第75話 バレンタイン②

 


 俺は朝本さんに告白された。


 あの後、朝本さんは急ぎ足で屋上を出ていった。


 俺も少しして内心上の空の状態で屋上を後にした。


 心を落ち着かせるために図書館に足を運び、ラノベを読もうと試みる。


 収集がつかない心を落ち着かせたかったのだ。


 しかし、欲望とは裏腹に内容は一切入ってこなかった。


 文章を目で何度も追いかけるが無駄に終わる。


 ページだけが進む。楽しさやワクワク感は起こらない。


 結局、最終下校時刻まで内容が入ってこないラノベを読んでいた。


 チャイムの音とともに図書館を退出し、昇降口に向かう。


 靴ボックスからマイシューズを取り出し、足を通す。


 無感情で歩を進め、帰路に着こうとしたとき、ある人物が目に入る。


 水道を利用し、何か作業をしている。


 茶髪で小柄な体型にジャージを通した女子。後ろ姿だが誰か理解できる。


「名都さん、今マネージャーの仕事やってるの?」


 俺は水道付近まで赴き、後ろから声を掛けた。


 心を落ち着かせるために話し相手が欲しかった。


「あ、赤森君。なんでここに!」


 名都さんは振り返った途端、驚嘆な表情を露わにする。


「いや、名都さんの後ろ姿が見えたから話しかけようと思って」


 嘘はついていない。


 水道のシンクには部活で使われたであろうスクイズボトルが幾つも置かれていた。


「きれいにしてるんだよね。俺も手伝うよ」


 俺はブレザーの裾を強引に捲る。


「いや、いいよ。これは私の仕事なんだし」


 名都さんは顔の前で手を何度か振る。


「そうかもしれないけど、名都さんが仕事をしているのを見て、それを見なかった風にするのは罪悪感を感じるよ。だから、手伝うよ」


 俺は目を細め、柔和な笑顔を創る。


「そ、それなら」


 名都さんは逡巡しながらも了承してくれた。


 俺たちはスクイズボトルを半分に分け、各々のペースで濯ぐ。


 水が流れ出る音が俺の鼓膜を鮮やかに刺激する。


 2人で協力したためか10 分もしない内に作業は終了した。


 その後、スクイズボトルもとあった場所に返還し、マネージャー専用の部室へと向かう。


「じゃあ、俺はこれで」


 名都さんの仕事は終わったので俺はマネージャーの部室の前で別れを告げる。


「ちょっとまって!」


 俺が踵を返し、その場を立ち去ろうとした直後、名都に大きな声で呼びとめられる。


 俺は身体全体を振り向かせる。


「いきなり大きな声を出してごめんなさい。でも、ごめんね。渡したいモノがあるんだ」


 名都はそう告げるとそそくさと部室に入っていく。


 俺はその情景を視認して何か嫌な予感がした。


 勢いよくドアが開かれ、名都が姿を現す。


「お待たせ!」


 ラッピングされた小さい箱を手にし、明るい声をあげる。


「あのね、今日バレンタインデーだから。自分で作ってきたんだよね。だから、だから、受け取ってください!」


 名都さんが俺に向けてラッピングされた箱を差し出す。


 俺はその言葉を聞いたことで内心安堵し、箱を受け取ろうとする。


 嫌な予感は大方外れたようだ。


「それと」


 俺の手が反射的に動きを停止する。


 痺れを切らしたが如く。


「去年からずっと好きでした!あのとき私を救けてくれたときから気になって。それからどんどん惹かれていきました!」


 名都さんは自分の内心の中身を捲したてる。


「だから、もしよかったら私と付き合ってください!」


 人気のない空間で名都の声が響き渡る。


 俺以外、名都の告白を聞いた人間は存在しないだろう。


 それは間違いない。


 ただ、それを聞いた俺自身は無事ではなかった。


 その証明として、俺の視界が朝本さんのときと同様歪んだ姿を表現した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る