事なのだが、それが恋愛感情となると俺としては少し複雑な気分になる。


「最初は難しい顔されましたけど、だいぶ悩んだ後にOKもらえました」

「……なるほどな」


 どういう経緯で由衣と相羽君が付き合い始めたのかは詳細が分かった。

 相羽君が悩むのも当然といえる。


「でもバイトとか重なって思うように進展しなくて、デートをしたらしたで由衣にはリードされっぱなしだし……俺からもっとアプローチしないといけないのに、上手くできなくて……」

「はたから見てればお似合いのカップルにしか見えないけどな」

「由衣は誰にでもあんな感じですよ。分け隔て無いって言うか」


 それはそれで問題があるような……

 なんとも男が勘違いしそうな話である。


「だからもっと由衣と仲良くできるように、優人さんにアドバイスをと思った次第で……」

「……そうか」

「なんか由衣の好みとか、喜びそうなこととか教えていただければ助かるのですが……」

「由衣の喜びそうなこと、ね……」


 あらためて聞かれると返答に困るな。

 兄妹そろっていつも家にいることが多かったし、やることと言えば二人でゲームをすることがほとんどで、あまり参考になるようなものはない。

 それに俺自身、福山さんとのデートでは上手くやれているとは言えないので、色恋沙汰について偉そうにアドバイスできる立場でもない。

 

「ごめん。そういう話は……俺じゃ役に立てないかな」

「そう、ですよね……すいません。変なこと聞いちゃって」

「……悪い」

「いえ……聞いてくれて、ありがとうございます」


 礼を言われるが彼の声は残念そうなものだった。

 振り向いて彼の顔を見る。


「今の話は忘れてください」


 不安を払拭するように、相羽君は作り笑いを浮かべる。

 

 そして、丁度そのタイミングだった。

 身体の芯にまで響く大きな音が鳴り、一帯が見物客の歓声で包まれる。

 空を見上げれば見事に色鮮やかな花が咲き乱れていた。


「始まっちゃいましたね」

「ああ」

 

 本来なら落ち着いて見物できる場所を探し、四人で一緒に見る予定だった。

 しかし由衣達の姿を見つけるどころか、未だに連絡すらつかない。


「俺、もう一回連絡してみます」

 

 相羽君がそう言ってスマホを取り出し、操作を始めた瞬間――


「――えっ!?」


 急に俺の腕が誰かに掴まれ、その場から引き離されていく。

 スマホに視線を落としていた相羽君はこちらに気が付かず、その姿はあっという間に人混みに消えていった。


「お、おいっ! なんのつもりだ!」


 こんなことをする奴はどこのどいつだと怒りがこみ上げ、無理やりにでも腕を振り払おうとしたのだが、俺の手を引く人物の着ているものが目に入ったとたんに身体の力が抜けていった。


「由衣……」


 後ろ姿で顔は見えないが、先ほどまで見惚れていた浴衣姿がそこにはあった。

 由衣は言葉を発することなく、前に進み続ける。

 下駄を履いているのにのにもかかわらず、器用にもカラカラと音を立てて走っていく。

 

「どこに行くつもりなんだよ!」


 由衣は何も答えてはくれない。

 かわりに、走ることによって少し荒くなった息遣いだけが聞こえてくる。

 

 なぜこんなことをするのかと――

 由衣の意図が分からず混乱しながらも、その後姿を見つめ、「ああ、うなじが綺麗だな」と、そんな馬鹿な事を俺は考えてしまっていた。

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