第63話 登場
(※朝本萌叶視点)
私は、家庭科室で箒を用いて床を掃いている。柄竹を掴んだ手を左右に作動させると、穂先がこすれる感触が生まれる。
家庭科室のドアは、入口出口共に閉塞されており、中には私しかいない。掃除当番は、3人程度はいるはずなのだが、誰も足を運ぶことはなかった。
俯き加減ながら、箒を動かす。ほこりやごみが不規則に床を泳ぐ。
下方に溜まった冷気がスカートから露になった生足を襲う。神経が硬直し、太ももやふくらはぎが重量を増す。
閑散とした中、突如、教室のドアが開け放たれる音が聞こえる。私から見れば後ろから。
私は、箒を動かす手を止め、音源の方向に視線を向ける。すると、そこには、ドアに差し掛かった女子生徒を先頭に、追随するかの如く後方に2人の女子があった。
「おー、いたいた。彼女のクラスメイトの言ってたことあってたんじゃん」
先頭のリーダー格の女子生徒が振り返る。
「そうだね。クラスメイトの情報も捨てたもんじゃないね」
後方の1人が頭を縦に振る。
「な、なに?私に何か用かな?」
平静を装ったつもりだが、突発的な出来事に驚くを隠せず、言葉の歯切れが悪くなる。それに、クラスメイトの情報、なんでそんな言葉を発するの?
「うん。そうだよ。あなたの言う通りだよ。あなたに用があるの」
リーダー格の女子生徒は、体の向きを通常の状態に返すと、黄色の歯を剥き出し、にやける。その際、細い目がより一層細くなる。
「最近、靴が消えたり、トイレ中、何者かによって水を掛けられた覚えはない?」
1人が入室すると、次に1人が後を追う。そして、また次も。
「な、なんでそのことを知ってるの?」
面識のない人間からここ最近自分が置かれている状況を的確に言い当てられたことで、内心動揺し、脳内に嫌なイメージが浮かぶ。
「ああ、それは、犯人があたし達だからよ」
逡巡する様子を一切見せず、事実をカミングアウトする。嫌な予感が的中した。3人全員から動揺の気配が皆無であることから、犯行を執行した当人が彼女たちであると物語っている。
私のすぐ目の前にいじめの主謀者達がいる。犯人の姿が判然ではないときでもそれなりの恐怖を感じていた。だが、今現在感じている恐怖はそんなものではない。彼女たちと対面することで、さらなる恐怖が私の心を襲う。
「おおー、いい反応じゃん」
取り巻きの1人が嬉しそうに口元を動かす。身体全体、特に腕や足が震えが収まらない。
「恐いかもしれないけど、まだやめるわけにはいけないんだよねー。次の嫌がらせを受けてもらわないといけないから」
リーダー格の女子生徒は無情な言葉を吐き捨てると、ブレザーの胸ポケットを漁る。その際、彼女の身体がわずかに左右に揺れる。
「あった。これ!これ!」
内部から勢いよく市販のハサミを取り出す。色はハンドル部分が青で、ハサミ身が鉄を象徴するシルバーだった。
「え?」
私は無意識に足のスイッチが入り、後ずさる。
教壇の付近に設けられた教員専用の机に背中を打ちつける。しかし、痛みは伴わない。神経が背中に行き届いていないのではないかと誤解してしまうほどに。
「あー。逃げないでよ。そうしたらできないから」
女子3人は、即座に私が滞在する付近までたどり着く。
3人は半円を描く形で私を取り囲んでいる。先ほど、彼女たちが接近する最中に逃げるチャンスはあった。しかし、不幸なことに私の身体は1ミリたりとも動かなかった。恐怖から足が硬直して、身動きが取れない。
「断髪の時間だから、この髪飾りは取らないとね」
私のお気に入りの髪飾りが、抜き取られる。
「いや、・・やめて・・」
弱々しい声で抵抗を試みるが、それも虚しく、ばたばたした腕は2人の取り巻きによって抑えられる。
「まずここからいこうかな」
リーダー格の女子生徒は、サイドの部分に生えた私の髪を強引に掴むなり、力任せにカットする。ビリッと音が耳に響き渡り、強烈な痛みを頭髪に知覚する。
「結構切れ味わるくないじゃん」
私が苦痛に耐える情景を他所に上機嫌な声色が空気を読まずに鼓膜を刺激する。隣の2人も影響を受けたのか、同様の様相を醸成する。
「よーし。最初は大したことなかったから。次はもっとずばっといっちゃおーか。次は、う~ん、このなが~い髪を襟足なくなるまでやっちゃおーか」
「ちょっと、待って。それはやめて!」
「はーい。そういうのは禁止ー!やっちゃいまーす」
私の言葉など気に掛けることなく、手早く後方に回り、背中まで伸びた髪に手を付ける。雑に触られた感覚を髪が知覚する。
「い・・や」
私は、観念し、首を垂れる。前やサイドの髪が前方に下がる。
「素直になったところでいきますか」
少しの間が生じる。おそらく、彼女たちはアイコンタクトを行い、実行するタイミングを図っているのだろう。楽しみを増大するために。
ハサミの歯が迫ってくる。直感的に、それを認知する。距離は数秒に2センチ程度縮む。
私は、恐怖と虚しさを少しでも和らげるせめてもの抵抗として目を硬く瞑る。歯が首の辺りに実存する襟足に接触する。ようやく、彼女たちは自分たちのベストなリズムが掴めたようだ。
より、一層瞼に力を込める。
しかし、襟足が女子生徒によってカットされることはなかった。
なぜなら、突如、ドアが優しく開放される音が生まれ、彼女たちの視線がそちらに吸引された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます