第67話 答え合わせ

(※赤森敦宏視点)視点の変更が多くてすいません。


「おーそれだそれ。何の赤森が持ってんだ?」


 野水君は、イスから足を退けると、俺の心情など関係なく、平然とそのような言葉を投げ掛けてきた。


「それは、不自然なことに掃除用具入れの上にこのスマートフォンがあって、それを俺が発見したからだよ」


 口調がいつもより堅くなる。


「そうか。それは思わぬ偶然だった。そんなこともたまにはあるだろう。それで返してくれないか?」


 野水君は距離が離れているのにも関わらず、手を前方に出し、渡してほしいといった意志が込められたジェスチャーをとる。


「それは・・・できないかな・・」


「は?」


 野水君の口からやや怒気を帯びた言葉が漏れる。凝視すると、不機嫌から生まれたのか、目も通常と比べて細い。


 だが、それにびびるわけにはいかない。その相手が、敵わないと思った人間だとして見。今は引けない。


「不謹慎かもしれないけど、中身を少し見させてもらった。そして、わかったことが2つある。1つは、朝本さんに対するいじめがこのスマートフォンで録画されていたこと。そして、そのいじめの実行者3人ともう1人いじめに加担した人間がいるということが」


 俺の言葉を聞き、野水君の眉をひそめる。


「そして、このスマートフォンにはトーク・チャットを通じてメッセージも送られていた。『あなたの言っていた特徴の男子生徒が来たわ。言う通り、脅された後、すぐに退散したわ。これでいいんでしょ?あなたの目的のためにはね!」って」


 1度息を整えるため間を置く。


「ここで重要なのは、このスマートフォン持ち主が誰なのかということ。それも、メッセージにあった。野水って名字がね。それだけでも決定的なのに、野水君、君は、さっきこのスマートフォンを見た瞬間、自分の物だと自身で宣言した。これで君が、いじめのもう1人の加担者だと断言される。言い逃れはできない」


 俺は言いたいことを彼にぶつけるように長々と捲し立てた。


「そして、これらの要因からもう1つわかったことがある。それは・・・」


「それは、君の目的が俺を潰すことだってね」


 野水の俯き加減から前方に向くことで俺と視線が合う。


「ふふ・・ははは」


 数秒の沈黙の後、その均衡を破壊する火種として、突如、彼は、不気味な笑いを喉から生み出した。


「すげぇーよ。すげーよ。赤森。そこまでわかっているなら、ここ最近のもう1つのことも理解してるんだろ?」


 俺は野水君の述べた言葉の意味を理解することができた。1つの憶測が確信に変

貌する。


「やっぱり、香恋の事件にも関与していたんだね」


 彼の目的が、俺を潰すことなら事件のつながりに合点がいく。


「香恋の事件に関しては、香恋を俺の前で誘拐することで大きな精神的ダメージを与えようとしたんだろ?目の前で無力さを痛感させられることで人間の心は容易に損傷する。それと、朝本さんのいじめに関しては、俺が救けるのを見越して、スマートフォンの録画機能を使い、俺がいじめの実行者3人を脅すシーンを撮る。そして、その動画を学校中に広めればいい。そうすれば、俺は女子生徒たちを脅した最低人間と認定されるだろう。それがたとえいじめをしていた人間に対してでもね」


「正解だ。狙いは、お前の言った通りだよ」


 野水君はまだ笑みを絶やさない。


「どうしてこんなことをしたんだ!なんで香恋と朝本さんを巻き込んだんだ!!」


 俺は彼の態度と実行したことに対し、異常な怒りが込み上がり、怒鳴り声を坑内から放出した。


「水川はるか。この名前を知っているか?」


 話をすり替えるためなのか、野水君は、いきなり人物の名称を口にする。しかし、彼には、話をすり替えようと試みる様相は感じない。


「何それ?俺の疑問の答えになっていないんだけど」


 俺は目を細め、冷淡に吐き捨てる。


「フルネームは知らなかったかもしれないが、名字だけなら聞いたことがあるはずだろう。なぜなら、お前がまだ1年の頃、この学校で男子バスケ部のマネージャーをしていたんだからな」

 

 その話をすべて耳に入れた瞬間、即座に脳内でその人物が想像される。水川先輩。元男子バスケ部のマネージャーであり、名都さんに対して雑用を無理やり押しつけていた人物。


「ようやく理解したようだね。これで話ができる」


 野水君は、頭を2、3回手の指を使って掻く。


「水川はるか。お前の立場からすれば、水川先輩だな。こいつは、俺と幼馴染だ」


「は?」


 思いがけない言葉に頭がクラッとする。衝撃的な言葉だ。急展開で頭が追いつかない。


「幼馴染といっても向こうの方が2つ年上だけどな。奴とは家が隣で、家族がらみの関係があってな、どう転んでもそういう関係にならずを得なかっただ。だが、漫画やアニメのような幼馴染ではない。奴は、俺を奴隷のように扱ってきた」


