第74話 バレンタイン①


 今日は2月14日。世間ではバレンタインの日。


 我がクラスにおいて男子は誰からチョコがもらえるかを浮足だって待っている。


 逆に、女子は誰にあげるかはおそらく決まっているだろう。そのため、男子と女子とでは心境に異なる部分がある。


 そんな日常と異なる空気感を醸成するクラスの中ら俺は日課の読書に勤しむ。


 未読破のライトノベル(ブックカバー付き)を両手に添え、上から下に目線を変える。


 1行目の文章を読み終わり、次の文章に目を向ける。


 今、読むライトノベルは、モテない主人公がありとあらゆる方法を駆使してモテようと努力することを試みるストーリーだ。


 主人公のモテるための行動は、多数の女子たちから嫌悪感を抱かれるが、めげず主人公は行動する。


 そして、俺が読んでいる場面はバレンタインデーでチョコを1個でも多くもらうために主人公が作戦を練っているシーンだ。


 俺はページを小刻みに繰る。読み終わったら次。読み終わったら次といった形で。


 俺にモテたいといった欲望は内在しないため主人公に共感はできない。しかし、モテるために主人公が一生懸命作戦を練るというのはおもしろい。


 モテるために本気であらゆる作戦を考えようとする思考が面白いし、興味深い。


 俺は他人の干渉を拒絶する自分の世界に浸り、いつもと変わらない学校生活を過ごした。 


        ・・・


 ホームルームが終わり、クラスが静寂から喧騒へと推移する。


 男子と女子の混合した声が俺の耳を鳴らす。


 俺はいち早く教室から抜け出すため、そそくさと帰りの支度を済ませる。


 机を一瞥し、イスから立ち上がる。すると、その直後、喧騒の中でも聞き取れる誰かの声色が俺の耳に飛び込んできた。


「赤森君。今日用事とかないかな?今から話したいことがあるんだけど」


 視線を向けると、そこには朝本さんがいた。


 朝本さんはいつも通りの顔と髪型だったが、様子がいつもと違う。


 何かをするのに緊張しているかのような。


「本当。よかった!私も帰りの準備するからちょっと待っててくれるかな」


 朝本さんはぎこちない笑顔の後、足早に自身の机に向かう。


 数10秒ほどしてスクールバッグを肩に掛けた朝本さんが俺のもとに駆け寄ってくる。


「待たせちゃってごめん。それと、ちょっと場所を変えたいんだけどいいかな?」


 朝本さんは上目遣いにこちらの様子を窺う。


 俺はその仕草にドキッとしつつ彼女の要望を受け入れた。


 朝本さんは屋上に行きたいというので、教室後にし屋上へと趣く。


 階段を幾分か登り、5階に到着する。


 そして、狭い空間に1つ設けられたドアを開放する。


 緑の柵が正方形を描くように一面に設置されており、その柵の範囲内に白のコンクリート状の床と茶色の長いベンチが存在する。


「初めて来たけどここ良い所だね」


「俺もそう思うよ」


 俺たちは会話と共に屋上に足を踏み入れる。


 屋上の床は廊下の床と遜色ないが、高所に設置されているためか広大さと非日常感を感じさせる。


 俺は2月の寒さに耐えながらも前を行く朝本さんを追尾する。


「寒いのにごめんね」


 朝本さんは振り返り、俺に申し訳なさそうな表情をする。


「いやいや、いいよ。気にしないで。耐えれる寒さだから」


 俺は胸の前で右手を何度か振る。


「ふふ、優しいね。そんなところもすごいかっこいい」


 朝本さんは先ほどと異なり自然な笑顔を披露する。


 そこから笑顔を消し、ブレザーの内側に手を投入し、ラッピングされた薄い箱を取り出す。


「・・今日バレンタインだから、赤森君のために自分で作ってきたんだ」


 朝本さんは頬を赤くしながな視線を下方に移す。


「えっ。俺もために」


 心拍数が加速し、耳が不自然な詰まった感覚を覚え、全身が熱くなる。


「・・・うん」


 朝本さんは目線は下方のまま首肯する。


 急激な体温の上昇のためか、視界が若干ぼやけ、平常と異なる。


 数秒後、朝本さんが意を決したように顔を上げる。


 俺と朝本さんの両者の目が合う。


「私は、私はあなたのことが好きです赤森君。だから、私と付き合ってください!」


 朝本さんは腰を折り、俺に対してラッピングされた箱を差し出す。


「・・・」


 俺は急展開に驚きと動揺を内外に隠せない。


 えっ。俺のことを好き。しかも朝本さんが。


「救けてくれたあのときからずっと」


 朝本さんが追加の言葉をつぶやく。

 

 俺は受け取らないのも悪いと思い、箱を受け取る。


「・・・返事はすぐじゃなくていいから」


 朝本さんは心底安堵した表情を露にし、腰を直す。


 突如、力強い風が吹き、俺と朝本さんを襲う。


 朝本さんの長いきれいな髪が左右になびかれ、俺の制服や髪も同様にはたき、なびかれた。


 冷たく痛みを感じる風。しかし、このときはなぜかそのような感覚を覚えず、ただただそれを受け止めていた。


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