第2話 気まずい帰り道
生徒会を終え、帰路に就こうと校門に差し掛かり、人影を見つけた。
「日菜子?」
「あっ、優人くん……」
俺の彼女である福山日菜子がそこにいた。
今日の放課後は生徒会があると伝えていて一緒に帰る約束をした覚えはないのだが、俺の事を待っていたのだろうか? それとも別の誰かを待っていたとか?
「どうしたの? こんなところで」
「えと……優人くんと一緒に帰りたいなって思って」
「もしかしてずっと待ってたの?」
「……うん」
「それなら連絡してくれれば良かったのに」
「……ごめんね……急にで……」
俺の言葉に福山さんはしゅんとしてしまう。
決して責めるつもりで言ったわけでは無いのだが、スマホと言う便利なものもあるわけだし、事前に連絡してくれていれば無駄に待たせるような事もなかっただろう。
「いこうか」
「……うん」
福山さんに手を差し伸べ、彼女は遠慮がちに手を握る。
「あの……気持ち悪くない……?」
福山さんは繋いだ手を見つめ、申し訳なさそうに言った。
夕方に差し掛かり、気温も下がってきているとはいえ、まだ暑い。
お互いの手は汗ばんでベタベタとしている。それを気にしての発言だろう。
「そんな事ないよ。俺はこうしていたいな。日菜子が嫌ならやめるけど」
「……ううん……私も、この方が良い……」
俺が手を強く握ると、それに応えるように福山さんも力を込め返してくる。
「……」
「……」
その後はしばらく、お互いに無言の状態で歩き続けた。
連絡も無しにわざわざ生徒会が終わるまで待っていてくれたわけだし、俺に話の一つや二つはあるのだと思われたが、福山さんは一向に何も話しかけてはこない。
俯きながら歩いている彼女は時折、顔を上げ口を開きかけては閉じて、また俯いてを繰り返している。
そんな様子から緊張感が伝わって来て、俺の方からどうしたのかと聞きづらい状況だ。
「……」
「…………」
福山さんが何を知りたいのかは想像がつく。
おそらくは、俺と先輩の事だ。
あの屋上での告白、俺は先輩の事がまだ好きで、それを忘れたいのだと福山さんに言った。
本当は俺と先輩の関係は嘘であり、何事も起こるはずは無い。しかし福山さんはそれを知らない。
生徒会とはいえ俺と先輩が同じ空間に居ることについて良い思いはしないだろう。
「あの、ね……優人くん……」
意を決した福山さんが重い口を開き言葉を発する。
「今日の生徒会は……どう、だった?……」
「先生に頼まれた仕事は一通り終わったよ」
「そっか……」
俺の答えに福山さんは少し不満そうな顔を見せる。その反応から、生徒会活動の事だけではなく、先輩とどうなっているのか聞きたいのだと思われる。
福山さんから見れば、俺は先輩に対して未練があるように見えているのかもしれない。
「夏休みの生徒に向けた啓蒙ポスターみたいなのを作れって言われてさ。そんなの誰も見やしないのにね」
「……うん」
「みんなで文句言いながら作ってたよ」
「……そうなんだ」
実際は先輩が片手間で終わらせて、後はお喋りをしていただけだ。
ただ、そんなことを言っても福山さんを不安にさせるだろう。余計な事は言わない方が良い。
「まあ、普段はあってないような生徒会だからそのくらいはしょうがないけどね」
「……う、ん」
どうにも福山さんの反応は鈍い。
まるで私の聞きたい事はそんなものではないと言われている気分だ。
「気温も高いし、なかなかやる気が――」
「あ、あのさっ……!」
「うん?」
しびれを切らしたのか福山さんは俺の言葉を遮ってきた。
控えめな彼女にとっては非常に珍しいことだ。
普段は俺の話の腰を折るようなことはしない。
「あの……その……」
「どうしたの?」
「新庄先輩とは……えと、その……どんな感じなのかなって……思って……」
福山さんは自分でもどう聞いて良いものなのか分からなくて混乱しているようだ。最初は聞き取れていた彼女の声も、後半はとても小さなものになっていく。
「先輩とは何もないよ」
「……そうなんだ……」
勘ぐっている福山さんを安心させようと、そう言ってみるも彼女の顔はまだ暗い。
先ほど生徒会で新庄姉弟が言っていた通り、俺は福山さんを不安にさせてしまっていたのだろうか。
「……」
「…………」
また、沈黙が流れる。
どうすれば福山さんの不安を取り除けるだろうかと考えてみるが、何も良い案は浮かんでこない。
このままでは彼女を無駄に傷つけてしまうだろう。だが俺にはあともう一歩を踏み出す勇気がどうしても出なかった。
妹である由衣の存在が俺を締め付ける。
由衣への想いを振り切ろうと、そう決めたはずなのに――
「ゆ、優人くん!」
俺がそんな情けない思考で何も話を進めずにいると、福山さんに腕を引かれ、その場に立ち止まってしまってしまう。
「ど、どうしたの?」
福山さんにしては珍しく積極的な行動だ。少し、驚いてしまった。
ただ、ここで何らかの意見を言ってくれるのであれば有り難い。
手探りで福山さんの心情を探ろうなど俺には難しいことだ。
「ゆ、優人くは、その……私の事……好き、なのかな……」
「好きだよ」
福山さんの問いに、迷うことなく嘘をつく。
実際に付き合ってみても、彼女に対しての恋愛感情はまったく生まれてはいない。
「新庄先輩の事は……もう、好きじゃない?」
「もう好きじゃないよ。今、俺が好きなのは日菜子だけだから」
「……」
福山さんの顔はまだ晴れない。
「……信じられない?」
「えと、あの…………」
答えられないと言う事は、少なからず俺の事を信用出来ていないのだろう。
ただそれも仕方のない事だ。
彼氏である俺が一定の距離を保ち続けて踏み込めずにいるのだから。
「……場所を変えようか」
「……うん」
どうにも人の往来のある道端で立ち話をしていると目立ってしまう。
福山さんも話づらそうにしているし、少し落ちつける場所が良いだろうと思い、移動をすることにした。
「……」
俺に腕を引かれ、福山さんは後を黙ってついてくる。
隠しきれない不安が、彼女の重い足取りから伝わってくるようだった。
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