第4話 衝撃
――生徒会には出来るだけ近づかない。
――先輩には会わないようにする。
福山さんを安心させるため、俺は彼女にそう約束をした。
彼女がそれで本当に納得してくれたのかは分からないが、取り敢えず話は収まった格好だ。
ただ、こんなものは一時しのぎにしか過ぎず、俺がこのまま二の足を踏み続けていたら、彼女はまたすぐにでも不満を抱くだろう。
そうなった時、もし彼女にその先を求められるような事があれば、俺はそれに応えられる自信が無い。
だからもう、決めるべきなんだ。
福山さんとの関係を終わらせるのか、嘘をつき続けるのかを――
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「えっ? あ、いや――」
「食欲ないの?」
「大丈夫……なんともないよ」
家族での夕食時。
由衣は俺の顔を不思議そうに見つめてくる。
俺が考え事をして、箸を止めていたところを心配してくれているのだろう。
「早く食べないと冷めちゃうよ」
「……わかってる」
「ほら、この煮つけとか凄く美味しいよ」
「……ああ」
由衣は俺を気遣ってか、柔和な笑みを浮かべて今夜のおかずを勧めてくる。
その様子は自然なものだ。
いつも通りの、良く出来た妹――
ただ、表面上はそう見えても、俺は由衣との間に大きな壁のようなものを感じていた。
あの一件……新しく彼女ができたと告げた時以来、由衣から一緒にゲームをやろうとせがまれる事は無くなり、勉強を教えてと頼まれることも、もう無い。
俺が一番楽しいと思っていた時間は失われてしまった。
それでも由衣は今まで通りに明るく接してくれているが、それもどこか芝居じみた気さえする。
由衣との距離が、遠く感じる。
「私の顔に何かついてる?」
じっと由衣の顔を眺めていると、怪訝そうな表情を返される。
「いや……何もない」
今の関係が寂しくてたまらない。
由衣ともっと一緒に居たいのに、そうできないのは辛かった。
俺が自分の意志で由衣を突き放したというのに、なんて身勝手な感情だろうか。
「なんだ、さっきから浮かない顔しやがって……まさか母さんの料理が不味いなんて言うんじゃないだろうな? そんなこと言ってみろ、ぶん殴るぞ」
俺のうじうじとした思考と表情が気に障ったのか、父さんが厳しい口調でそんな事を言ってきた。
「ほら、そんな言い方はダメでしょ。お父さん」
乱暴な物言いの父さんに対して、窘めるように母さんが言った。
あくまで優しく、ゆったりとした喋り方だが、顔は笑ってはいない。
「優人、どれが口に合わなかったの? 言ってみなさい? 文句があるならもう作ってあげないから」
母、怒り心頭である。
普段は温厚な人ではあるが、家事のことについて文句を言われたらその限りではない。
「お、美味しいよ! すごく美味しいです!」
もちろん俺は母さんの料理に不満など無い。
いつも旨いものにありつけて幸せです。はい。
「ならもっと旨そうに食え」
「……わかってるって……」
父さんにチクリと言われ、おかずをこれでもかと頬張り、笑顔を作ってみせた。
「おいしいでしょ」
「んん」
俺が大きく頷いて見せると、母さんは満足そうな表情になる。
父さんはやれやれと肩をすくめ、由衣はクスクスと小さく笑っていた。
「で、何かあったの? 悩み事?」
母さんはテーブルに身を乗り出し、興味津々で聞いてきた。
その姿は野次馬根性丸出しで、目をキラキラと輝かせている。
なるほど、そっちが本題という訳か……
飯が旨いかどうかという話は前振りだったらしい。
「…………なんもないって」
「恥ずかしがらなくたっていいじゃない。ほら、話してみなさいよ」
「ほんと何もないんだって」
「何よ、つれないわね」
当然、俺の悩みを家族に打ち明けるわけにはいかない。
だから早く諦めてくれと願うのだが、どうにもそうならないようだ。
「いい? 困った時はね、家族を頼るものなの」
なんか真面目な雰囲気を作ろうとしているが、母さんの口元には隠し切れない笑みがある。
どう考えても面白がっているとしか思えない。
「ほら、喋ってないで早く食べよう。美味しいご飯が冷めるぞ」
俺が早々に話を終わらせようとすると、父さんがわざとらしく大きな溜息をついてから、聞き捨てならない事を口にした。
「ま、どうせ新しい彼女と上手くいってないとか、そんなところだろ。まったく……情けねえやつだ」
「……は?」
思わず両親の顔を交互に確認すると、二人はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。
この二人には福山さんの事は教えていない。家族にそんなことを説明すると面倒な事態になるからだ。
ただ、例外的に由衣には告げてしまっている訳で、由衣がバラしてしまった可能性はある。
ちらりと由衣に「お前が言ったのか?」と視線を投げかけた。
「言っちゃまずかった?」
由衣は悪びれる様子も無く、けろりと言った。
思わずため息が漏れる。
どうしてそうも簡単に兄の色恋沙汰を暴露してしまうのか……
「前の彼女にはあっという間に振られただろ? だからよ、今回は余計なプレッシャーをかけないように、皆で静かに見守ろうって決めてたんだよ」
父さんは得意げに語る。
そんなことを家族で勝手に決めないでくれ。
惨めすぎるだろうが。
「で、どうなんだ? 上手くいってねえのか?」
「……静かに見守るんじゃなかったのかよ」
「この際どうでもいいじゃねえか。で、相手の娘は可愛いのか?」
「そうよ! どんな娘なの? 写真とか無いの?」
見守る――というワードは一瞬で吹き飛んだらしい。
自制心より好奇心が上回り、鬱陶しい取り調べが始まる。
「ほれ、スマホに彼女の写真があるんだろ? 見せてみろ」
「嫌だよ」
「なにぃ? そのスマホの代金は誰が出してると思ってるんだ! 俺にはそれをチェックする権利がある!」
なんか無茶苦茶なことを言い始めた。
「じゃあ解約でもなんでもすればいいだろ」
「なんだその口の利き方は! 俺は父親だぞ!」
「うるさい。俺にもプライベートがある」
「なんだそれは! そんなもん俺には無いぞ!!」
勝手にヒートアップしていく悲しき父親を横目に、俺は食事を続けることにした。
これ以上付き合っていても、埒が明かない。
「ねえ、母さんにだけでも良いから見せなさいよ」
「嫌だね」
「なによケチね。由衣は見せてくれたのに」
「……は?」
ゾワリと悪寒が走る。
聞きたくもない。
知りたくもない。
でも、確かめずにはいられなかった。
「……見せてくれたって……何を?」
頼むから違ってくれと願うが、母さんから聞かされた言葉は――
「何って、由衣の彼氏の写真よ」
それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になる。
由衣に、彼氏がいるらしい。
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