第15話 初めまして
「あ、あの……福山、日菜子です」
「妹の由衣です。いつもお兄ちゃんがお世話になってます!」
「え、いや……お世話になってるのは、私の方で……」
「そんなことはないと思います! お兄ちゃんは抜けてるところがあるので!」
由衣と福山さんの初対面。
予想通りというかなんというか、福山さんはおどおどとして、会話一つに一苦労といった感じだ。
対して由衣の方は明るくハキハキとしている。
「日菜子さんの浴衣姿とても素敵です! とっても綺麗」
「え、あ、あ、あの……ありが、とう……由衣ちゃんも、すごく可愛いよ」
由衣に綺麗と言われ、福山さんは顔を真っ赤にすると自分の手元に視線を移しモジモジとしている。
彼女は基本的に褒められることに対して慣れていないので仕方ないとは思うが、人によってはあまり良い印象を受けない反応だろう。
ただ、由衣はそんなこと無かったようで――
「……良かった。日菜子さんが優しそうな人で」
ホッとしたように、小さくそう呟いていた。
おそらくは先輩と比べての発言だろう。
まあ、あれだけ先輩と言い争ったわけだし、そういう感想が出てきても仕方のないことか。
「あ、あのっ!!」
「うおおぉっ!!?」
由衣と福山さんのやり取りを固唾を呑んで見守っているところに、突然真横から大きな声を掛けられる。
声の主は相羽君だ。
いつの間に近づいて来たのか、全く気が付かなかった。
もっとやんわりと声掛けしてもらえないだろうか、心臓に悪い。
「俺、相羽大和って言います! 妹の由衣さんとお付き合いをさせてもらってます! よろしくお願いします!!」
「お、おう……」
とても元気の良い事で、すげぇ大きな声で挨拶をされる。
そのせいで周りの人が何事かとこちらをチラチラと見ているわけだが、まあ恥ずかしい。
「えっと、澄谷優人です。……由衣の兄をやってます」
どのように自己紹介をしていいのか考えがまとまらずに口を開いたらそんな事を言ってしまった。
兄をやってるってなんだよ……
「ふふっ、なにそれ」
由衣に笑われてしまった。
そして福山さんは緊張している俺の姿を物珍しそうに見ている。
「あの、お兄さん!」
「いや優人でいいよ」
君にお兄さんと呼ばれたくはない。
「優人さん!」
「うん」
「今日は、その……いい天気で良かったですね!」
「そうだな」
「……」
「それだけ?」
「……はい」
「……」
「…………」
男二人見つめ合う。
なんて行き当たりばったりな会話だろうか。
「相羽君」
「は、はい!」
ここは年上らしくリードしてあげようと思い口を開いたのだが、情けない事に何も浮かんではこない。
福山さんのように俺も事前にシミュレーションしておくべきだったなと、今頃になって後悔をした。
「今日は……暑いね」
「そう、っすね……」
結局やる気の感じられない会話になってしまう。
それを聞いていた由衣は笑いを通り越してあきれ顔になっていた。
「あのねえ……二人そろってポンコツなんだから」
ついにはポンコツ呼ばわりだ。酷い。
「ね、日菜子さん。しょうもない男達はほっといてお店を見て回りましょう!」
「えっ!? あ、あのっ……!」
由衣は俺の元から福山さんの手を奪い取り、立ち並ぶ露店の方へと向かってしまう。
その際、福山さんはどうしたら良いものかとこちらに視線を向けるも、強引な由衣に負けてそのまま手を引かれていった。
「行っちゃいましたね」
「……そうだな」
俺と相羽君はその場取り残され立ち尽くす。
さて、彼と一体どんな絡みをすればいいのだろうか?
できれば良好な関係を築いていきたいとは思っているのだが、互いに緊張してしまっているこの状況で上手く打ち解ける自信が無い。
間を取り持ってくれる存在であろう由衣は遠くへと行ってしまったし……
「はぐれても面倒だし、とりあえず後をついて行こうか」
「そうっすね……」
由衣に愛想を尽かされた俺達は、寂しく後を追うのだった。
――
夜が近づくにつれ、人の波が大きくなってきた。
すれ違う人々とぶつからぬよう気を使い、楽しそうに露店を見て回る由衣達についていく。
最初はおっかなびっくりだった福山さんも、時間が経つにつれ慣れが出てきたのか、今は幾分表情に軟らかさがある。
口数は以前として少ないものの、良い雰囲気を作れていると言っても良いだろう。
「いや~なんか俺達蚊帳の外っすね」
「まあな」
由衣は俺達に目もくれず積極的に福山さんに話しかけているし、福山さんはその対応で一杯一杯のようだ。
なので必然的に俺達は男二人で会話を重ねることになる。
いつぞやの先輩達とのデートと似たような状況だろうか。
あの時も由衣と先輩が楽しそうにお喋りをしていて俺と弟くんが取り残され気味だった。
まあ、あの弟くんと違って相羽君は俺を先輩扱いしてくれるのでまだ良いが……
とはいえ由衣も由衣で彼氏をほったらかしにしていて良いのだろうか?
なんだか相羽君が少し寂しそうな顔をしている気がするのだが……
大事な彼氏の相手を俺なんかにさせてどうするんだ。まったく――
「そう言えば相羽君はバイト忙しいんでしょ? よく夏祭りに休みとれたね」
少しは先輩らしくせねばと、無理にでも話題を振る。
沈黙だけが続く状況は極力避けたい。
「ああ、それはですね。夏祭りだけはどうしてもってお願いしたんですよ。代わりに他の日は普通に忙しんですけど……」
「へえ……じゃあせっかくの夏休みなのにあんまり遊べないんじゃない?」
「そうなんですよね……デートとかあんまできないし……由衣に申し訳ないっていうか」
相羽君は先に居る由衣に視線を向け、酷く悲しそうな顔になる。
「こんなんじゃ、また振られちゃいますよね」
「……えっ?」
「いや実は俺、一回振られてるんですよ。最初に告白した時に……」
それは弟くんの報告で聞いていた話なので知っている情報だ。
ただ彼から直接聞かされるとは思わなかった。
「このままじゃ……駄目なんすよ」
「その程度の事で由衣が愛想を尽かすとは思わないけど」
「いや、ちょっと、いろいろ事情がありまして……」
「いろいろか」
「そうなんです。いろいろなんです」
相羽君はあからさまに笑ってごまかす。
由衣と彼との間に何があるのか気になるところではあるが、これ以上突っ込んだことを聞けるはずもない。
「それよりも何で優人さんが俺のバイトの事しってるんですか?」
「え? あ、ええっと……それは……由衣から聞いたから……」
「ああ、なるほど」
俺の嘘を信じてくれたのか、相羽君はそれ以上は何も聞いてこない。
「……楽しそうですね」
相羽君は先を行く彼女を眺めながら、少し寂しそうに呟いた。
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