第11話 提案
俺の心臓は飛び跳ねながら逃げ出そうとしているようだ。
身体中からは汗が吹き出し、コントローラーを握る手のひらはヌルヌルとして気持ち悪い。
やはり尾行なんてするんじゃなかったと、後悔の波が激しく打ち寄せてきた。
「お父さんと一緒に私達をつけて来てたよね? あんなに近づいてさ……気づかないと思った?」
由衣は淡々と話し、感情が読み取れない。
呆れているのか、それとも怒りを抑え込んでいるのか、どちらにせよ負の感情であることには違いないだろう。
「どうして尾行なんてしてたの?」
由衣の無感情なその声が、俺の恐怖心を起こさせる。
次の瞬間には由衣の怒りが爆発するのではないかと、すさまじい緊張感だ。
適当な言い訳をして誤魔化せるような雰囲気では無い。
「……ねえ、どうして?」
俺は緊張から身体が固まってしまい、由衣の方を向くことができない。
GAME OVERと表示されたゲーム画面を見つめたまま、精一杯に口を開く。
「……ご、めん」
情けない事に、喉がつかえてかすれたような声しか出せなかった。
そもそも「どうして?」と聞かれているのに対して、謝罪から入るのはおかしな話だとは自分でも思う。だけど、俺にはどう説明したらいいものか分からなかった。
「別に、謝って欲しいわけじゃないんだけどな……」
本当だろうか?
怒ってはいない……ということなのだろうか?
いや……初デートを尾行されて怒らないなんてことがあるのか?
……わからん。
「どうせ父さんが言い出したことなんでしょ?」
そのとおりだ! と言うのは簡単だ。
でも俺はそれだけはしたくなかった。
過程は褒められたものではないが、父さんは最終的に由衣達の関係を認めていたのだ。
ここで父さんを悪者にするのは卑怯だろう。
「いや……俺が、由衣のことを、気になって……だな……」
きっかけはどうあれ、本心ではそういうことなんだ。
父さんの誘いがあろうとなかろうと、俺は似たような行動をとっていたかもしれない。
「私の心配をしてくれたの?」
心配だけならまだよかったのだが……半分以上はみっともない嫉妬だ。
でも、それは言えない。
言うわけにはいかない。
「…………」
「お兄ちゃん?」
黙っていると、由衣は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
目と目が合ってしまい、俺は思わず顔を背けてしまう。
「……まったく、しょうがないなあ」
俺の情けない様子に、由衣は呆れたようにため息をつくと――
「えっ!? ゆ、由衣!?」
突然、由衣はソファーに横になり、自分の頭を俺の膝の上に乗せてきた。
いわゆる、膝枕というやつだ。
「な、なあ、いったい何を――」
「いいから!」
俺の言葉は途中で遮られ、由衣は俺の脚に手を添える。
そしてそのまま、柔らかな手のひらで俺の太ももを撫でてくる。
由衣のやわらかな手の感触と指使いが妙に艶めかしく、なんというか、その……とても気持ちが良い……
「お兄ちゃんも私の頭、撫でて?」
「……」
この行動の意図が分からない。
はたして言われるがまま、由衣の頭をなでなでしても良いのだろうか……?
「……だめかな?」
由衣はとどめとばかりに、えらく甘えた声を出した。
そんな風にお願いをされて俺が断れるはずもない。
俺は由衣の頭に手を乗せ、そのままゆっくりと撫でてあげる。
サラサラとした髪の毛がとても心地いい。
「昔は良く、こうしてもらってたよね」
「そう、だっけか……」
「うん。……私ね、お兄ちゃんに頭撫でてもらうの……好きなんだ」
俺も同じだ。
こうやって由衣と触れ合う事が、大好きでたまらない。
だからこそ、こういうことはすべきではないとも思う。
自分の気持ちを、抑えきれなくなるから……
「ねえお兄ちゃん。今日のデートさ……ちゃんとできてたかな?」
「……ああ、良い雰囲気だったと思うぞ」
「そっか」
羨ましく思うくらいに、相羽君に嫉妬してしまうくらいに、彼の事を嫌いになってしまうほどに、良いデートだった。
「……あのさ、私の事が心配なら……その……今度は一緒にデートしない?」
「えっと……それって――」
「ダブルデート。私と大和、お兄ちゃんと彼女さんとで、みんな一緒に」
「それは……」
あまり、気の進む話ではなかった。
できることなら、由衣が他の男と仲良くしているところなど、見たくはないから……
でも、四人一緒に行動するなら、由衣と相羽君がアンナコトやコンナコトする心配も減るわけで……
あながち悪い話でもないのだろうか……
「夏休みに、大和と夏祭りに行く約束してるの。お兄ちゃん達も一緒に行かない?」
「……」
心の中では一緒に行きたい方へと傾き始める。
そもそも人見知りな福山さんが了承してくれるかさえも分からないのに。
それだけ今日のデートは羨まし過ぎた。
俺もその中に入りたいと、由衣の隣に居たいと、そう思ってしまう。
「……お願い」
由衣が俺の膝を強く握りしめ、懇願するように、もう一度「おねがい」と声を漏らす。
「……分かったよ。彼女には俺から言っておくから」
「ほんと?」
「ああ。一緒に行こう」
「……うん。……ありがとう」
この決断がどんな結果をもたらすかなど、俺には想像もつかない。
でも、四人で行動するならば、取り返しのつかないような事にはならないだろうと思った。
由衣には相羽君が、俺には福山さんがいる。
第三者の目があるならばお互いに暴走するような事はないだろう、と――
「ほんとはお兄ちゃんと二人きりで行きたいんだけどな……」
由衣の小さな独り言――
俺は聞こえないふりをした。
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