第8話 見苦しい男

 


 俺は小さい頃から妹の事が大好きだった。



 ――懐かしい話だ。

 由衣から「お兄ちゃんのお嫁さんになる!」って言われたらさ、俺も「由衣と結婚する!」なんて言ってたっけな。

 まあ、小さい頃によくある話だ。

「お母さんと結婚する」とか「お父さんと結婚する」……なんてやつがさ。

 

 おままごとでは俺たち兄妹はいつも夫婦だった。

 それがどんな意味なのか良く理解もせず、あの頃は妹と本当にそうなれるんだと信じていたっけな。


 なにせいつも二人で一緒にいたからさ。

 遊ぶ時も、ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、寝る時も、ずっと一緒にいるのが当たり前だったし、これから先もそれが続くのだと思っていたんだ。

 

 だから兄妹同士では結婚が出来ないんだって知った時には、子供ながらにショックを受けていたのは覚えているよ。



 ――それから歳を重ねていくと、妹と一緒に過ごす時間ってのは減っていった。

 お互いに友達が増えてきて、そいつらと遊ぶようになったからだ。

 

 普通はそこから徐々に妹離れってもんをするんだろうが、俺の場合は違った。

 友達と遊ぶより妹と遊んでいた方が楽しかったし、妹と一緒にいる時間が減るのは嫌だと感じていた。

 別に嫌いな奴がいたり、友達付き合いが上手くいってなかった訳ではない。

 

 ただ俺にとって妹という存在は特別で、優先順位が一番上だっただけなんだ。


 

 ――最初の頃は純粋な気持ちで由衣を想っていたはずだ。

 小さい頃は恋愛ってもんを良く理解できていなかったし、男女の違いにもそれほど興味があった訳じゃない。

 単純に側に居てくれるだけで、俺は幸せを感じていた。


 ――だけど思春期に入ってからはそれも変わっちまった。

 クラスでは色恋話を聞くようになるし、身体の違いも大きくなる。

 嫌でも女という性別を意識するようになっていったよ。

 本来はその中に妹を含めたりはしないんだろうが、俺は由衣の事を嫌というほど意識してしまっていた。

 ……由衣の事を恋愛対象として見ていたんだ。


 当然、その感情は間違っているものだって理解はしていたし、だと分かっていた。


 ――だから俺は変わろうと思った。


 気持ちの悪い人間から、普通の人間になろうと……

 由衣が胸を張って「自慢のお兄ちゃんです」と言えるような、そんな兄になろうと考えたんだ。


 学校では模範的な生徒を目指して真面目に授業を受けた。

 必死に優等生を演じていたよ……実際は妹に恋をする変態だってのにさ。


 他に好きな女子が出来たら、妹に抱く邪な気持ちも無くなるのではないかと考えて、クラスの女子に積極的に話しかけたりした事もあったが、効果なんてありゃしない。行きつく先は「妹の方が可愛い」という見解だった。


 家にいる時は特に大変だった。

 一つ屋根の下での妹ってのが厄介なんだ。

 無防備な薄着や、風呂上がりの煽情的な色香に惑わされないよう、懸命に自分を抑えていた。

 

 笑っちまうような話だが、エロ本は年上のお姉さんモノにしたりさ。

 

 妹をに入れないように努力はしたはずだった。





 ――でも俺は変われなかった。


 妹が好きで、


 どうしようもなく好きで、


 妹を妹として見る事が出来なくて、


 そんな自分が凄く怖かった。




 ――だから先輩たちの絡みを目撃して、姉弟だって聞かされた時

 驚くと同時に、安心もしたんだ。


 俺だけじゃないんだって……


 誰にも相談できない辛さを、誰にも理解されない恐怖を、この人たちは知っているんだと、そう考えたら気持ちが少し楽になった。


 無茶な要求を受け入れたのは、その思いがあったからなんだ。

 先輩の苦悩を感じとってしまったからこそ、どうにかしてあげたいと思ってしまった。

 もちろん暴力を振るわれた事や、由衣を使って脅してきたことは許せないが……

 


 

 きっと先輩に自己投影をしていたんだ。

 そしてそれに哀れみを向けていた。

 

 


 俺は見苦しい男だ。

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