第71話 幼馴染の着物姿
腹8分目になるまで、おせちやお雑煮を食すと、使用した器を洗う。
キッチンの水道の水で器にくっついた餅を剥がすと、食器乾燥機にぶちこむ。
その後、その場にいる3人で協力してテーブルの上を片づける。濡れた布巾で拭かれたためか、テーブルが白っぽいてかりを放つ。
俺は、ソファに腰を下ろし、テレビを点ける。カチッと音がし、液晶から光が生まれる。どうやら、正月の特番が放映されているらしい。
適当にチャンネルを変え、音声を他所に、番組の物色を試みる。
「宏君も香恋ちゃんも初詣には行くの?」
突如、お母さんが、俺と香恋に対して、そのような言葉を投げ掛ける。
「今日は行く予定はないけど、どうしたの?」
俺は、声のした方向(母親が存在する場所)に視線を向ける。香恋は、同調する意志を示すかのように頭を縦に振った。
「そう。なら、2人で今日、行ってくればいいじゃない!」
お母さんが、何気なく1つの事柄を提案する。
「それはいいけど」
俺は、テレビの電源を切る。バラエティ番組の賑やかな声が姿を消す。
「それと・・・」
お母さんは、パンッと両手を綺麗に合わせる。
「香恋ちゃんは着物を身につけていってね」
「え?」
香恋は、目を丸くする。
「だって、私、香恋ちゃんの着物姿を1度も目にしたことがないんだもの。宏君の幼馴染の着物姿を1度でも拝んでみたくて!」
お母さんは、俺以外の男性からすれば、とても魅力的に見える笑顔を否応なく振りまく。
「宏君もそうだよね?」
お母さんは、次は俺に目線を変え、同調を求める。数的有利を作りたいのだろうか?
「う、うん。確かに、香恋の着物姿見たことないし、1度は見てみたいかも」
お母さんの魂胆を推量しつつも、胸中に存在する本音を吐露する。その際、香恋と目が合う。
「ほら、香恋ちゃん。宏君もあー言ってるよ」
お母さんは、意味深な発言を口にする。なんで、俺の発言を強調するんだよ。
「・・・わかりました。着ます」
わずかな沈黙を貫いたが、脳内で逡巡し、意を決したのだろう。香恋が、顔を下から上に傾ける。彼女の表情からは何かの決意を感じさせた。
「それじゃあ、着物がある私の部屋に行きましょう。ああ、それと、宏君は、今の場所で待機をお願いね!」
お母さんは、気分上々で、香恋の背中を軽く押しながら、2人共1階の別室に姿を消す。
彼女たちが、入室した空間は、おそらく、昔家族が使っていた服が収納された部屋だろう。そこには、俺が小さい頃(幼稚園、小学校)に着用していた衣服や、お母さんの昔着ていた服が存在する。
「それにしても、お母さん着物持ってたんだ」
俺は、興奮を少量でも抑えるため、独り言をつぶやく。
香恋には、申し訳ないが。香恋が、着物を着ると意志表明した瞬間、内心気分が上がった。そして、その気分が、より高まり、興奮へと進化した。
まあ、こうなるのも仕方がないだろう。香恋の着物に袖を通した姿など一切見たことがなく、ましてや、女性を象徴する服装を身に纏う姿すら見たことがない。香恋がそのような服を嫌うのだ。
そのため、千載一遇の機会が、未来において目前に出現する見通しがあることに興奮が抑えられない。
俺は、ソファの上で身体を何気なく動かし、時間を潰す。
30分ぐらいが経過しただろうか。
1つのドアが開放され、室内から1人の女性が露になる。香恋だ。
俺は、香恋を目にした瞬間、目を剥き、無意識に口が半開きになる。
香恋は、いつもなら、肩に優しく触れる後ろ髪を1つにまとめ、ポニーテールにしており、頭の右サイドに対しては、かわいらしいフワフワのファーがあった。
本命の着物は、宝づくしであり、袖、胸の部分などで文様が存在感を醸し出す。
「どう?宏君。一目見た感想は?」
お母さんは、得意げな表情を創る。ご満悦だ。
「敦宏、どう?」
香恋も俺に感想を求めてくる。
「すごい。すごい似合ってるよ!」
俺は興奮気味に言葉を吐き出す。
「普段見ないポニーテール。しかも、すごい似合ってるし、髪飾りもすごいかわいい!それと、その着物も香恋のために作られたようにしか見受けられないよ!!」
俺は、ひたすら捲し立てる。脳内に浮かんだ言葉を感想としてそのまま表面化する形で。
「あ、・・ありがとう」
香恋は、消え入りそうな声で感謝の言葉をつぶやく。そして、流れのように、顔を俯かせ、頬や肌を紅潮させる。
香恋の反応を視認して、俺は我に返り、一変して胸中が恥ずかしい気持ちで溢れる。
その状況下、お母さんは、笑顔で、俺たちの反応を嗜んでいた。
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