第73話 雪合戦

 

 季節は流れ、2月のとある土曜日。天気は雪。


 俺が、住む地域では雪が降ることは全くなく、ましてや積もるなど非現実的な話だ。


 しかし、今日、住宅の屋根や庭、道などには大量の雪が合体し、数センチの層を形成する。


 俺は、今現在、外出しており、住宅街に沿った雪で正体が隠蔽された道に足を何度も着ける。


 その際、普段靴が、一面に拡がる平らな雪の塊に対して跡を作る。


 通常よりも歩くのに労力を費やす。


 俺は、常日頃、利用する(自分が決めた)学校の通学路を後にし、学校に到着する。


 門扉やグラウンドにはたんまりと雪が蓄積している。視線を彷徨わせても、白の世界しか見受けられない。


 午前9時頃に外の景色をリビングの窓越しから視認し、そそくさと自宅を出た。寝間具から私服に着替えて。


 そして、今に至る。


 俺は、何気なく校門に差し掛かり、無感情で足元に存在する雪を掴む。


 無作為だった結果、どろだんごぐらいのサイズの雪が右手に姿を現す。


 手に凍てつく痛みを感じるが、不思議なことで不快感はない。


 自分なりに雪の感触を理解した後、手にあった塊を適当に放り投げる。


 雪が他の雪と一体化し、先ほどまであった形が抹消される。


 俺は、全く気に掛けず、雪の地面を靴のつま先で蹴って遊ぶ。


 ブアッと白い煙とミリ単位の粒が不規則に浮かぶ。


 その後、自分なりに楽しめるやり方で雪と戯れる。赤の他人から見れば、変人だと思われるだろう。必ず。


「誰か、先客がいる。え!もしかして赤森君!」


 俺は、他人の声がしたことで、瞬時に恥知らずの行いを打ち切る。変人として見られないためのせめてもの抵抗だ。


 俺は、音源があると思しき空間に視線を移動させる。すると、そこには顔馴染みの人物が窺えた。


 その人物は、女性であり、黄色のマフラー、水色のモッズコート、太もも辺りまで伸びた白のミニスカート、足元の冬用のブーツまで行き届く黒のストッキングをそれぞれ身に着けている。


「朝本さん!なんでここに?」


「ふふっ。運命的だね」


 朝本さんが、俺の素っ頓狂の声に笑顔で応答する。


 目がきれいに細まり、口角が上方に引かれた、優美な絵になる笑顔。1度だけで他人を魅了する笑顔。華やかなオーラが朝本さんの身の周りを醸成する。


「私は、雪を見て、テンションが上がって学校に来たんだけど。もしかして、赤森君もそうなの?」


 未だに華やかなオーラが朝本さんにあるかの如く錯覚してしまう。


「う、うん。俺もそうなんだ」


 その後、気恥ずかしいと思いつつ、朝本さんに事の成り行きを詳細に説明した。


「うんうん」


 朝本さんは、俺の話を遮らず、最後まで話に耳を傾けてくれた。


「なるほど。私も、同じだよ。リビングから雪の景色を目にして、居ても立ってもいられなくなって」


 朝本さんは、苦笑し、首元のマフラーをいじる。


「それにしても、さっき赤森君、1人で楽しんでたね」


 突如、意地悪な笑みを露出させる朝本さん。


「う、・・それは」


 俺は、眉を下げ、目を若干細める。


「確かに、わかるよ。めったにお目にかかれない雪を前にしたら、子供っぽいことしちゃうよね」


 朝本さんは、俺の心情などを露知らず、共感の意志表示を表明する。


「こんな風に。・・・とりゃ!」


 俺が、口を開かず、返答しないのをチャンスだと感じたのか。朝本さんが、いきなり腕を振り抜く。


 その直後、頭に硬い固形物が衝突する。


 最初は、頭上から何かが落ちてきたのではないかと思ったが、すぐに誤認だと解釈する。


 推測するに、朝本さんが犯人だろう。


 その証拠に、彼女の笑みから答えが導き出せる。


 俺は、少々苛立ちを覚え、手を意識的に雪の層に挿入し、流れるように朝本さん目掛けて投げつける。


「キャッ」


 頭の左に直撃し、その結果、朝本さんからかわいらしい声が漏れる。


 いつもなら心を痛めるが、今はそうではない。興奮と楽しさが俺の内側を占める。


「やったなー!赤森君」


 朝本さんが、生き生きとした顔で、地面から手に取った雪をまるめる。


 俺も彼女の動向に合わせ、同様に雪をまるめる。


「とりゃ」


「おっと」


 軌道を先読みして雪の球から身体を避ける。


 曲げた足を戻さず、そそくさと雪を対象者に向けて投げる。


「キャッ」


 またもや雪をヒットさせる。


「もー、また頭に」


「動きが遅いよ」


 俺が、挑発し、朝本がぷくっと頬を膨らませる。


 かわいらしい。


 それから、俺たちは時間を忘れて、汗を垂らしながら、無我夢中に雪合戦を謳歌した。


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