第3話 ずっと不安で

 俺たちは福山さんの家の近所にある喫茶店にやってきた。

 閑静な住宅街の中に溶け込んだ落ち着きのある店で、福山さんを家に送る時に良く寄っている場所だ。

 この時間帯は客も少なく、静かなので腰を据えて話すのには丁度いい。

 

 店内に入り、奥まった席を選ぶ。

 窓側に位置しないこの席は、俺達の指定席みたいなものだ。

 福山さんは人目に付くところや賑やかなところでは極端に口数が減ってしまうので、ひっそりとした場所を選ぶようにしていた。

 

 コーヒーを二人分注文し、静かに時を待つ。

 

「……」

「……」


 会話は無く、ただひたすらに気まずい空気が流れる。

 軽いジョークで場を和やかにする――なんて雰囲気ではなく、ただひたすらに重苦しい。

 コーヒーを運んで来た店主も、いつもは気さくに挨拶をしてくれるのだが、空気を読んでくれたのか何も言わずに立ち去って行った。

 

 福山さんはコーヒーに手を付けようとはせず、カップの中に視線を落とし込んで身体を硬くしている。

 

「コーヒー美味しいよ?」

「……うん」


 そんな俺の言葉に、福山さんは余計に萎縮してしまう。

 縮こまって震えて、まるでおびえた子犬のようだ。

 

 俺はゆっくりとコーヒーを飲み干し、カップを空にする。

 福山さんは小刻みに呼吸を重ね、必死に自分を落ち着けようとしているみたいだ。

 

「あのね……ずっと、優人くんに言いたいことがあったの……」


 静かな店内、少しの物音でも消えてしまいそうなくらい小さな声。

 

「うん。大丈夫だよ。何でも言って欲しい」

「……ありがとう」


 福山さんはホッとした様子で息をつくと、カップを手に取り、それを口に運んでいく。 

 小さく一口分だけ含み、ゆっくりとそれを嚥下する。


 そして、静かに吐露し始めた。

 

「あの時、屋上で……その……キス、してくれたよね……すごく強引だったけど、私、嬉しかったの。……この先も、もっと、そういう事があるのかなって……思ってたの……」


 話していくうちに、福山さんの顔には影が落ちる。

 

「でも、その後は……そういう事が全然なくて……もしかして私に魅力が無いせいなのかなって……私に興味が持てないのかなって……」


 先輩達の言っていた通り、福山さんは不安でいたわけだ。


「それで今日は生徒会があって……新庄先輩と一緒にいるんだって思ったら、凄く、不安になって……やっぱり私なんかより、先輩の方が良いんじゃないかって……そんな風に考えちゃって……」


 福山さんの目からは涙がこぼれている。

 こんな事は言いたくなかったはずだ。

 俺の煮え切らない態度が、彼女を追い詰めていたのだろう。

 

「ごめんね……こんなこと言われても、困るよね……」


 一度流れ始めた涙は止まらなく、彼女は何度も何度も目元を拭う。

 

「俺の方こそごめん。辛い思いさせて……」

「ううん、違うの……優人くんは優しくて……私が、勝手に舞い上がっちゃってただけだから……悪いのは私だから……」

「違うよ。日菜子の気持ちを考えなかった俺が悪いんだ」

「そんなことない……! 優人くんは悪くないからっ……」

「いや、俺の責任だ」

「……違うの」

「違わない」


 俺がもっとちゃんとやれていたなら、福山さんだって自信を失う事はなかっただろう。 

 ただでさえ彼女は普段から自分に自信の持てないタイプの人だ。

 俺が追い打ちをかけてしまったに違いない。


「あの時は……凄く強引にしちゃったから、日菜子は嫌だったんじゃないかって、そう思って……もっと大切にしないとって考えてたんだ」


 嘘だ。

 俺はただ単に、福山さんとはこれ以上深い関係になりたくなかっただけ……


「……」


 そんな嘘を、彼女はどう考えているのだろう。

 下を向いたまま、こわばらせた身体をそのままにしている。

 

「不安にさせて、ごめん」


 俺はゆっくりと手を伸ばし、涙をそっと拭いてあげる。

 そしてそのまま彼女の頬に手を当て、囁くように問う。

 

「キスしてもいい?」


 福山さんはゆっくりと顔を上げ、小さく頷く。

 

「……うん」


 瞳を見つめ合い、ゆっくりと距離を縮め、唇が触れ合う。

 その柔らかい感触に、俺は由衣とのキスを思い出していた。

 心臓が張り裂けそうになる、あの熱いキスを――

 

「私、もっと優人くんと、その……仲良くなりたい」

「うん。俺も日菜子と、もっともっと仲良くなりたい」


 また嘘をついて――

 今、目の前に居るのが由衣なら良かったのにと、

 そんな最低な事を考えていた。 

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