第10話 驚き

 敗残兵のごとく早々に逃げ帰った俺はリビングで一人寂しくゲームをやっている。

 一緒に帰ってきたはずの父さんはフラフラとどこかに出かけ、母さんも買い物に行ってしまい、家に居るのは俺だけだ。由衣もまだデートから帰って来ることはないだろう。

 静かな空間に一人でいるとどうも落ち着かない。

 油断すると幸せそうに手を取り合う由衣達の姿を思い出してしまうからだ。

 なので気を紛らわせたくてコントローラーを握り、普段は一人でやることのないゲームに手を付けていた。

 本来なら多人数でプレイするようなパーティーゲームを選び、CPUを最弱に設定して、八つ当たりのごとくガチャガチャと乱暴にコントローラーを操作する。

 雑念を払うためにTVの音量をこれでもかというくらいに大きくしていた。

 

「お兄ちゃん! 耳悪くするよ! 音量落とさないと!」


 TVの大音量に負けじと、由衣が後ろから大きな声で注意をしてくる。


「ん? ああ、すまん。分かっ…………えっ?」 

 

 驚いて勢いよく振り向いてしまった。

 まだ帰って来ることはないだろうと思っていたのだが……

 由衣は呆れたような顔で俺を見下ろしている。


「音、うるさいって!」

「お、おお……いま下げるよ……」


 由衣は眉間にしわを寄せ不快感をあらわにしていた。

 俺は慌ててリモコンを手に取りゲーム音を下げる。


「……早かったんだな」

「うん」


 もっと遅く帰って来るものだと思っていたのだが随分と早い。

 二人のデートはとても良い感じに進んでいたように見えていたのだが、あの後は上手くいかなかったのだろうか? 相羽君とトラブルがあった……とか?

 

「何か、あったのか?」

「……? ……なにが?」


 由衣は不思議そうな視線を向けてくる。

 それもそうか……由衣からしてみれば、俺はデートがあったことを知らないはずだ。

 うかつなことを聞いてしまった。


「あ、いや……すまん。何でもない」

「……変なの」


 由衣に怪訝な顔をされてしまう。

 まずいな……墓穴を掘ってしまったかもしれない……


「お兄ちゃんこそどうかしたの? 一人でゲームしてるの珍しいし、しかもあんな大きい音でさ」

「……まあ、たまにはな……そんな気分だった……」

「ふうん、そう」


 由衣はそれ以上は興味が無いといった様子で台所の方に歩いて行ってしまう。

 とりあえずは追及されるような事が無くて良かった。

 デートの予定を知っていたことだけならまだしも、尾行をしていたことまで知られるわけにはいかないからな。

 

 台所にいる由衣の様子を窺うと、冷蔵庫を開き、作り置きの麦茶を取り出していた。


「ん? お兄ちゃんも飲む?」


 俺の視線に気が付いた由衣がそう聞いてきた。


「……ああ、頼む」


 別にお茶が飲みたくてそちらを見ていたわけではないのだが、まあいいか……

 由衣は二人分のコップに麦茶を注ぎ、こちらに運んで来た。

 それをテーブルに置き、俺の隣に腰かける。


「ずっとゲームしてたの?」

「いや……ちょっと前から始めた」

「そっか。一人でやってて楽しい?」

「まあ……それなりにな……」


 楽しくなんかない。

 俺は由衣と一緒にゲームをするのが好きなのであって、一人でやるのは寂しさを増幅させるだけだ。


「弱いコンピュータとやってるから上手くなれないんだよ」

「……そうだな」


 別に強くなりたいわけじゃない。

 勝って喜ぶ由衣の姿が可愛らしくて好きなんだ。

 

「…………あのさ、由衣」

「なあに?」

「……一緒に、どうだ? ゲーム、やらないか?」


 そう言って俺は由衣にコントローラーを差し出す。

 一緒に遊びたい、一緒にゲームをしたい……その思いがどんどん大きくなっていく。

 これからの由衣の時間は彼氏のために使われるようになり、俺と過ごす時間など無くなっていくのだろうと考えると、どうしようもなく悲しい気持ちになってしまうから……

 だからせめて、今くらいはと、そう思ったのだが――


「今日は疲れたからいいや」


 由衣には素っ気なく、面倒そうに、言われてしまった。

 昔なら俺から誘うまでもなく、由衣からしつこいくらいに遊んでとせがまれていたはずなのに……

 それがどうだ。

 こんなふうに無下に断られるなど、思いもしなかった。


「……そうか」


 妹に遊ぶのを拒否されただけで、俺は泣きそうになっていた。

 涙がこぼれないように、下唇を強く噛みグッとこらえる。

 由衣から目を背け、TV画面に視線を戻し、ゲームを再開した。


「……」


 隣では由衣が静かにお茶を飲んでいる。

 俺は格下のCPU相手にすら手こずってしまう。

 こんなに楽しくないゲームは初めてかもしれない。

 楽しくないどころか、ただただ苦痛である。

 もうコントローラーを投げ捨てて、部屋に閉じこもろうかとさえ思ったほどだ。

 

「ねえ、お兄ちゃん」


 お茶を飲み終えた由衣が、静かに話しかけてくる。

 てっきり俺の下手糞なゲームプレイに苦言を呈してくるのだろうと思ったのだが、由衣から放たれた言葉はまったく違うものだった。

 

「どうして今日――

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