 過去の記憶が想起しているのだろう。彼の顔に苦痛に耐える表情が浮かぶ。


「両親が仕事にいない間に自宅に押し掛けては、パシリや料理、その他、奴のためになる雑用を強制させられた。しかし、今思えばそのときはそれだけだった」


 彼は自分自身で虚無感を生成する。俺は何も言えず言葉を噤むだけ。


「だが、俺が高校1年生の春、事態は一変した。奴は、水川はるかは、暴力を奮ってきたのだ。しかも、自分の肉体ではなく物といった文明に頼って!」


 俺に理解を求めるように、訴える野水君。そして、話を聞いていく内に、嫌な予感がしてきた。


「俺は奴の突然の変化と暴力からの恐怖から勇気を振り絞って、理由を聞いてみた。奴とは昔から上下関係ができていたから、今思えば、それを聞けただけでも奇跡だったかもな」


 俺はごくっと生唾を飲む。


「奴は言った、赤森敦宏という男が原因で自分にとっての自由がなくなったと。だから、そのストレスを解消するために暴力を奮うと。そう言ったんだ。・・俺は驚愕したよ。まさか、奴の変化の発端が、中学時代、部活が同じだったお前だったんだからな。それから、1年間は地獄だった。経験したことがない苦悶があった。そして、時間が経過するごとに、事の発端を引き起こした人物。そう、赤森。お前に対する憎しみが増大していったんだよ。だから、俺はお前の憎しみを晴らすために、お前が籍を置く学校に転校した」


 野水君は俺の顔面目掛けて睨みを利かせてくる。


「どう晴らそうか考えたさ。そこで思いついたのが、お前の心を潰すところだった。だが、お前単体を攻めたところで潰せないと思った。そういう人間ではないと思った。だから、お前の身近な存在である朝本や西宮寺をターゲットとした」


 その事実を改め彼の口から聞き、より一層怒りが沸騰するかの如く込み上げてくる。


「西宮寺に至っては、あいつによって退学に追い込まれた3人の生徒に接触し、復讐のきっかけを提供することで奴らは快く俺の提案を承諾した。その3人が退学した理由は、最初わからなかったが、お前がその3人に危害を加えられていたという事実をとある生徒から聞いた瞬間、すぐに西宮寺が奴らを退学にさせた首謀者だと悟った。お前のためにそんなことをやりそうなのは、幼馴染であるあいつしかいない。後、朝本に関しては、フラれたことを他クラスの接点のある女子に話し、不満を吐露し、復讐を望む気持ちを表に出せば、すぐに協力してくれた。そこで、お前が遭遇した場面が生起されるわけだ。ああ、後、担任から朝本の小テストを渡されただろ、あれも俺が帰りのホームルームを過ぎても保持し、終了し、朝本が教室を後にした後、赤森に渡すように俺が促したんだ。だから、家庭科室にお前が足を運ぶのは時間の問題だった」


 野水君は過度に口を稼働させたことで疲れ顔を見せる。普段、あまり言葉を紡がないのだろう。


「それでスッキリしたの?」


「は?何言ってんだお前?」


 野水君は、俺がポッと出した言葉に悪態をつく。


「だから、どうなの。憎しみを晴らす行動をしてスッキリしたの?」


 俺は、彼の言葉を無視し、質問の返答を催促する。  


 ・・・。


 野水君は声を出さない。いや、出せないのだろう。ただ、目を丸くし、口を半開きにしている。


 それから、数分が経過した。


「いや、晴れない。まったく晴れていない。逆に実行するごとに憎しみが増加している気がする」


 野水君は正直に近況の心境を自白する。


「それが現実なんだと思う。憎しみは憎しみしか生まないんだ。だから、もうやめた方が良い」


「は、何言ってんだ。憎しみ対象が偉そうに説教か!」


 野水君が身体を前方に10度ほど傾け俺に食って掛かる。


「そういうことを言ってるんじゃない。君がやったことを許せないことだ。そして、その原因を作った俺にも少なからず責任がある。だが、このまま君が目的を果たすために似たような行動をしても、解決することは何もない。それは君も理解しているはずだ」


 俺に声の冷たさは残っていたが、怒気はある程度収まっていた。


「ぐっ・・」


 野水君も思い当たる節があったのだろう。反論する視線を見せてこない。おそらく、図星だったのだろう。


 しかし、それだけで納得はできない。頭は理解したとしても、心は相反し、追いつかず、中々認容しない。


 そのジレンマの代償なのか。野水君は1人で誰と視線を合わせるわけでもなく、切なく唸っていた。

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