第7話 情報

 三万円は大金である。

 小遣いでやりくりしている俺からすれば凄く魅力的だ。でも、そんな大金を受け取ったからといって、父さんの願いを聞き入れて良い理由にはならない。

 この件に関しては、由衣はハッキリと嫌悪感を示していた。これ以上に首を突っ込もうものなら、さらなる反発を生むであろう。

 だから父さんには断りを入れるべきなのだ。

 分かってはいる……

 分かっていたのに……俺は好奇心に負けてしまった。

 バレたら由衣に嫌われるだろうなと考えながら、俺は妹の彼氏を調べるために行動を起こすのだった。



――



 一週間後、生徒会室。

 俺は弟くんこと新庄しんじょう貴志たかしと対面していた。

 由衣の彼氏についての調査結果を聞くためだ。


「悪いな。迷惑かけて」

「まったくだ。姉さんの頼みじゃなかったら断ってたよ」

「……恩に着る」

「もう二度と頼んでくれるなよ」


 俺だって弟くんには頼りたくはなかった。

 ただ、俺には一年生の知り合いがほとんどいなく、こいつしか選択肢が無かったのだ。

 しかし俺は弟くんに嫌われており、面倒事を普通に頼んでも断られることは想像に難くない。なので先輩に事情を話し、仲介してもらった次第だ。

 こいつは姉に弱い。

 申し訳ないがそこを利用させてもらった。


「それじゃあ、とっとと始めるぞ」


 弟くんはスマホを操作し、俺にいくつかの画像を送ってきた。


「そいつが澄谷の彼氏だ」


 俺のスマホに、さわやかな笑顔の男子高校生が写される。

 世間一般的にはイケメンと言われる部類の容貌だろう。

 顔を見る限りでは悪い印象を抱くことは無く、良い人そうに思える。

 なんとなくだが……少し、悔しさが込み上げてくる。

 

「名前は相羽あいば大和やまと。クラスは澄谷と同じだ。中学ではサッカー部だったらしいが、高校では部活に入らず、放課後はバイトをしてるって話だ。性格は明るく社交的で、クラスじゃ男女問わずに人気者だ」


 なるほど、完璧だ。

 ケチのつけようもない。


「それと他のクラスの女子に告白されるくらいにはモテる」

「……そうか」


 イケメンで性格も良ければそりゃモテるだろうな。

 もしかして経験豊富な人物なのだろうか……


「その……相羽大和くんは慣れてる感じなのかな? ……その、男女交際に関して……」

「いや、澄谷が初めての彼女って言ってたぜ」

「……そっか」


 それを聞いて少し安心してしまった。

 なんかこう、由衣の付き合う相手が手練れだとなんか嫌だ……って思うのもおかしな話だが……


「えっと、告白はどっちからしたのとか、分かるか?」

「それは相羽からだ」

「……なるほど」

「ちなみに澄谷には一回ふられてるらしい」

「……へっ?」

「好きな人がいるからって断られたって聞いたぜ?」

「……」


 それはもしかして、俺の事なのだろうか……

 

「ただ諦めきれなかったみたいで、もう一度アタックしたらOKをもらえたってよ」

「そうなんだ…………ちなみに、それっていつ頃の話なんだろうか……?」

「最初の告白は入学してから一か月くらいの時って言ってたかな……二回目の告白は今から三週間前だ」

「…………なるほど」


 ……付き合い始めて三週間か。

 普通の恋人ってのは三週間でどのくらい関係が進むのだろうか?

 もう、その……いろいろと……あれなんだろうか……


「…………ええと……二人は、その……どこまでっつうか……」


 非常に聞きにくい。

 妹とその彼氏はどこまで進んでますか? なんて聞けるわけがない。

 俺が言い淀むと弟くんは察してくれたのか、俺の知りたいことを教えてくれる。


「ここ最近は相羽のバイトが忙しくて二人の時間は取れてなかったみたいだが――」

「ほんとかっ!?」

「……なんで嬉しそうにしてんだよ」

「そ、そうだな……すまん」


 弟くんに呆れた顔をされてしまった。

 妹が彼氏との時間を取れないと聞いて、その実の兄が喜んでいるのだから当然か。


「ただ、今週末はバイトが休みで、デートの予定らしいがな」

「……そうか」

「初デートだって張り切ってたぜ。相羽の奴」

「……」

「あいつのことだからすぐに手を出すってことは無いだろうが、これから夏休みに入るわけだし、まあ、時間の問題だろうな」

「…………」

「……大丈夫か?」

「えっ? ああ……大丈夫、大丈夫……」


 親しくなっていく由衣と彼氏を想像すると吐き気がする。

 この程度で動揺してはいけないと分かってはいるのだが、諦めきれない気持ちがまだ残っていた。


「今どうにかしないと……妹が相羽のものになっちまうぞ」


 弟くんは一際真面目な声を出す。

 表情も、俺を心配するようなものに変わっていた。


「お前は本当にこれでいいのか?」


 弟くんは俺の心を見透かすようにそう言った。


 良くない。

 こんなこと、嫌で嫌でしかたがない。


「これで……良いんだ」


 俺は絞り出すように言った。


「……そうかい」


 弟くんは小さく頷き、それ以上は何も言わずに、生徒会室から出て行いった。

 俺は礼を言うのも忘れて、ただ虚空を見つめる。

 少し、一人になりたい気分だった。



――



 俺はその日の夜に、父さんに報告をした。

 弟くんから聞いたことを、由衣の彼氏が普通に良い奴そうであることをだ。

 できる限り父さんの感情を刺激しないように、諦めるようにと、見守るようにと、そう伝えたつもりだった。

 ただ、父さんはそれで納得できなかったみたいで、とんでもなくバカなことを言い始める。

 今週末に初デートがあるということは、教えるべきではなかったのかもしれない。


「よし、尾行するぞ」


 父さんは力強くそう宣言したのだ。

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