第72話 初詣
近所にある神社に初詣に行くため、住宅街の道を仲良く横並びで進む。
「あのお母さん、流石に同行するようなことはしなかったわね」
華やかな着物に袖を通した香恋が俺を視界に声を掛ける。
「いやいや、俺のお母さんをどう思ってるんだよ」
俺は苦笑しながら、思わずツッコミをいれる。
「どう思うって。息子を異常に溺愛する母親といった感じね。しかも、病的レベル」
香恋が、お母さんを辛口で批評する。
うん。確かに、俺も多少は思う。
「昔から知ってる香恋でもそう感じるのか」
俺は、コート(服装が上がコート、下がチノパン)のポケットに両手を突っ込む。
「昔から知ってるから、余計そう見える」
香恋が、足下に視線を向ける。おそらく、慣れない草履を履いているため、躓かないための予防を行なっているのだろう。
ガヤガヤとした喧騒が耳に飛び込んでくる。
あと少しで神社に辿り着くサイン。
徐々に明瞭になる喧騒音を他所に、歩を進める。
数秒後、住宅街を抜け、景色が開き、横断歩道が存在する道路沿いに出る。
その道路には、車が時折、緩いスピードで横断している。
先ほどよりも一段と人間の話す声が鮮明にある。
当然だ。
なぜなら、反対側の道路沿いには、神社があり、門から追い出される形で、人間たちが長い列を生成する。この人間たちは、初詣が目的で列に並んでいる。
俺と香恋は、道路の様相を確認し、横断歩道を通る。そして、長い列の最後尾に次ぐ。
「おお、赤森、それと、西宮寺さん。奇遇だな」
すぐ前方に並ぶ人物と目が合うと、途端に気さくな声で話し掛けられる。
「おお、新田か。本当に奇遇だな」
俺は、手を軽く肩の辺りに上げる。
「おはよう。新田君」
香恋が、新田の名字を口にし、挨拶する。
「う、うん。おはよう」
新田が、戸惑った表情をし、歯切れの悪い挨拶を送る。
新田の反応は変ではない。
なぜなら、過去に、香恋が、新田に進んで声を掛けた場面などなかったから。
香恋は、あの事件のとき、新田によって、救けられた。新田がいなければ、香恋は確実に不良たちの手によって誘拐されていただろう。
だから、香恋は新田に感謝しているのだろうし、あのときから、新田の名前を覚えたのだろう。
俺たちは、他愛もない雑談をしながら、前の人間の動きに身を委ねる。
夢中で会話に勤しんでいると、早いもので、あっという間に列の先頭に到達する。
新田が、いち早く、賽銭箱に小銭を入れ、鈴を鳴らす。
俺もそれに続こうと、ズボンのポケットに右手を突っ込むが、そこで、財布がないことに気がつく。
推測するに、自宅に置き忘れてきたのだろう。
「香恋、財布忘れちゃった」
「しょうがないわね。はいこれ」
香恋が、呆れ顔で、財布から小銭を取り出して、俺に差し出す。
「ありがとう」
感謝の言葉を口にする中、なぜか100円玉を受け取る。
100円玉を賽銭箱に放り投げ、鈴を鳴らし、ニ礼ニ拍手し、心を込めて祈る。
『知っている人間がみんな健康で平和に暮らせますように。宜しくお願いします』
俺は、深く20秒ほど念じ、最後に一礼
する。
そして、待っていた2人と共に拝殿から離れる。
神社には依然と長い直線の列が作られ、大部分の人間が雑談に勤しむ。
俺たちは、その情景を視界に神社の門へと向かう。
「2人ともどんな祈言をしたんだ?」
新田が、背後から俺と香恋に質問をする。
「俺は、知っている人間がみんな健康で平和に暮らせますように、と祈ったよ」
俺は、後ろに振り向き、言葉を返す。
「なるほど」
新田が単調な相槌をうつ。
「香恋はどんな祈言をしたの?」
気になった事柄をそのまま口に出す。
「2人と似たようなものよ」
香恋は、なぜか、俺から視線を逸らした状態で、ぶっきらぼうな口調でそう述べる。
「似てるってことはちょっと違うんだよね。詳しく教えてよ」
俺は、香恋に自白するよう追求する。気になるから。
「いやよ。だって、恥ずかしいもの」
香恋は、そっぽを向いてしまう。その際、ふわふわのファーが偶然視界に見える。
「新田はどうなんだよ。どんな祈言した?」
俺は観念し、後方に視線をずらす。
「う〜ん。俺も2人と似てるよ」
なぜか恥ずかしそうにする新田。
「似てるはいいから。詳しく教えてくれよ」
粘ったが、新田も教えてくれなかった。
そうこうしている内に神社の門に着いて、その話題はそこでお開きになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます