第8話 暴走
弟くんの情報によると、今日は由衣とその彼氏である
そして俺は今、父さんと一緒に由衣のあとをつけるという馬鹿な行いをしている。
父さん曰く、相羽君に問題がないかを見極めるための行動らしい。
当然俺はそんな必要無いと反対をしたのだが、まったく聞き入れてもらえなかった。
そしてなぜか強制的に俺も参加させられてしまった訳だ。
「おい、あんま前に出んな。見つかるだろ」
「お、おお……すまん」
由衣に見つからぬよう距離をあけ、物陰に隠れながら慎重に進んでいるというのに、はやる気持ちが抑えきれない父さんはつい前に出過ぎてしまう。
俺はそんな父さんの首根っこを掴まえ、犬のリードを引く飼い主のように制御をしていた。
「あんまり離れると見失わないか?」
「このくらい大丈夫だって。見つかった方が不味いだろ」
「そうか……そうだな」
もう完全に周りが見えていないんだよな。父さん。
ここ最近は由衣と口も利いてもらえてないみたいだし、焦りが出ているのだろう。
もう少し一家の大黒柱らしくドンと構えていればいいものを、こんなコソ泥みたいなことをしてさ。
「……なあ優人。俺だってな、分かってるんだよ……こんな事したって由衣は嫌がるだけだってさ」
やけに覇気のない声で、父さんが語りだした。
一応、馬鹿な事をしている自覚はあるのだろう。
「でもよ、理屈じゃねえじゃねえか。こういうのは。相手がどんなに立派な男でも、俺はそう簡単には納得できねえんだよ」
その気持ちは痛いほど理解できてしまう。
本来なら「上手くいくと良いね」と、幸せを願ってあげるべきなのだろう。
でも、分かっていてもそれができない。
難儀な生き物である。
「今まで男っけなんか全くなかったのによ……なんで急に……」
父さんの言葉の端々が悲痛な叫びのようにも聞こえる。
本当にショックだったのだろうな……
「くそッ、考えれば考えるほどムカついてくる。相手の男を一発ぶん殴ってやろうか」
「頼むからそれは止めてくれ」
普通に犯罪であるし、そこまでやってしまうと由衣に親子の縁を切られてしまわれかねない。
そうなればこの父親は二度と立ち直れなくなるのではないだろうか。
家庭内も冷え切りそうで怖い。
「分かってる。冗談だ。でももし本当に殴りたくなったら代わりにお前を殴ることにするよ。安心してくれ」
「……それも止めてくれ」
なんで俺の扱いだけそんな雑なのか。
娘は可愛くて息子はどうでもいいのかな?
まあそれも冗談なんだろうけど一応警戒はしておこう。うん。
その後も父さんの小言を聞きながら尾行を続けていると、由衣はとある場所にやってきた。
ここはそう……あの時の、由衣と先輩達とで出かけた時の、待ち合わせ場所だ。
もしかしたら今回のデートプランは由衣が用意したもので、目的地もあの遊園地ではないだろうかと、なんとなくそんな気がする。
この場を見て、俺はあの時のデートを思い出してしまった。
抱えた問題を解決するための先輩の作戦を、それに対しての由衣の激高を――
できることなら、あの時にすべてを解決させておきたかった。
過去の自分に、後悔だけが残る。
「ったく、由衣を待たせやがって……男なら先に来てろってんだ。くそったれめ」
俺が感傷的になっている横で、父さんは遠くにいる由衣を見つめながら怒っていた。
由衣が早く着きすぎた可能性もあるだろうに、どうあっても相羽君を悪者にしたいらしい。
もう少し大人の余裕というものを見せてもらいたいものだが……まあ、無理なんだろうな。
建設的な発言が一切なく、恨み言ばかりの非常に鬱陶しいBGMとなっている。
「……ほら、来たみたいだぞ」
それほど待つことなく、肝心の相羽大和君らしき人物が由衣のもとへと駆け足で近づいて来た。
由衣もそれに気づき、小さく手を振っている。
「アレが相羽なんちゃらか」
「相羽大和君な」
父さんは我が子に走り寄る男子高校生に憎悪を向ける。
眉間にしわを寄せ、唇をわなわなと震わせていた。
「くそ、何話してんだ。おい、気になるじゃねえか」
俺達は二人に見つからぬよう、遠目からしか様子を窺う事ができない。
当然会話などは聞こえてこないので、父さんはやきもきとしていた。
肝心の相羽君はというと、初めてのデートで多少の固さを残しているものの、笑顔だけは満点である。
「あの野郎ニコニコ笑いやがって……なにがおかしいってんだ」
「いや、初デートが嬉しいんでしょ……」
もはや父さんはこの世のすべてが気に入らないようだ。
デートに乱入するなどの過激な事まではさすがにしないと思いたいが、この様子では少し不安になってしまう。
頼むからこれ以上、余計な事はしないでくれと俺は願った。
――
その後、由衣達は俺の予想通りというか、例の遊園地に来ていた。
楽しそうに園内を見て回り、最初はどこかぎこちなかった様相も、次第に和やかな雰囲気へと変わっていった。
遠慮がちに空いていた二人の間の距離も、今ではお互いの手の甲が触れ合うまで近づいている。
「あの野郎、なんで手を繋がねえんだ。甲斐性なしの腰抜けが」
父さんはそんな二人の一挙手一投足にすら不満を漏らし始める。
どうせ手を繋いだら繋いだで文句を言うくせに、なんと都合のいい思考だろうか。
「ん……?」
いい加減、父さんの愚痴に嫌気がさしていたところ、由衣達がその場で立ち止まった。
何をするつもりなのかと様子を見ていると、由衣が何やら笑顔で話している。
「「あっ」」
俺と父さんは二人そろって間抜けな声を上げてしまった。
由衣と相羽君が手を繋いだからだ。
由衣が手を差し伸べ、相羽君は照れながらそれを手に取る。
そんな初々しい姿が、俺達の心に突き刺さった。
「クソ野郎が……由衣の手を触りやがって……」
案の定、父さんは手を繋いだことに対してキレていた。
さっきは手を繋げない事を馬鹿にしていたくせに……
「ちくしょう……くっつきすぎだろうが……!」
由衣達は手を繋いだまま、腕を密着させて歩いている。
どこからどう見ても、立派な恋人同士だ。
「……おい優人。もっと近づくぞ。会話が聞こえなきゃ話にならん」
父さんの暴走はまだ続く。
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